境界を超えるモハメッドアリ - 2 -
こんにちは!
オバマ元大統領が「彼はアメリカそのものだった」と語ったレジェンド、アリのさまざまな側面を探る2回目です。
共に闘う味方
徴兵を拒否したために窮地に陥ったアリでしたが、立場を明確にしたことで味方も現れました。
まず、スポーツ界のトップスターたちが彼のために集まります。アメフトのジム・ブラウンとカリーム・アブドゥル=ジャバー、バスケットボールのビル・ラッセルがアリと会談し、支持を決めました。そこには、当時まだ珍しかった黒人市長カール・ストロークスも加わっていました。
アリの言動は、ノーベル平和賞を受賞していたマーティン・ルーサー・キング牧師をも動かしました。
キング牧師はそれまで差別撤廃のために着実に成果を上げてきました。ベトナム戦争に関しては、当初大っぴらに発言することを避けていました。
その理由として、平和的に運動を展開するキング牧師が多くの白人から尊敬されていたことがあります。ベトナム戦争を批判することで支援者が離れるのを危惧していたようです。
しかし、ボクサー生命を賭けたアリの姿勢は、彼が沈黙を破る決心をするひとつのきっかけとなりました。ほかに、直接キング牧師に働きかけた人たちもいたようです。
アリに少なからぬ影響を与えたもうひとりの黒人指導者マルコムXは、すでに暗殺されてこの世にありませんでした。
実はアリはキング牧師と前から友情で結ばれていました。しかし、それを知る人はほとんどいませんでした。彼が加入していた宗教団体とキング牧師との間には、社会改革に関して意見の隔たりがあったのです。
1967年4月、ついにキング牧師は『ベトナムを超えて』という演説で、ベトナム戦争反対の立場を明らかにします。この演説は激しい批判を呼び、それまで支持者だった政治家や出版社、労働組合までが彼に背を向けます。
同じ頃、アリは黒人のためのハーバードと呼ばれていたハワード大学で講演。学生たちに誇りを持つよう呼びかけます。
「自由になるためには、自分自身を知りさえすればいい。」
(All you need to do is know yourself to set yourself free.)
かつて学習障害のあったアリが名門大学で講演するなど、誰が予想しえたでしょうか?
翌5月、キング牧師とアリは、住居政策の平等を求める集会に共に姿を現し、カメラの前で互いに対する支持を表明しました。
翌年の1968年4月、キング牧師暗殺。
その一週間後、あたかも彼に敬意を表するかのように、住居の平等を保障する法案が議会を通過しました。
やがて、すぐに終わると思われていたベトナム戦争は泥沼化。アメリカ社会に反戦ムードが高まります。
1971年、最高裁でアリの有罪判決が取り消されました。
前年の1970年にアリはマーティン・ルーサー・キング賞を受賞。
この賞はキング牧師を記念し、平和と平等のために貢献した個人に贈られています。
アリはキング牧師について次のように述べています。
「キング牧師は私にとって黒人としての偉大な兄弟だった。
彼は今後何千年にもわたって人々の記憶にとどまるだろう」
(Dr. King was my great Black Brother.
He’ll be remembered for thousands of years to come.)
