世界の裂け目が開く時 ー第1話 日常と非日常のあいだで|【創作大賞2026】|ファンタジー部門
◆ あらすじ(300文字)
世界では、誰にも気づかれないまま“国が消える”現象が続いていた。 歴史も記憶も書き換えられ、人類はその異常を認識できない。
ただ一人、龍園朔だけを除いて。
政府に呼び出された朔は、降臨現象の現場で 光の中に立つ少女ルーミャと出会う。
彼女は、すでに滅びた世界から流れ着いた“最後の子”。 裂け目が開くたびに世界は静かに削られ、 このままでは地球も同じ運命を辿るという。
朔は少女とともに、 世界の外側で起きている“滅びの正体”に触れていく。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・国家・事件等はすべて架空のものであり、実在する人物・団体・事件等とは一切関係ありません
◆ 登場人物
◆ 登場人物
■ 龍園 朔(りゅうえん さく)
世界の異常に唯一気づける少年。政府から与えられた日本での身分名。本来の名は「Lucas(ルーカス)」。"観測者"としての役割を持つが、その正体は曖昧なまま。
■ ルーミャ(Ruumya / Lumi)
裂け目から降りてきた光の少女。滅びた世界の最後の生存者。"祈り"の力を持つ。記憶は欠けており、苗字は存在しない。朔にだけ、微かな言葉を落とす。
■ 神崎 悠真(かんざき ゆうま)
現総理大臣。元防衛大臣。眼鏡をかけた紳士。16歳の娘・凪がいる。娘に戦いの世界を残したくないと願う父親。
■神崎 佐和(かんざき さわ)
神崎悠真の妻。女の勘が鋭く即断即決。夫の黒歴史の車にも動じない肝の据わった女性。
■ 神崎 凪(かんざき なぎ)
神崎悠真の娘。16歳。学校より命が大事な現代っ子。スマホと充電器は必ず確保する。無自覚に強い能力を持つ。
■ デイヴィット・トレノ アメリカ大統領。30代。直感が鋭い野心家。アーク・ノアを密かに用意していた。平穏な世界が苦手な男。
■ 名もなき二人 デイヴィット・トレノの傍に控える護衛。名前を持つことを拒否している。人の生死に無関心。デイヴィットにのみ忠誠を誓う。
くそ熱い。太陽が照りつける中、 布団で寝ていた身体を起こし、俺は畳の部屋にある窓を開ける。 外は快晴、気温は35度。あまりにも暑すぎて、今にも干からびそうだ。 俺は布団のそばに置いてある扇風機の電源をつけ、風に当たる。
日本に来て、もう半年が経つ。 この国の夏は、噂よりもずっと重かった。 窓を開けても風は入らず、 扇風機の回転だけが部屋の空気をかき混ぜている。
こういう時は、ということで重い腰を持ち上げ、服を脱いで浴室へ向かう。 筋肉質の俺の身体に冷たい水のシャワーを浴びせ、無理やり目を覚まさせる。 傍には古い浴槽が置かれている。 夜はゆっくり浸かるが、今は朝だから関係ない。 とにかく冷たい水で身体を冷やすしかなかった。
俺は古びた床をズルズルと足を引きずり、日本では“台所”と呼ばれる場所へ赴く。 そこにあった炊飯器の保温を切り、残ったご飯を茶碗に入れる。 その後、一昨日買った1パック4個入り250円もする新鮮な卵を冷蔵庫から取り出し、 保温されホクホクに温まったご飯にポンと乗せ、醤油をさらりとかける。
そして椅子に座り、俺はそっと手を合わせる。
「いただきます」
天に向けて呟き、慣れない手つきで箸を取りご飯を一口食べてみると、 醤油の香りが、ようやく朝を連れてくる。 暑さでぼんやりした頭の中に、 その味だけがはっきり残った。
……さてと。 ふと思い今日の天気予報を見るためにテレビを付けた。 ニュースキャスターの声が淡々と流れる。
「古くから“霧の島”として伝承が残っていた厳島が、
本日、不意に霧が晴れ——その姿を現しました」
画面には、 ぽつんと残された神社と、
その周囲に広がる平地。
「島の大部分は更地の状態で確認され、 専門家の間では“歴史的発見”として注目が集まっています」
俺は画面を見つめる。
世界は、最初から“誰もいなかった島”だと思っている。
霧なんてなかった。 昨日まで普通に存在していた。
……俺以外は。
俺はそそくさとごはんを口の中に流し込み、 手を合わせ日本特有のあいさつを口にする。
「ご馳走さまでした」
そして箸を置き、汗のついた額を軽く拭った。
日本の夏は、まだ慣れない。
食事後は洗い物を軽く済ませ、炊飯器の釜を水につける。 その後は、お手洗いを済ませ、 顔を洗い、歯を磨き……朝の準備が終わったのち。
ジーンズに、半袖のジャケットを羽織る。 日本に来てから買ったやつだ。 吸汗速乾とかDRYストレッチとか、 よく分からない英語がタグに書いてあったけど、 着てみたら意外と涼しくて、それ以来ずっと使っている。
色は黒。 柄も何もない、ただの無地。 こういうシンプルなのが一番落ち着く。
スマホをポケットに突っ込み、 玄関へ向かったところでチャイムが鳴る。
――ピンポーン。
玄関を出ると、黒服の男が静かに頭を下げた。 こいつ――三浦は、相変わらず影みたいに静かだ。 朝の光はまだ弱く、街全体が半分眠っているようだった。
「お迎えに来ましたよ、龍園 朔様」
「……いつもありがとな」
それだけ言って靴を履き替え、鍵を閉める。 カチリという音が、やけに大きく響いた。 いつもの朝のはずなのに、どこか薄い膜を隔てたような感覚が残る。
三浦が先に歩き、黒い車のドアを開ける。 俺はそのまま乗り込み、 三浦が運転席に座ると、車は静かに走り出した。
しばらく道路の白線だけが流れていく。 この沈黙も、いつものことだ。
だから俺は、 今日も“いつもの場所”へ向かっているつもりで 窓の外を見たまま軽く言った。
「……で、今日の議題は?」
三浦は前を向いたまま、淡々と答える。
「本日の議題は……いつもの報告会ですよ」
「いつものって…… 国連の報告会はニューヨークだろ?」
「ええ。 ですが世界の“認識”では—— そもそもニューヨークに本部は存在していなかった ということになっています」
「……存在していなかった?」
「はい。 ですので本来なら、我が国は首相官邸での話し合いの予定でした」
「……また消えたのか」
「ええ。 会議場そのものが更地になりました。 しかし世界は“最初からそこには何もなかった”と認識しています」
ニューヨークの一部が消えているのに、 誰も異常だと思っていない。
“元々なかった”。 “前からこうだった”。 世界はそう認識している。
……ごく一部の人間を除いて…
車は静かに、
世界の“認識”がずれた先へ向かっていく。
第1話 了
第2話:異変は加速する
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次回以降の話は、此方のマガジンに随時追加していきます。
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