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世界の裂け目が開く時 ー第14話 終末の空に、虹は咲いた【創作大賞2026】|ファンタジー部門 

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テュポーンと聞くと何を思い浮かべるだろうか?

終焉しゅうえんの獣というより——神話の化け物という表現の方が正しいのかもしれない。

奴は、吠えた。それだけだった。認識の歪みの長は——ただ在るだけで、崩壊する。先程まであった城も、将軍も龍すら…先程まであった幻想的な空間は総て消えた。

そして奴は——その場で、動かなくなった。

おそらく、オーバーヒートしたのだろう。
同時に——進化を待っているような、そんな気配もあった。

俺とルーミャ。そして、悠真と凪。俺達は——ヘリに乗っていた。

何が起きたのか。

人々は当てもなく逃げ惑い、自衛隊も立ち向かうことなく逃げた。あらゆるところから——悲鳴という悲鳴が、聞こえる。歪みが消えると——悲鳴に変わる。それはまるで、叫ぶことしかできない木偶でくの坊に成り果てたみたいだった。

「……何が、起きているんだ」

悠真が、窓の外を見つめながら言った。声が、震えていた。

「お父さん……」

凪が、父の袖を掴んだ。その手も——震えていた。

大丈夫です

ルーミャが、静かに言った。

「大丈夫って——あれのどこが」

大丈夫です

もう一度、同じ言葉を繰り返した。それ以上でも、以下でもなかった。悠真は——黙った。凪も——黙った。

ルーミャの声には、不思議な力があった。嘘をついている訳ではない。根拠がある訳でもない。ただ——信じさせる何かが、あった。

俺は、終始無言だった。ただ——前を、見ていた。
俺の認識の歪みは——認識の異常を正すのに使うのが最適なんだろう。

今回の異変、棺の件、戦闘回数は1回にしか過ぎなかったが——何か掴めたものもあった気がする。そして今、目の前には異変の元凶がいるのだ。

それこそ——歪みの特異点とくいてん。あらゆる要素の中で、最重要の存在。麒麟が、静かに告げた。

「あるものの伝言です。——かつて奴を倒した事があると。まさかこの世界に流れ着いていたとは、と」

一拍。

「気をつけなさい。奴は、歪みそのものです」

歪みそのもの——その言葉通りだった。テュポーンの姿は、まともに認識できなかった。輪郭が、ない。形が、ない。見ようとすると——視界が、歪む。存在しているのに、存在を認識できない。

だがー悲鳴が、あった。人々の悲鳴が…奴の存在を、確かなものにしていた。認識されている。それだけで、奴は更に確立されていく。

「お父さん」

凪が、静かに言った。

「今こそ、総理大臣の出番じゃないの?」

悠真が、娘を見た。

「悲鳴を少なくすれば、あいつの存在をいくらかは抑えられる筈だよ」

沈黙が、落ちた。

ルーミャが、静かに続けた。

「判断は…人々に、委ねてください」

悠真は、しばらく、黙っていた。
窓の外では、まだ悲鳴が続いていた。

「じゃあ…君達は、どうするんだ」

「私達は——あれを倒さないといけないんです」

ルーミャが、静かに言った。俺は、前を見たまま言った。

「俺達はそのために、ここに集まっているみたいなものだしな」

「それに…」

俺は、静かに言った。

「凪を護る。娘を護る父の姿は、そんなものか?」

一拍。

「お前は、そういう人じゃないだろう」

悠真は——黙って、頷いた。

そして凪を、抱えた。ヘリが動き出す。しばらくして——どこかのビルの屋上に、辿り着いた。降りる際、悠真は振り返らずに言った。

「また後で」

それだけでよかった。

俺は悠真から運転を代わり——気づけば、ルーミャと2人きりになっていた。凪もルーミャに何かを告げていたようだが聞こえなかった。


 ……はあ…倒すとは言ったけど
あの化物が…元凶かあ…
それにしても…

「終わったら二人で温泉でも入ろう」

…と凪に言われたけど…、別に同性だし構わないよね…。
…ふぅ、今は気持ちを入れ替えよう…。

あの化物…
異彩いさいを放っているそれは——今は第1段階、羽化の前。羽化すれば、大進撃が始まる。

「ねえ、ルーカス。あれを倒すのってどうすればいいと思う?」

「俺にも分からないが——あれが歪み。歪みの原点げんてんが、ここに集まってくれたんだ……。だからこそ言える事が在る」

……待って。今のルーカス、なんか——かっこいい。

「それって何ルーカス」

声が少し上ずった。気づかれてないといいけど。

「歪みが大きければ大きくなるほど——それを元に戻そうという作用が生じる訳だ。つまり、そこにガツンと何かを殴りかければ、総てが元通りに戻ろうとして、戻っていく事が出来るんじゃないか?」

……キャーーー。じゃなくて。
ちゃんと聞かないと。
でも——横顔が、真剣で。
声が、落ち着いていて。
こんな状況なのに——なんで私はこんな事を考えているんだろう。
頬が、熱かった。

「とりあえずルーミャ、お前の祈りの力でこのヘリを護る。俺は降下攻撃で奴の背中に乗って攻撃を開始する」

……無茶苦茶でしょそれ……とは思ったけど、何となく——出来る感じがする。

「面白い冗談をいいますね」

ヘリ状態の麒麟が、静かに言った。

「いいですか?神話上では——運命の女神モイライに騙され、力を奪う果実を口にした事で戦闘不能になり、ゼウスによって火山の下に封印されています。ゼウスの雷霆らいていで百の頭を焼き尽くされた末に、ですが」

一拍。

「……つまり今回は、ゼウスもいなければ雷霆も果実もない、という事ですね」

沈黙が、落ちた。

「…それを先に言うな」

最終決戦を前にして、この絶望感。
対策が無いというわけではない。
……でも。

「今回の場合、この子本物じゃないもんね」

思わず、口から出ていた。

「その通りですね……。ましてや虚構のですから……封印は解除されていないので、完全にテュポーンのような何か、かもしれませんけどね……」

麒麟が、静かに答えた。でも確かに——本物ではない。それだけが、今の私達には——唯一の救いだった。

……前の私の世界では、何か巨大な何かだった。そこでの恐怖を示すもの……なんだったかな。

忘れちゃったけど、でもどうして神話の怪物だったんだろう……。

麒麟は——私の思考を読んでいたのか。

「……神話はあくまでも抽象的表現であり、人というものは"死"を1番恐れるもの。誰もが免れる事の出来ない物事です。しかし……」

と告げた後、こうも続けた。

「今回の場合、『歪み』ですので未知への恐怖を駆り立てようというのが目的だとすれば——その未知への恐怖を払拭さえすれれば、瓦解がかいするという事でもあります……」

………瓦解するか……。

恐怖心で人々が逃げ惑ってる中で、瓦解……。

「つまりふっ飛ばせばいい。恐怖の存在がそこにあるなら、圧倒的力で蹂躙じゅうりんしろって事だろ?」

「察しがいいようですね。ルーカス、流石は祝福されし子」

麒麟が、静かに続けた。

「ルーミャ、分かります?」

……前の世界では、祈りが強すぎた。

世界に祝福されていた。それは本当の事だった。

でも——滅びると決めた世界には、その祝福ごと——要らなかった。

祝福しておいて、捨てた。

…………それが、ずっと分からなかった。

護りたかった。あの世界を。あの世界の人達を。でも——私がいる事で、世界の終わりが遅れると。それだけで、弾き出された。

怒りなのか。悲しみなのか。

今でも——よく分からない。

ただ、胸の底に何かが沈んでいる。石みたいに。重く。冷たく。

でも——隣に、ルーカスがいる。

圧倒的力で蹂躙しろ、と言ったこの人が。何でもないような顔で、前を向いている。

……なんで、こんなに——。

祝福を、無駄にするつもりはない。

じわりと、胸が温かくなった。

気づけば——言葉が、口から出ていた。

「遠慮はいらないって事でいいんですか?」

「そうですね。あの人の事ですから」

麒麟が、静かに答えた。

「左様。お前は、圧倒的に強い。それを見せろと彼なら言うはずです」

と、一拍。ルーカスが、告げた。

「……ルーミャのリミッター解除方法とかあるのか?」

麒麟が、静かに答えた。

「キスです」

沈黙が、落ちた。

私達の顔から——湯気が出た。

そのまま、2人同時に倒れた。
沈黙が、落ちた。

私達の顔から——湯気が出た。

2人とも対面したまま、同じ方向へ——倒れた。

……え。

……えっ。

顔が、近い。

すごく、近い。

心臓が、うるさい。うるさい。うるさい。

ど、どうすれば、どうすれば——

「……ルーミャ」

ルーカスが、静かに呼んだ。

気持ちが——全然、落ち着かないまま。

キスをした。

あああああああああああキスしちゃあったああああああああ。した。した。した。した。した。どうしよう。どうしよう。どうしよう。
顔が熱い。耳が熱い。全部熱い。
ルーカスの顔が見られない。絶対に見られない。
でも——気のせいか、ルーカスの耳も——真っ赤だった。
……それを見たら。もっと、心臓がうるさくなった。


その瞬間——

光が、溢れた。

世界中に——祝福が、駆け巡った。
ある場所では——廃墟となった街に、花が咲いた。
ある場所では——荒れ果てた海が、静かに凪いだ。
ある場所では——泣いていた子供が、空を見上げて笑った。
天使が舞い降りるような——幻想的な光景が、世界のあちこちで目撃された。誰も、理由を知らなかった。

日本では——逃げ惑っていた人々が、スクリーンを見ていた。
総理大臣の——必死の訴えが、届いた。

「空を——見てください」

一人が、立ち止まった。二人が、立ち止まった。やがて——全員が、空を見上げた。

雨は、降っていなかった。

それでも——虹が、現れた。

頭上の空に——水平に伸びる鮮やかな虹色の帯が、静かにきらめいていた。天頂には——逆さ虹が、弓なりに広がっていた。

環水平アークかんすいへいあーく
環天頂アークかんてんちょうあーく
幻のような現象が、同時多発的に起きていた。

雨のない空に——世界が、色づいていた。
その中央に——ヘリが、浮かんでいた。
悲鳴が——止まった。
涙が、溢れた。
誰かが、つぶやいた。

「……綺麗だ」

嗚咽が、あちこちから聞こえた。

それは——絶望ではなく。

世界が私達を祝福していたのではない。
ルーミャの力が——世界を凌駕りょうがしていた。


第14話 了

第15話 決戦…( *´艸`)
舞台設定中



本作はマガジンでまとめて読めます。
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灯の旅人|創作と人の心を観測する人 ここまで歩いていただき、ありがとうございます。 もし何か感じていただけたなら、その想いをそっと置いていっていただけると嬉しいです。