「成果」と「効率」だけでは、会社はまわらない。優秀な経営者は「組織の体温」を見ていた。
「成果」と「効率」は経営の共通語です。これに反対する経営者はまずいません。
ただ、この2つを追いかけ続けた会社が、ある日突然ではなく、ゆっくり静かに動かなくなる、という現象を僕は何度も見てきました。売上は維持されているのに、人が辞めていく。会議は時間どおりに終わるのに、誰も発言しない。プロセスは効率化されているのに、新しいアイデアが出てこない。
これは個別の不運ではなく、構造的なパターンです。「成果」と「効率」だけで会社を測ろうとした瞬間に、測れないものが組織から静かに削られていく。15年IT企業を経営してきた中で、そして前職で250名を超える上場企業の経営者を直接取材してきた中で、ようやく言葉にできるようになったこの構造を、今日は書きます。
僕はTrex(Tレックス)。肩書きは「AIブリッジエンジニア/WordPress公式プラグイン開発者」、IT企業を15年以上経営しています。起業前は、日常的に英語を使う職に就いており、上場企業の社長を250名超、直接取材してきました。一方、アフィリエイターとして20年以上、完全に1人で取り組んでいます。自己紹介ページ

あなたが今、数字に追われているなら。その数字こそが、会社の体力を奪っているかもしれません。優秀な経営者が見ていたのは、数字の向こうにある「組織の体温」でした。この記事を読み終わったとき、自分の経営から何を「足すか」が見えているはずです。
🏢 「成果」と「効率」を追うほど、組織から消えていく3つのもの
世界のエンゲージメントは2年連続で低下している
経営者として、僕も「成果」と「効率」を語らない日はありません。売上、利益率、生産性、人時生産性、ROI。経営判断に使う言葉のほとんどは数字に紐づいています。
ただ、数字だけを見ていると、見えなくなるものがあります。
ギャラップ社が2026年4月に公表した「グローバルワークプレイスの現状2026年版」によると、世界の従業員エンゲージメントは2025年に20%まで低下しました。2020年以来の最低水準で、2年連続の低下です。世界経済への損失は約10兆ドル(約1590兆円)と試算されています。
そして日本のエンゲージメント率は、6%から7%という水準で、調査対象125カ国の中でほぼ最下位を続けています。OECD加盟国平均の20%を大きく下回り、世界平均の23%とも大きくかけ離れています。
これは何を意味するのか。日本の職場では、9割以上の人が「ただ職場にいて、時計を見つめて終業時間を待っている」状態にある、ということです。給与は払われている。仕事も処理されている。数字も出ている。でも、その裏側で、心は職場にいない。
15年経営してきて見えた、削られていく3つの要素
こうした状況は突然起きるのではなく、「成果」と「効率」だけを物差しにし続けた結果として、ゆっくり積み上がります。具体的に何が削られていくのか。15年経営してきて、僕がはっきり感じているのは3つです。
1つ目は、信頼関係を育てるための「無駄な時間」。雑談、立ち話、何の生産性もないコーヒーブレイク。これらは効率の観点では真っ先に削られる対象です。でも、こういう時間が、組織内の信頼を育てています。効率化を進めるほど雑談する余裕がなくなり、気づくと、隣の席の人が何に困っているか、誰も知らない組織ができあがります。
2つ目は、心理的安全性。ハーバード・ビジネス・スクールのエイミー・エドモンドソン教授が提唱した概念です。「自分の意見を言っても罰せられない」「失敗を共有しても責められない」という空気のこと。Googleが社内で実施した「プロジェクト・アリストテレス」の研究で、180チームを2年かけて分析した結果、高業績チームに共通する最大の要因として特定されました。Gallupの調査でも、心理的安全性を高めると、離職率が27%減少し、生産性が12%向上することが示されています。ただ、心理的安全性は普段の数字には出ません。だから、成果と効率だけを追うと、最初に削られます。
3つ目は、「考える余白」。クリエイティビティは効率の対極にあります。「効率的に新しいアイデアを出してください」と言われて出てくるアイデアは、ほぼ既存の延長です。本当に新しい発想は、無駄な雑談、回り道の試行錯誤、ぼんやり考える時間から生まれます。これらは数字に現れないから、削っていることに気づかないまま削っていく。気づいたときには、もう組織から消えています。
信頼関係、心理的安全性、考える余白。この3つを束ねたものが、僕の言葉で言えば「組織の体温」です。体温計の数字には出ません。でも、現場に立てば必ず感じ取れる。優秀な経営者は、この体温を見続けることで数字より早く異変に気づいていました。
では、なぜ数字を追うと、優秀な人ほど辞めていくのか。実は、これには経済学で名前のついた構造的な説明があります。
⚙️ なぜ数字が良くなると、人が辞めていくのか
グッドハートの法則:測定が目標になった瞬間に起きること
「数字は良いはずなのに、なぜか人が辞めていく」という現象には、構造的な裏付けがあります。経済学者チャールズ・グッドハートが提唱した「グッドハートの法則」です。
「測定が目標になると、その測定は良い測定でなくなる」
具体例で考えると、わかりやすいです。英国植民地時代のインドで、政府はコブラの数を減らそうとして、コブラの死体1匹あたりに賞金を出しました。最初はうまくいきました。コブラの死体がどんどん持ち込まれる。でもしばらくすると、人々はコブラを養殖し始めました。賞金目当てに増やして、殺して、持ち込む。政府が賞金制度を廃止すると、価値のなくなったコブラは野生に放され、結果としてコブラの数は当初より増えました。
これは経営現場でも、形を変えて毎日起きています。営業ノルマを厳しくすると、質の低い案件を押し込むようになる。月の数字は出るが、顧客満足度は下がり、リピート率が落ちる。サポート部門のチケット処理数を評価指標にすると、解決していないチケットをとりあえず「閉じる」ようになる。数字は出るが、根本問題は残る。

優秀な人ほど、歪みに気づいて静かに辞めていく
何が起きているのか。数字は本来「目的に向かっているか」を確認するための道具です。でも、その数字自体が目標になった瞬間、人は「目的を達成すること」より「数字を作ること」を優先するようになります。
そして優秀な人ほど、この歪みに気づきます。「自分は数字を作るためのコマなんだな」と感じた瞬間、彼らは静かに辞めていきます。数字は良いまま、組織の中身が空洞化していく。
Shopify創業者のトビ・リュトケCEOも、グッドハートの法則を真剣に受け止め、シリコンバレー型の硬直したKPIやOKRを意図的に避けることを公言しています。「指標が目標になった瞬間、それは使える指標でなくなる」という認識を、世界トップクラスのEC企業が持っている。ここに重みがあります。
15年経営してきて、僕が学んだ最も大事なことの一つは、「数字を見ること」と「数字だけを見ること」は、全く違う、ということです。そして、この違いを体現していた経営者たちの共通点が、取材を通じて見えてきました。
💼 取材で見えた、数字に強い経営者が口を揃えて言わなかったこと
「数字の話は最後でいいですか」と言った経営者
前職で僕は、上場企業の経営トップを直接取材する立場でした。1対1のインタビューで聞き出すスタイルです。250名を超える経営者と向き合った中で、はっきり見えてきた共通点があります。
取材したある製造業の上場企業社長は、こんな方でした。インタビュー冒頭、僕が決算数字に触れて質問を始めようとした瞬間に、彼は手を上げて止めたのです。「数字の話は、最後でいいですか」と言いました。理由を聞くと、こう答えました。「数字は結果であって、原因じゃない。原因は人と組織にある。だから、その話から始めたい」。その会社は、当時すでに業界トップクラスの利益率を10年以上維持していました。取材で印象に残ったのは、彼が一度も部下を「コスト」とも「リソース」とも呼ばなかったことです。「うちの○○くん」「あの工場の△△さん」と、必ず固有名詞で呼んでいました。
これは特殊な例ではありませんでした。長期にわたって業績を出している経営者ほど、数字の話を最初にしない。最初に話すのは、人、組織、文化、空気。
「数字、数字、数字」と話す経営者の会社は、数年後に苦戦していた
逆に、取材中に「数字、数字、数字」で語る経営者の会社は、数年後に苦戦している印象が強くありました。「KPI達成率○%」「対前年比○%」「業界平均比較で○位」。データは完璧。でも、その背後の「人がどう動いているか」が見えない。
ピーター・ドラッカーが残した有名な言葉があります。「Culture eats strategy for breakfast(文化は戦略を朝食に食べる)」。どれだけ優れた戦略を立てても、それを実行する人の文化が伴わなければ、戦略は機能しない、という意味です。
取材した経営者たちが、口を揃えて言わなかったこと。それは「自分が数字に強い」という自慢でした。数字を読めるのは前提で、その先の「人と組織」を語る経営者ほど、長く勝ち続けていました。彼らが見ていたのは、数字の向こうにある「組織の体温」でした。
ただ、ここまでが「人」の話だとすると、いま新しい変数が加わっています。AIの登場です。
📊 効率化のパラドックス:AIで時間が空いた人ほど、燃え尽きていく
AIで効率化したのに、なぜ疲弊するのか
最近、新しいパターンが見えてきました。AI導入後の燃え尽き問題です。
AIで業務を効率化すれば、空いた時間で価値の高い仕事ができる。これが、多くの経営者が信じているシナリオです。僕も最初はそう思っていました。
でも、実際に起きていることは少し違います。ハーバード・ビジネス・レビューに掲載されたUC Berkeley Haas校の研究では、AI導入後の職場で「work intensification(仕事の高密度化)」が起きていることが指摘されています。200人規模のテック企業を8ヶ月にわたって追跡した調査の結果、空いた時間で価値ある仕事をするのではなく、空いた時間にさらに多くのタスクを詰め込むようになる、というパターンが浮かび上がりました。結果として、効率は上がったのに、燃え尽きが増える。
ギャラップの2026年版レポートでも、AI関連の自動化への不安が、米国の従業員エンゲージメント低下の一因として指摘されています。「AIで仕事が楽になる」という当初の期待が、「AIで仕事量がさらに増える」という現実に変わってしまった、という現象です。
効率化と成果向上を、同時に追いかけてはいけない
この構造はわかりやすいです。経営者の頭の中では「効率=余裕」ですが、「効率化されたぶん、もっと成果を出せ」というプレッシャーが現場には降りてきます。空いた時間で休めるわけではなく、もう一段高い成果を求められる。これを繰り返すと、燃え尽きまで一直線です。
15年経営してきて思うのは、「効率化」と「成果向上」は、同時に追いかけてはいけない、ということです。少なくとも、効率化で空いた時間の一部は、意図的に「成果プレッシャーから外す」必要があります。雑談、休憩、学習、振り返り。生産性の数字には出ない時間を、わざと作る。
これをやらないと、効率化が会社の体力を削っていくだけになります。
では、「成果」と「効率」以外に、経営者は何を見るべきなのか。ここから具体的な話をします。
🌱 「第3の軸」をどう設計するか:15年経営でたどり着いた答え
エンゲージメントスコア1pt上昇で営業利益率0.35%改善
「成果」と「効率」だけでは会社が回らないなら、何を見ればいいのか。答えは抽象論ではなく、具体的な「指標」として持つことです。僕がたどり着いた答えは、「成果」「効率」と並列で見る「第3の軸」を、必ず1つ持つこと。
リンク・アンド・モチベーションと慶應義塾大学の共同研究によると、従業員エンゲージメントスコアが1ポイント上昇すると、営業利益率が0.35%改善するという結果が出ています。同じ調査では、エンゲージメントスコアの高い企業ほど、ROE(自己資本利益率)やPBR(株価純資産倍率)が高くなる傾向も確認されています。エンゲージメントは「ふんわりした概念」ではなく、業績に直結する指標です。
ただし、エンゲージメントスコアそのものを目標化すると、これもグッドハートの法則の罠にハマります。「アンケートで高いスコアを出すこと」が目標化されて、本質が見失われる。
数字より早く、組織の体温を教えてくれるもの
僕が実際にやっているのは、もっと地味な観察です。
朝、社員が顔を上げて挨拶しているか
雑談がランチタイムに起きているか
「自分から提案してきた改善案」が週にいくつ出ているか
退職者が出るとき、その人の最後の表情はどうだったか
これらは数値化しにくいです。でも、毎週意識して見ていると、組織の体温がはっきり伝わってきます。
「成果」「効率」が戦略の数字なら、「第3の軸」は土壌の指標です。土壌を見ずに収穫量だけを毎日測っている経営者は、ある日突然、収穫量が落ちます。そして、その理由がわからない。
では、明日からどう行動するか。3つのアクションに落とし込みます。
🎯 明日からできる3つのアクション
1つ目:KPIを見る前に「現場の表情」を確認する15分を作る
毎週月曜の朝、数字のダッシュボードを開く前に、僕は社員の顔を見る時間を必ず作っています。挨拶のトーン、目線、姿勢。これだけで、組織の体温がだいたいわかります。数字は「結果」を教えてくれますが、「原因」は人の表情から先に出ます。
2つ目:「成果」「効率」と並列で見る「第3の指標」を1つだけ決める
複数あると運用できなくなります。1つだけ。例えば、「週に1回、誰かが自発的に出した改善提案」を数える。あるいは、「ランチタイムに2人以上で会話している頻度」を観察する。具体的に1つ決めることが大事です。
3つ目:数字が良くなったとき、必ず「何が削られていないか」を確認する
これが最も重要です。売上が伸びた、生産性が上がった、コストが下がった。良いニュースのとき、人は油断します。その瞬間に「裏で何が削られているか」を確認する習慣を持つ。社員の労働時間。雑談の量。会議で発言する人の数。新しい挑戦への許容度。数字が良いときほど、見えないところで何かが削られている可能性があります。
偉そうに言っていますが、僕も3年前まで、KPIダッシュボードだけを毎日見ていました。数字は良かった。でも、ある優秀なスタッフが「ちょっと疲れました」と言って去ったとき、初めて気づきました。彼の数字は完璧でした。でも、彼が組織の中で感じていた孤独に、僕は一度も向き合っていなかった。
それから、毎週月曜の朝の15分が始まりました。
✅ まとめ:「成果」と「効率」は道具であって、目的ではない
「成果」と「効率」だけでは会社は回らない。
これは精神論ではなく、グッドハートの法則という構造的な事実です。測定が目標になった瞬間、その測定は本来の意味を失う。数字を追うほど、数字以外のものが削られていく。そして、削られたものが、実は会社を動かしている本質的な部分だったりします。
ギャラップの調査が示すように、世界中で組織は静かに体力を失っています。日本は特に深刻です。でも、これを諦めや、漠然とした「文化の違い」で片付けてはいけません。経営者が「第3の軸」を意識的に置くだけで、組織は変わります。
数字を見るな、と言っているわけではありません。数字は経営の必須語です。でも、数字「だけ」を見ていると、いつか必ず壁にぶつかる。15年経営してきて、そして250名を超える経営者の話を聞いてきて、これだけは確信しています。
「成果」と「効率」は道具です。目的ではありません。優秀な経営者は、その道具の先にある「組織の体温」を見ていました。
道具を使いこなす人は、道具の限界を知っている人です。あなたが今、数字に追われているなら、その数字の外側を一度見てみてください。組織の体温が、教えてくれるはずです。
