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エッセイ小説「はみ出しもん」6


「こ」れが夢なら


神様は、私を選んだようだ。

下山し、あったかい釜揚げの素麺を食べ、柿の葉寿司も食べ、お店を後にする。
こんなにお腹いっぱいに食べたのは1年ぶり?かもしれない。
空は雲のない青空で、季節外れの高めの温度が気持ちよかった。

駐車場に向かって道を下りながら、シュガーさんの言っていたクレープの自販機を見つける。
腹をさするとまだ胃はいっぱいだったが、お金を入れた。
「チョコバナナ」
1人で呟きボタンを押すと別腹が作動して、その場で1人、春巻きみたいに巻かれたクレープに齧り付く。

美味い。

運動の後のバナナは美味い。

自販機の横にコンテナがあって、空の瓶が片せるようになっていた。
シュガーさんの言いつけ通り、そこに瓶を返す。
季節になると焼き芋も売っているらしい。
人見知り大国・日本の、自動販売機文化はたくましい。

キヨは一緒にいるのだろうか。
不意に神社を振り返る、鳥居の前でうずくまり、暇そうに石を投げている生前のキヨの姿を思い浮かべた。

私達はそれこそ親友みたいに色んな話をしたが、バイトの3ヶ月と、その後の本屋での半年程しか実質、一緒にいなかった。
1年にも満たないその時間も、職場の空港以外で会った事もない。

私はキヨの好きな食べ物だって知らない。

なのに、キヨは私を選んでついて来てしまった。
大好きなキン肉マン似の元カレになんで憑かなかったのか、そもそも彼に会えたのか、はたまた実はどこかでまだ生きていて、その彼とよろしくやっているのかも知れない。

人生と一緒で人というのは不可思議だ。
特に私やキヨみたいな、人の輪からはみ出した者には一般的な人には分かりづらい事も多くある。

神社を後にして思えたのは、深夜に繰り広げられるバトルロワイヤルでは無く、生身の私と生身のキヨの事だった。

今までの怪異が全部悪い夢で、ただの情緒不安定な私がこじ付けた妄想で、本当はただ地球が回っただけの事。

「キヨなんて最初からいなかったのかな?」
そうも思える。

なんの確証も無くなった。
途端に胸が張れた。
膝が軽く、景色も高い、歌声だって鼻でなく口から溢れる。

ただ、参拝に向かう人達がパラパラと私を振り返る。

鼻血が顎を静かに伝っている。

「ごめんね、キヨはいるね」

いつか一緒に年甲斐もなくスキップでもしよう。

死んでも生きるキヨの思いは確かにあるのかも知れない。


私がやるべき事は一つ。
これで何も起きなくなったら、キヨのお墓、ないし何か痕跡を辿ってどんな形でもとにかく本人に会おう。
私についている鼻血の主がキヨでなく何かの魔物なら、本物の痕跡には立ち打ちできないだろう。

当時のバイト仲間に連絡を取ろう、バイトで一緒だったミホとLINEが繋がっている。
本屋の当時の店長はまだ働いている、店に会いにいけばいい。

方法を変えるんだ。

これで何かが変わる予感がした。



だいたい、世の中で起きる事は科学的に説明がつく。
心霊現象も脳科学者の中野信子先生が解明しているし、殆どのものは寝ぼけた人の見間違いなのだ。
そもそも、怪談話や恐怖体験のほとんどは、引越しや移動、転校、入院などストレスが大きく関わった時に起きる話が圧倒的に多い。

みんなだいたい、環境の変化に伴う不定愁訴で神経が過剰になって、身の回りのふとした事を見間違えるのだ。

なので怪異の殆どは存在しない。

殆どは。

だが、稀に、その全てを使っても説明しきれないナニカは起きる。



登山の後、しばらく私は安眠した。
それでもベットの下は綺麗にしていたし、警戒は怠らないようにしていた。

私に何事もない事にシュガーさんはほっとしたような、寂しいような微妙な態度をとり、やっぱり安心して有給を使って珍しく鬼嫁とタイに旅行していた。

シュガーさんがいないとキヨの話をする相手もいないので鼻血の心配もなく、仕事は忙しいがしっかり睡眠を取ることである程度は療養は出来ていた。


深い夢を見た。

内容はわからないが、ただただ深くて気持ちよかった。
でも途中で目が覚めてしまい、起きたついでに水を飲もうと起き上がった。
「・・・」
違う、ここは私の部屋じゃない。
全く知らない人の家にいた。
一軒家で、畳が茶けた古い6畳ほどの和室が隣にある。

人はいない。

何でかわからないが、その全てがシャボン玉みたいな膜の中にある気がして、割らずにはいられない衝動で足が動いた。

流れで窓を開けた、外は夜の街だった。
裸足で窓枠を跨いで投げ出すと、爪先でパンッと何かが割れて猫だましみたいに目を閉じた。

今度は地下室にいた。

大きなボイラーが赤く煌々と燃えていて、1階に上がる梯子が伸びている。
私は慌ててそれに飛びつき、ギシギシと登ると、1階の廊下が見えた。
頭を出すとパンッと割れて目を閉じた。

次は掃除道具箱の中だった。
外では小学生が皆んなきっちり席について授業を受けている。
1人の女の子が手を挙げた。
私は構わず扉の内側から、痛みもそっちのけでガンガンと膝で扉を蹴ってへこませ、扉を開くとパンッと割れて目を閉じた。

こんな迷路がずっと続いた。
これが自分の脳が作り出した夢だとすれば、あまりにも自分に対して悪質すぎる。

何時間巡ったか分からない。
クリスマスキャロルのスクルージを思い出した時、おかしいな?と思った。
夢の中で普通に思考している。

昨日の晩御飯は?
思い出せない・・・よし、通常運転!ゆうてる場合か!
一連のノリツッコミが夢の中で出来ている、これは。

夢じゃない。

キヨ。

キヨ!

キヨ!!

私は自分の部屋でいた、ベットで私が眠っていて、目の周りが真っ暗に見えたが、蒸気のアイマスクだった。
つけた覚えがある。

その時、ベットの下からナニカが出てきた。

黒くてグジュグジュしている柔らかいような、でも水っぽいような、ある程度まで伸びると点描画みたいにシュワっと蒸発して消え、また新しい黒いナニカが伸びてくる。
これが、シュガーさんが言っていたキヨの姿だった。

気持ち良くないけど、悪くも無く、可愛いかと言われれば物言いが付くそれは、荒れた夜の波飛沫みたいでいて、荒れ狂う「ご飯ですよ」に見えなくもない。

しばらくお腹を空かせていたら、その中からズボッと白い骨ばった手が出てきた。

それはギシリ、と、アイアンを掴む。
次はマットレス、そして布団、そこからズルっと布団の中の私の手を引っ張り出して、しっかり離さないように指を絡めて互いの掌をつけると、勢いよく引き落とす。

客観的に自分の恋人繋ぎを見るのは、照れる。

友達とその彼氏のキスシーンを見てしまったような気分。

だが、そんな淡さは一瞬で吹き飛ぶ激痛が走る。

ガンッ、ガンガンッ!!

キヨがアイアンのフレームに私の手をぶつけ出した。

痛い。
私は部屋の隅に座り込む。
手首が赤くなってくる。


ガンガンッッツ!ガンッツ!

痛い、痛いって!

それでも私の目は覚めない。
私の体は、私の目の前でキヨとお手手を繋いでいる。

ゴンッツ、ゴンッツ!!

折れる!
そう思った瞬間に私はベットの上にいた。

起きあがろうとしたが、ベットの下に落ちた手が引っかかって起き上がれない。
目の前も真っ暗だ。

「あ、これはアイマスク!」

声が出た、と思ったら思い切り腕が引っ張られ、ベットから床にドスっと顔から床に落ちた。
この時に思ったのは、痛いとかそんなんやなくてとにかく面倒臭い。
落ちた私を誰かが掴んで、今度はズルズルとベットの下に引き摺り込もうとし出した。

行っていいのか、抵抗すべきか。

カーペットに爪を立てた。
するとそれごとズリズリと引き込まれる。

これはもう無理か。
抵抗するのをやめてみると、するっとベットの下に入り込んだ。


ガチャッ


突然扉が開いて私は息を飲む。
アイマスクをずらして、視線を床に這わせながら扉の方を見ると、安全靴を履いた足だけが見えた。
大きく見えるのは安全靴のフォルムのせいか、それでも十分に大きさのある足の男の人に思えた。
息を潜める。

不法侵入、土足禁止。

色んな四文字熟語を思い浮かべて冷静になる。

でも1番しっくりきたのは四面楚歌だった。
どうでもいいですが。

その足はゆっくりとベットに近づいて、立ち止まる。

息を止める。
でも目は見開いたまま、つま先を見つめる。

聞こえる音と雰囲気で想像をする。

今、掛け布団を掴んだ。

バサッ・・・・

ズルズル、ズルズル、ズ・・・・

床に落ちた布団を引きずりながら、安全靴は扉の方に行き、ついに出ていくと耳障りの悪いザラついた声で「さようなら」と言って扉を閉めた。
その声は、私の好みのイケメン美容師の声ではなかった。

その後しばらく私はベットの下を動けずにいた。
頭の中では何度も何度もあの羽毛布団の値段が浮かんでは消え、それと自分の命の計算をした。

奮発してグースにせず、ランクを落としたダックの判断で良かった。

よし。

怪談話や体験談にあるまじき冷静さを保ちながら、私はベットから這い出る。
これもシュガーさんの教えで、怪奇なことに出会ったら「現実的な事を考えろ」

主にお金の事が役に立つ。

私は去年の話だが、電車の中で全く知らない「三島由紀夫の辞世の句」を朗読するおじさんに眉間にバールを突きつけらながら、地下鉄を3駅乗った時も「今ここで殴られたら出勤途中やから労災降りるのかな」という心配で緊張の時間を乗り越えた。
こんな時は騒がないのが1番だ。

電気をつけて床を見下ろしたが、安全靴の足跡はない。

人が入った痕跡も何もないし、掛け布団も無くなっている。

そして床とベットの下には血が落ちていた。
ずずっと鼻を啜ると、鼻の周りがカサカサとして、固まった血液の粉が乾いてポロポロ落ちる。
粉は茶色くシミになったパジャマの鼻血後にふりかかった。

顔の半分は痺れたまま、翌日、整骨院に行くと手首は捻挫していて、なぜか肘は「テニス肘」になっていた。
なんのスマッシュも決めていないけど、私は今日も生きている。

勝った。

と思った。


掛け布団はどこに行ったか分からない。
今世紀最大のミステリー、何処かで見つけたら教えてほしい。
ニトリで買った綿素材で柄の無い紺色のカバーをつけてます。


キヨは一世一代の大仕事を終えた。

私を完全に守り切ってくれたのだ。
だが、この代償は大きく、私は内臓一つをこの後急ピッチで無くす。

等価交換。

悪魔に魂を売るように、何かを得る為には何かを捨てる。

後悔はない、むしろ清々しいくらいだ。


8「ピリオドの向こう側」に続く




作中出て来た「クレープの自動販売機」の写真が残ってたので載せておきます、本当に瓶に入ってる。
奈良県の大神神社おおみわじんじゃで検索すると高確率でクレープの自動販売機もセットでヒットします。
蛇の神様がいるので巳年の今年は縁起のいい神社ですし、直会に並ぶお店の三輪素麺が美味いです。

あんま分からんか🫠

#賑やかし帯

第一話はこちらから

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