エッセイ小説「はみ出しもん」1
あらすじ
「私」が専門学生時代にバイト先で出会った青年「キヨ」は、背がすらっと高く身綺麗で所作がねっとりとしていた。
偶然たった3ヶ月一緒に働き、数年後に再開したキヨはあの頃のままのねっとりとした所作で私に「自分はゲイでHIVに感染している」と伝えた上で「俺の子供を産んでほしい」と伝え失踪する。
数年後、手術の前夜に私は夢の中でキヨと再び再会し「交換」の話を持ちかけられ、そこから恐ろしい怪異に巻き込まれていく。
幼い頃から霊感体質の「私」と謎の怪異になった「キヨ」との謎の共同生活、はすっぱなスケバン幽霊「あけみちゃん」や自称霊感おじさんの「シュガーさん」等、多彩な登場人物と一緒に「魔物」に立ち向かう実話ホラーコメディ。
はじめに。
この話は人が亡くなる話です。
オカルト要素がありますが、基本的に呑気です。
「はみ出しもん」とは関西訛りではみ出し者の意味。者は“もん“と訛ります。
私もそうですが、社会からもこの世からもはみ出した者達がたくさん出てきます。
おかしな事を書きます。
この話をすると鼻血が出る事があります。
そして最近はめっきり無くなりましたが、この話を聞いた人にも鼻血が憑ります。
登場人物である「キヨ」は、人を思う強い力を持った人でした。
霊感体質の私は、そんなキヨと関わる事で恐ろしい怪異に遭遇ししばしば鼻血を出すようになりました。
この鼻血はどうやら、死者や怪異と遭遇した時に起きる“障り“のようで、それはキヨの放つ強い思いのせいです。
お気をつけください。
ただ読むだけなら大丈夫と思うでしょう、しかし、キヨの気持ちは強く、人から人へ伝染します。
そしてベットの下を好んで棲みつきます。
この話を読むのであれば、くれぐれもお鼻血に気をつけください、そしてベットの下は綺麗にしておいてください。
キヨは生きていません。
「え」らばれしもの
「俺の子供、産んでよ」
キヨの声は高くて、冬の氷を溶かすみたいに優しかった。
話を戻そう。
専門学校に通いながらレンタルショップでアルバイトをしていた。
その時に入った新入バイトが同い年の「キヨハル」以下キヨである。
キヨは背がすらっと高く身綺麗で、所作が少しねっとりとしていた。
女性スタッフとはすぐに打ち解けて、物分かりも良く、すぐに仕事も覚えて可愛がられていたが、男性スタッフはキヨを良く思わないのか避けていた。
夜のレンタルコーナーは男性スタッフばかりになる。
9時までしか働けない私達が帰宅するとキヨは独りぼっちにされ、耐えきれずに3ヶ月でバイトを辞めた。
特段、他で記憶に残っている事はない。
ただ、その後に男性スタッフになんで仲良くしなかったの?と聞くと「理由はないけど避けたかった」と意味深な事を言った。
そこから数年経って、私は空港の国際線ロビーにある小さな本屋で働くことになった。
出勤初日に税関を突破して出国ロビーのその本屋に行くと、見覚えのあるスラリと背の高い綺麗な男の子が、スラックスにエプロン姿でねっとりと挨拶をしてくれた。
初日は緊張もあって気が付かなかったが、次の出勤日に「なみ?俺のこと覚えてない?ほら、レンタルショップで一緒やった」と言われ、記憶を探る。
「キヨ!」
あの時より短髪だったが確かに面影があり、またすぐに私達は打ち解けた。
「なんでバイトすぐ辞めたん?」
私はあんまり空気が読めないので、直球であの時の疑問をぶつけた。
するとキヨは「あぁ」とくすくす笑って「俺の秘密、なみは知らんよな」と仕事の後に港内のコーヒースタンドでカミングアウトしてくれた。
キヨはゲイだったのだ。
当時は秘密にしていたが、男性スタッフは何かを感じたのか、本能的なものなのか、自然に避けたそうだ。
「仕事は教えてくれたけど、なんかバレるんかなぁ?全然、好みの人おらんし、そんな嫌がる必要もないのにな。
でもやっぱ皆んな嫌なんやろな、って感じたら辛くて」
今はある程度オープンで、いわゆるハッテンバで出会った人達と恋愛も楽しんでいたが、やはり友達は女性ばかりだった。
ノンケの男性はカミングアウトをしても、しなくても、反応は変わらず距離を取られるらしい。
私はキヨの柔らかな所作や、細やかな優しさが好きだったし、キヨは変な気遣いなく、なんでも好奇心の赴くままに質問を投げかけては自分を理解しようとしてくれる私に安心感を抱いた。
元々知り合いだった事もあって私達は親友程でもないが、気のおける友達になった。
「なぁなぁ、この人どう思う?」
「え?私は好みじゃない」
キヨは専用の出会い系掲示板を駆使して恋人を探していた。
まだ婚活や出会い系サイトが流行る前だったので、時代をかなり先取りしていたと言えば聞こえがいいが、それだけ世間での理解がなく、ネットを通じてコソコソとしか探せなかった時代だったのもある。
顔写真を見せてくれ、プロフィールを読み上げ、悩ましげに画面を見つめる。
私は絶対にキヨはモテると思っていた。
私が知っている、いわゆるBLでは華奢で綺麗な男の子を取り合いするような描写が多いから、すらっとして色白の綺麗なキヨはきっと引くて数多で、選べる立場なんやろうとたかを括っていたが、実際は違うらしい。
「俺はモテへん!アイドルとか女みたいな綺麗な子を好きなゲイもおるけど、ごくごく一部やねん。
ここで需要があるのは、ゴリゴリのマッチョで毛深くて眉毛も太い、男性ホルモンムンムンの男!」
「そうなん?!」
「そう!俺もハッテンバ出てビックリした!絶対にいけると思ってたのにな」
2人で店頭に数冊だけあったBL本を手に取りため息を吐く。
理想と現実は違うのだ。
キヨも打ちのめされたが、私も夢を破壊された。
「なみ、そんな事より俺の元彼の写真見る?」
「見る」
「めっちゃイケメンやねん、エッチも上手いし〜」
「キヨ面食いか?」
「よく言われる〜見て〜」
正直、私は好みじゃなかった。
キヨが言った事は誠だったのだ。
「キン肉マンの筋肉スグルやないかい」
「そう〜めっちゃ似てて可愛い〜」
「せめてテリーマンやろ」
こんなに綺麗なキヨと、キン肉マンが。
失礼すぎるが、これが現実だ。
それから半年ほど平和に過ごしていたが、ある日キヨの体に異変が起きた。
初めは「風邪かも」と言って微熱で休んだ。
1週間ほど療養して復帰したが、咳と微熱と下痢が治らないと言う。
「インフルエンザやったんちゃうん?病院行った?」
「行ったけど風邪拗らせてるって言われて抗生剤だけでた」
「やったらいいけど」
さらに一週間経って少し症状は治ったが、食欲もなくて体重が著しく減った。
ある日、仕事終わりにまたキヨにコーヒースタンドに呼ばれた。
「あんな、この前な、梅田に行ったらHIVの簡易検査のキャンペーンやっててな」
ドキッとした。
私にはその発想がなかったが、ゲイであるキヨは風邪の症状が4日続いた時点で不穏な空気を感じていたらしい。
「ちょっと待って。心当たりあるん?」
「あり過ぎて逆にわからんねん」
「おい」
「だってぇ〜俺、モテへんねんもん!元彼の事も忘れられへんくてしんどかって。色んな手尽くして男を〜」
「それは分かるけど。ほんで、結果どうやったん?」
聞いてはみたが、聞くまでもないだろう。
仕事中の立ち話でなく、時間を別で取っている時点で結果は明白だ。
「陽性やった」
「フェアリー・・・」
「ほんまに、世界一有名な妖精の服の色みたいな緑色のう○こ出るから、これはいよいよあかんって思ってた」
「訴えられるぞ、その例え」
「ちゃんと大きい病院でもう一回検査する」
キヨはHIVに感染していた。
24歳だった。
感染経路は不明だったが、行きつけのバーのママに伝えて、常連客に検査を促してもらった。
お店も、キヨ本人にも今後の身の振り方が大打撃の告知だが、人の命に関わる事だ。
慌てて検査を受けてくれた人達は全員、陰性だった。
個人的に思う事は、こんな時にすぐに聞き入れて要求に従ってくれるような危機管理能力の高い人は大体、陰性なのだ。
体調は日によってマチマチで、ずっと微熱と倦怠感、咳と下痢と食欲不振に胸焼けが続き、仕事中立っているのも困難な日もあった。
だからと言ってHIVに感染していると上司に言うのはハードルが高く、治療の事も考えると出勤するしかない。
家族を頼ることも意見したが、キヨにはお姉ちゃんしか家族がいない。
その姉も嫁にいき、仲は良いが子供が産まれたばかりで言い辛いと嘆いた。
アパートで一人暮らししていたキヨはついにダウンした。
服薬はしていたが、キヨのステージではまだ本格的な治療に入らないようだった。
どうにかこうにか出勤してきたある日。
2人きりで開店準備を終えると、朝礼時間にキヨが突然私を呼び止め、床に正座させた。
「なみ、俺は今からお前に大事なことを言う」
マスクでこもった声はそれでなくても弱って聞き取るのが困難で、私は店内BGMを止めた。
港内放送だけが聞こえる、早朝のハワイへの直行便が遅延していた。
「俺は、元彼に会いに行く。もしかしたら、彼から感染したかもしれんし、俺がうつした可能性もあるから検査を受けてもらいたい。
でも、いくらメールしても取り合ってくれへん」
「なんで?」
「現実的なようで、非現実な病気やからな、皆んな自分は大丈夫って思うんや」
「でも、治療始まるんやろ?まぁ元彼は京都の人やから日帰りでもいけるか」
「検査するまで俺は帰れへん。てゆうか、人生の最後はあの人と過ごしたいから、彼のアパートに押しかけ女房する。貯金もあるし、彼は稼ぎもいいし」
それは迷惑だとか、なんとか。
きっと何とでも止めることは出来たが、当時の私も知識不足で、まだまだ恋愛に淡かった。
それに近くにきっとキヨは死んでしまうと感じたから、止めるのは野暮だと思った。
「行ってこい、店番は私がする。皆んなには適当に誤魔化して、逃亡はもみ消す」
「ありがとう。俺、ほんまになみに出会えてよかった。
縁ってすごいな?俺ら、バイトの3ヶ月で切れてて良かったんやで?しかもな、どっちかがすごい望んでまた繋がった訳でもない、ほんまの偶然」
「そうやな、そう考えたら不思議やな?
何で私らまた会ったんやろう」
「運命や」
キヨみたいな綺麗な男の人にそう言われると、人生全部ひっくるめても悪い気は全くしない。
「そうやな」
「俺、女はただの友達やから何も思わんかったけど、なみならいけた気がする」
「どうゆう意味やねん」
「やって俺ら、はみ出しもんやんか」
「一緒にすんなや!まぁ、でも変わらんか」
「今彼氏おらんねんな?」
「悲しいお知らせやな」
「ほならさぁ、」
あと5分で開店時間、私はBGMをかけようと立ち上がった。
正座のままのキヨは姿勢良く座ったままで、その隣を歩き去ろうとした時、長い手が伸びて、制服越しに下腹を触られた。
「俺の子供、産んでよ」
キヨの声は高くて、冬の氷を溶かすみたいに優しかった。
「え?」
「冗談や、冗談」
「びっくりするやん」
「でも、病気じゃなかったらほんまに頼もうと思ってた。我儘やから通れへんくても、せっかく男に生まれたんやし、好きになった女にプロポーズしてみたかった」
「手短に済ましたな」
「バレた〜!」
これが生きているキヨと交わした最後の会話の記憶である。
キヨはその日中に店長に全て伝えて退職し、姿をくらませた。
携帯電話も電源が切られたまま、もう繋がる事はなかった。
10年後に一度だけかけてみたが、もう違う人の番号になっていて、お姉さんが解約したのか、キヨ自身がそうしたのか、何もわからない。
もう本当に何もわからなかったが、キヨの恋人が京都の某所に住んでいる事は私だけが知っていた。
でも探しに行くこともしなかった。
命がかかった検査に対応しないような男の何がいいんだ、と今なら思うが、恋をすると男も女もちょっと反抗的な悪い奴に夢中になるものなんだろう。
それから私はキヨの事をすっかり忘れて生活していたのだが、29歳になった時、体に異変が起きた。
当時、恋人に婚約解消され、かなり情緒不安定だった。
吐き気と怠さが止まらない。
少しそれが抜けてきた頃に。
お腹が膨らんできた。

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