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エッセイ小説「はみ出しもん」4


「苦」界


当時の職場には、自称霊感おじさんがいた。シュガーさんとする。

シュガーさんはオーラが見えるらしく、初出勤の日に私を見ると「すごい!真っ白で、すごく範囲の広いあったかいオーラに包まれている」と老眼鏡をくいくい上げて光らせて、周りをドンびかせたスピリチュアルおじさんだ。

翌日出勤した私を見るなり、シュガーさんは血相を変えて駆け寄った。

「なみさん、悪いものでも憑きましたか!?」

そんな、拾い食いを咎められるような言い方で悪霊を注意されたのは初めてだった。

私も色んな経験があるので、シュガーさんとは普段から霊感コミニケーションを取っていて、2人きりのお昼休憩に夜の事を話してみた。

「はっきり言って、なみさんには、守護霊以外の霊も付いてます」
シュガーさんは腕を組んで言い切り、私はキョトンとする。
「そもそも守護霊は先祖の霊で、子孫を守ります。なみさんはおじいさんですね、めっちゃデカい」
「へぇ」
デカいじいちゃんってのは、強いのか弱いのか分からん。
「で、そのもう一体は守護霊ではありません。
不思議な形です、例えるなら漫画家の人が使う幾何学な形の定規みたいな、うねっとしてる」
「あかんやん」
「いや、でも、」

瞬間、同時にブッと鼻血が出た。
仕事上、2人とも真っ白なケーシーを着ていたので、現場はカオスだった。

「なんかすいません!」
「私もすいません、不用意に詮索したから嫌やったんかな?」
「最近ちょいちょいあるんです」
「正直、僕もこんなん初めてです、てゆうか、なみさん何したんですか?」
「分かりません。ただ、ここ最近、不思議な事が飽きると鼻血が出ます!特段、そんな体質でもないんですけど」
2人で休憩室のティッシュで鼻血を抑え、シュガーさんはケーシーについた血液に項垂れる。
鬼嫁に怒られるんやろな。
「これ“障り“みたいなもんですね」
「この私に憑いてるウネっとした奴って悪い奴なんですか?」
「悪くはないと思います。生きてた人でしょうね、必死になみさんを守ろうとしてます。
生きてる人を死んだものが守るのはとても難しいので、そのせいで変な形になってしまってるのかもしれません。
守護霊以外でも守ってくれる霊は存在します、が、親族以外が憑くのは稀です。
心当たりありますか?線の細い男性で・・・き?」

線の細い男性で、き。
思い当たる節しかない。

キヨが・・・

「キン肉マン?とか言うてます」
「まわりくどい!」
そこは「キヨハル」でえぇやろ。
なんやねん、ネットのセキュリティの秘密の質問か。
「僕もこんなはっきり分かるの初めてでびっくりしてます、この霊はポテンシャルが高いですね」
正直、私もシュガーさんにここまでの霊感ポテンシャルがあると思ってなかった。

なんか、ごめん。

「その人、キヨって言う私の友達です」

喜んだキヨが大きく頷いたみたいに、2人でまた盛大に鼻血を噴いた。

「鼻血はキヨさんかもしれません。それだけ強い力で守ってる証拠です」
何にでも代償が必要ってことか。
「問題は、そこまでしないと守れない程の、夜にくる怪異ですね」
シュガーさんはスマホで何かを調べながら、自分を落ち着かせようと深呼吸をした。
「お祓いいきましょう、良いとこ知ってるから」
そんな飲み屋行くみたいにお祓いって行くもんなのか。
「なみさん、優しいことはいいですが、なんでも受け入れると身を滅ぼしますよ」

そんな事言われても、なんの心あたりもないのだが。

その後2人で少し話を整理した。
私はあの日の本屋でキヨと何かの交換契約を交わし、それが手術日前日に受理された、それが観覧車の夢。
そしてキヨは私に取り憑いた。
そこになんか得体の知れないものが寄ってきている。

簡単に言うと、生きている私を守護するためにキヨが取り憑き、そこに私に何かしたい怪異が近づく三角関係withデカいじいちゃんのようだ。

いやいや。

「こんなジャンプの漫画みたいなことあります?」
まだ少年の心を忘れない初老のシュガーさんは鼻につめたティッシュを興奮で飛ばした。
「事実は小説よりも奇なり。少年漫画の主人公だって勝手に選ばれて抵抗できないでしょう?そんなもんなんです、世の中って」

この後仕事に戻ったが、私とシュガーさんの殴り合いの喧嘩疑惑が浮上した。
バトル漫画フラグ、即回収。

ちょっと休憩


シュガーさんの奥さんは、鬼嫁だ。

家では1番立場が低く、家族の旅行に置いていかれたり、1人だけディナーに呼ばれなかったりする。

でもシュガーさんにはそんな時だからこその楽しみがある。

置き去りにされた日は、血圧と血糖値を気にして止められている某チェーン店バーガーショップのセットを、こっそり貯めたお小遣いで買っているし、コーラだって飲んじゃう。

旅行に置いていかれるのは理由がある。

飛行機で向かう場所、海外などは保安検査場を突破しないといけないが、シュガーさんは心臓にペースメーカーが入っているので、セキュリティ突破に説明やら色々時間がかかってしまうのが本人も煩わしい。

シュガーさんは一度死んでいる。

家で突然心臓が止まってばったり倒れた。
それを救急車が来るまで応急処置をしたのは鬼嫁。

おかげで一命を取り留めた。
鬼嫁の処置が手早く的確で、脳に血液が通わなかった時間がかなり短縮され、障がいもそれ程深刻に残らなかった。
だが短期記憶や指先にどうしてもそれが残ってしまい、人をイライラさせてしまう。

職場でも、学生アルバイトの子に馬鹿にされたりするが、シュガーさんは笑って許す。
「息子と年も変わらんし、あんなん可愛いもんです。
それにね、息子の方が遠慮が無くてきついですから、家よりここは天国ですよ」

人間は弱いものが好きだ。
正しくは弱い者いじめが好きだ。

私も弱いものが好きだ。
弱いシュガーさんは、強く生きる術を知っている。

はみ出しものは強い。

ヘコむ隙があれば楽しむ。
淡々とした日常に感謝し、不幸の中に幸を探し受け流す。

倒れるまでのかつてのシュガーさんは、国家資格を振り翳してかなり偉そうに働いていたらしい。
それが突然弱い立場になって、初めて見つけた強く生きる術が、この受け流すこと。
それに触れる時、私は幸せになる。

人はなかなか、こうはなれない。
きっとあの世で一瞬仏様に会ったのかもしれない、瞬時に鬼嫁に引き戻されたけど。

鬼嫁の恐妻弁当を今日も食べながら、シュガーさんは私とキヨの為に色々考えてくれた。
鼻血がついたケーシーを持ち帰った次の日、恐妻弁当がのり弁に降格し、私もヒヤヒたした。
でもシュガーさんは飼っているインコの世話を頑張り、今日は綺麗で真四角な卵焼きとお和えも入っている、いつもの恐妻弁当に戻っていた。

ちなみにインコの口癖は「サミシイネェ〜」らしい。
諸行無常を理解した賢い鳥だ、徳が高い。

キヨの名前を出すと大惨事になるので、私達は目配せで「キヨ」を呼んで会話した。
悪い奴では無いのに「名前を呼んではいけないあの人」扱いは本当に申し訳ないが、色々とこっちが大変なのだ。

シュガーさんは健忘症があるので直ぐに忘れてしまうけど、私と話すことは不思議と全て記憶する。
健忘症は心とか、信頼関係の問題もあるかもしれない。


私にふりかかる怪異は何も解決せず、酷くもなければ平行線だが、不眠症から来る頭痛や肩こり嘔吐もあって、大きな蛇に絞め殺されるような苦痛が続いていた。
でも、何をどうしていいのか。
オカルトは好きでお化けは見えます!程度の私達にはどうしようも出来ない。
病院に行くと精神科を頼れと言われるが、個人的な約束事があって私はそこを頼れないのだ。

シュガーさんの伝手でお祓いにも行ったが、門前払いに近かった。
「これは対応しきれません、返りが怖い」と断られ、違う寺では大慌てで道まで出てきたお坊さんに「専門で払ってくれる人に頼んで欲しい」と言われて帰されかけた。

2度あることが3度あっては困る、ここで出来ることが他にもあるはず!

私は「なんか知ってますよね!アポは取ってるから時間給働いてよ!」と袈裟を掴んで引き留め、話を聞かせてもらった。
情報は力尽く、下手に出てたら一生が終わる!

お茶と瓦煎餅を出してもらい、お堂の手前で座って話を聞く。
卵の匂いがする美味しいお煎餅で、ここはまだ檀家が多いのかな?なんて世知辛い思いがよぎる。

階級というものがお化けにもあるらしく、一般的に祓えるのは悪霊までらしい。
高僧になると「それより上」いわゆる怨霊とかに対応できる方もいるし、専門職としてフリーで祓いをしてくれる霊能者的な人もいて、人伝にではなるがそっちを頼ってくれと言われた。

私に付き纏っているモノに不用意に触れるとかなり危険を伴うらしい。

「それって何なんですか?霊じゃないんですか?」
「守護霊でもお護り出来ない厄介なものです、私もここまで禍々しいのは初めてです」
シュガーさんが私に目配せをする、キヨの事をその付き纏っているモノと言っている可能性もあるからだ。
「あの、僕が見た感じですけど、守護霊ともう一つ何か守護するモノが憑いていると思うんですが、それは悪いもんでは無いですよね?」
「体躯の良いご老人と、」
デカいじいちゃんまだおんや。根性あるな。
「男性です、若い。この人は無害でしょうね」
いや、おっさま、鼻血が出てます。

お菓子に付いていた懐紙をサッとシュガーさんが差し出し、鼻血を受け、私は鞄から箱のティッシュを出す。

「頭がガンガン痛い、何ですか?こんなの、いやもう私はお手上げですよ」
クリーニング代の請求が怖いので、未然に防げて良かった。

私に付き纏っているのは、霊や悪霊がたくさん寄り集まって出来た禍々しいもので、総称は「魔物」らしい。
魔物は霊と違って狡猾でしつこく、あちこちに悪霊や浮遊霊も取り込んで大きくなり、生きた人をを拐かすそうだ。
ターゲットの人間の隙をつく為に知り合いの声や顔を真似る手口は多数報告されているそうだが、どこの情報筋だろうかは謎。

特に理由もなく人を狙い、付き纏う。

赤ずきんの狼みたいだ。

悪霊でも遭遇率が低い。
心霊スポットなんかに濫りに行くのがよくないのは、霊は理由があってつくからだそうだ。
魔物は理由なく人に憑くそうで、そこが普通の霊との違いらしく、理由がないから祓うのが難しい。

海外の悪魔みたいなもんだろう。
そんな他人事みたいに言っているが、まだ家族と炭焼きしてる炭治郎の前に徐に鬼舞辻無惨、レベルだった。

シュガーさんの門限が16時なので、まだ日が高いうちに私達は帰路につく。
何も進展はないが、少し得体が知れて呑気な私達は少し気持ちが楽になった。

「びっくりですよ、漫画やオカルト界隈では聞いてましたが、ほんまにおるんですねぇ、魔物」
「甲子園にもおるらしいですけどね」
「その魔物ならまだ平和でしたねぇ」

夕日が沈んで1人になると、またあいつがやってくる。

キヨはいるはずだが、私には全く姿は見えない。
他の霊は見えるのに、自分に憑いているのはデカいじいちゃんを含めても全く見えない。

この時の私は疲れ切っていて、現実と非現実の境目も不眠症も相まってあやふやだった。

でも、隣を見るとシュガーさんいる。
洗濯物を取り入れて、掃除機をかけて、とボロボロになった鬼嫁のメモを読み上げて段取りの覚え直しをする姿を見ていると、これはちゃんと現実なんだ、と確信が持てた。

とはいえ、とはいえだ。

バトル漫画なら強い仲間が続々と集まる読みどころだが。
現実は鼻血を警戒しながら目配せし、社畜同然で働きながら職場の萎びた休憩室でランチする程度である。

しかも、鼻にティッシュを詰めた三十路のおばさんと初老のおっさんが主人公。

現実は塩っぱい。

今日も私達は頭を突き合わせて「家で出来るお祓いリスト」を消す。

「魔物に物理攻撃ってやっちゃいけないんですか?向こうが私を触れるなら、私も触れますよね。誰かやった人おらんのかな」
「なみさん、出来たとしてもやめましょう?やった人が見つからないのは、そうゆう事です」
なるほどな。
「魔物がどっかに私を連れて行きたいのなら、いっそ私、手と手を取り合ってついて行ってみましょか?抵抗するから余計に意固地になってんちゃいます?魔物の奴」
「押すなって書いてるからボタン押してまう、みたいなんですか?
まぁ、僕もどこに連れて行きたいのか?は気にはなりますね。怪談でもついて行ったパターンの霊編はあれど魔物編は聞かないです。
でも、魔物スイッチ押すんですか?消防車来る程度で済んだらいいですけど、サタンとか来たらどうします?」
「サタンか。解らんから否定は出来へんな」

サタン。
そんなん来たらバチカンのエクソシスト頼らなあかんやんか、未然に防ぎたい。
出来れば平和に和解したい。

「サタンってヘブライ語ですか?Googleの翻訳でいけるかな?」
「僕も西洋は詳しくないですが、なんせ古い時代の猛者ですし話も長なりそうですね。翻訳出来ても言語古いし、今の文化解らんし、浦島太郎状態です。
そいう理由で面倒な存在かもしれません」
「引きこもりの息子か。次回「自宅警備員、サタン」絶対見てくれよな!か」
「ラノベっぽさもありますねぇ!」

呼ばれてないのにやたら部室にくるOBみたいなサタン面倒臭い。
ちゃう、今はサタンのターンやない。

キヨが出来る事はどうやら私を匿う程度。
こんな時に何かを召喚したり、自力でエイ、ヤー!と戦えるのはそれこそ物語の世界なのだ。
生身の人間は弱い。

「攻撃は最大の防御って言いますけど、それが無理な状態でいつまで持つかですね」
「攻撃ねぇ、盛り塩やお酒もなんの役にも立ちませんでしたしねぇ」
「土俵入りの力士くらい盛り塩撒き散らかされましたね」
私達は口の動きを止めて、時計の針だけが動いている。
でもその間も私の心臓とシュガーさんのペースメーカーも動いている。
生きている限り、私達は悩んで、それを打破して、また悩む。

「いや、まだ出来ることあります!なみさん、防御力を更に高めるのはどうでしょうか?」

シュガーさんは、息子の使い古しの使い込んだ箸で、タコさんになっているウィンナーを摘む。


「神を味方につけるんです」


5「結構毛だらけ猫灰だらけ」に続く

#賑やかし帯

第一話はこちら

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