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エッセイ小説「はみ出しもん」3


「観」覧車


観覧車ゴンドラの中はエアコンが効いていて、ゆっくりと上に上がっていく。

「キヨ死んだん」
「まぁな」
「ふうん。どのくらい話せる?」
「10分かな」

右手につけた腕時計を見た、午前か午後か知らないが、6時だな、と確認した。
ここから10分、この観覧車一周分か。

キヨに聞かれて自分の近況や、キヨが去った後の職場の話をしばらくしたと思う。

「あいつ他に女おったで?」

あいつ、とは私の元婚約者の事だろう。

「あいつが通ってるダイビングスクールで、なみに出会う前に一目惚れした人おったやん。その人とうまくいってる」

なんでそんなことを知っているんだろう。

でも、ダイビングスクールの女性にフラれた後に私と知り合ったと聞いていた。
だからこの夢が私の脳内で私の記憶で作り上げているのなら、キヨが分かっていても不思議はない。

キヨだって私の記憶の作り物かもしれない。

「あいつの会社の本社、品川やろ?東京のその女と結婚した方が本社勤務に戻れる可能性ある」

説得力は微妙にある。

「なみがあいつのとこに嫁にいったら、そのまま山形の営業所のままでも問題ない。だから嫌やったのもある」
「なんでそんな事言い切れるの?」
「そうやから」
「あれか守護霊占いみたいな?」
「アホか、守護霊て過去の人やん、普通の人が未来とか見えるわけないやろ?自分が生きた過去は分かるかもしらんけど。
それか、その守護霊が占い師やったら分かるかもな」
「まわりくどい」
「とにかく!」

向かいに座ったキヨは死んでも綺麗な顔で、白い肌はついに透き通っていた。

「海の中で足でも引っ張ってやろうか?」

ダイビングスーツの彼の足に、浮世絵の大蛸のように纏わりつくキヨが見えた。

「やめてよ」

観覧車が天辺を過ぎ、少し気持ちが焦る。
だからと言って話したい事が山のようにあるわけでもないし、唐突すぎて何も浮かばず、中身のない話ばかりした気がする。
ゴンドラの下に係員が見え、前の人達が降りている。

あぁ、私も降りないと、と思った時にキヨがお腹を撫でた、夢の中だからかぺったんこだった。

「俺の赤ちゃん、ありがとう」
「何の話?」
「困った事があったら助ける。交換やけど大丈夫、なみの命は強いから」

そのまま目が覚めた。
ちょうど看護師がカーテンを開けて、手術前のバイタルチェックが始まり、りんご味の経口補水液2本とオレンジ味の栄養剤を置いて去った。

空腹だけど、嘘ばかりの香りのせいで飲めたもんじゃない。

もしも手術中に何かのトラブルで目覚めなかったら、この人工的な液体が最後の晩餐か。
そう思い直すと嘘ばかりのりんごとオレンジが美味しく思え、毎度の土産に話すため!とゴクゴク飲んだ。

8時を過ぎると手術の担当看護師、執刀医、麻酔科医が次々と挨拶に来て、私は術衣に着替えて手術室に向かう。

自動ドアを越えると、患者の取り違えがないよう生年月日などの口頭確認を受け、腕につけた私の情報が入ったバーコードを読み込まれる。
体重を測って、扉を抜けるとまたそれを繰り返し、銀色の扉の奥に進んでいく。

手術室内は全部銀色で清潔感があり、キューブリックの映画みたいな近未来な風景だった。
来るまでのアナログな口頭のやり取りを近未来な場所でする、そんなところもキューブリックっぽい、と笑えた。
見渡しても特に何もない。
滅菌された機器は眠りについたら、7人の小人みたいに私を取り囲むのだろう。

なんでもいいけど踏み台が欲しいな、と思いながら手術台によじのぼった。

最後のダメ押しでまた口頭で名前と生年月日を聞かれる。

ドラマや映画と現実は違うけど、非現実な夢の中でお化けと話した後の私は何も感じなかった。
失敗でも成功でも、解放されるならもうなんでも良かった。

全身麻酔で落ちて、手術台で一度目が醒めた。
ほぼ仮死状態から醒めた視線は色がない。

人工呼吸器が次第に大きくなって、視覚よりも聴覚が勝ることを実感する。
白黒の室内を見渡すと、執刀医が目だけ笑って手を振った。
いつの間に合流したのか、ゴトー先生も覗き込み、圧縮パックされた私の筋腫を2パック見せて「病理にまわしておくね!」と笑った。

もつ鍋のもつみたい。
あれはホルモン(関西弁で捨てる物という意味)やから捨てて正解。

安心してもう一度目を閉じて、次はもう病室だった。

本来は麻酔から醒めるまでは監視室に入るが、私は目覚める気配がなかったけど、途中覚醒をしていたので大丈夫だろうと病室に戻されたらしい。

看護師に時間を聞いたら18時10分だった。


退院後、お腹はぺったんこになった。

術後の検診でゴトー先生は私の腹の中を見ながら笑う。
「帝王切開で子供産んだようなもんね!子宮は綺麗に残ったし、これから赤ちゃん産めるよ。じゃあ、次は1ヶ月後の検査ね」

次の検査に行くとゴトー先生は綺麗さっぱりいなくなっていた。
その代わりに、やる気の全て美容に注いでいるような、空返事の女医がやっつけ仕事でキーボードを叩いていた。


予後もよく、社会復帰してしばらくすると、インバウンド効果で恐ろしい程仕事が忙しくなり、今度はそのストレスで眠れなくなった。
途中覚醒を繰り返す、浅い眠りがダラダラと続いて疲れが一向に取れず、イライラする。

真夜中、いつも通り目が覚めた。

首が痛い。

肩こりも酷いし寝違えたか?と思ったが、寝ている間に枕を超えて上に這い上がって、ベットの柵に頭を押し付けて寝ていたようだ

私のベットは4脚のウッドの柱にアイアンで作った格子がはまっている。
そのアイアンの格子部分にグリっと頭が押し付けられていた。

どんな寝相やねん。

伸びのついでに手を上げて、格子を押して体を元の位置に下げようとバンザイすると、何かに触れた。

「?」

柔らかい?

人の、手?

人の手らしきものが格子の隙間から差し込まれている。
ペタペタ触っていると突然、手首をギュッと掴まれてギリギリ、ギリギリと引っ張りだした。
なんの事だか分からずいると、私の手は格子から引き出され、上に引き摺られだした。

背中が敷布団を滑って、頭が格子にめり込み出すと支えきれずに首が曲がる。
痛みで歯を食いしばり、よせばいいのにそうっと目を開けると、暗闇の中で逆さに誰かと目が合った。

君は?

なぜかいつも行く美容室のアシスタントの男の子が、上半身を折って私を覗き込んでいる。

「なんで?」

何も返さず無表情で力任せに引っ張ってくる。

「なんなんこれ?」

驚きと痛みでも醒めない夢はあるのか。

夢は痛みで覚めるのに、覚めないということは夢ではないのだろうか。
でも痛みを伴う夢も見ることはある。

ギリ、ギリ、ギリ・・・ガリっ

ついにベットごと引きずられだした。
何か分からないけど、ちょっとタイプやな〜と思ってたイケメン美容師アシスタント美容師が、私の手を掴んで力尽くで引っ張っている。
見上げると扉が開きっぱなしになっていて、そこに向かっている気がする。

私は痛みのせいで冷静になってきた。

ベットごといくとか横着すんなや。
ちょっと頭使ったら私だけ引っ張っていけるやろが。
とは言え、イケメンだ。
でもきっと、本物の彼ではない。
何かわからんもんが、イケメンの顔して私を拐かそうとしている。

でもワンチャン、イケメンに似た泥棒の可能性もある。
私泥棒?まさか、私は金目のものでもないし。

そもそもこいつは良い奴か悪い奴か、生きているのか、死んでいるのか。

声は出ていた、ならば。

「い・・・ぃぃぃい、あ!おはようございます!!

あけみちゃんに習った大声の挨拶をした。

すると慌てて私の手を振り解木、イケメンの顔は何もない真っ黒のカオナシみたいなって逃げた。
足音はなく、まるで入室までの一連の動作のビデオ録画を巻き戻しみたいに不自然で音もない。
律儀に扉まで閉めて部屋から去った。

しばらくぼんやりして起きようとすると、格子に引っかかったままの手にグンっと引かれ、ベットの柱で頭を打つけて唸り声が漏れる。

悔しいけど、引っ張られた事よりこっちの方が重症で、そのままショックで不貞寝した。

朝、確認するとベットは扉側に約3㎝ズレていてた。
でも家に誰かが侵入した痕跡はなく、掴まれた腕にも何の痕跡も無い。
だが、恐ろしいことに。

自分のドジでぶつけた額のデッカいタンコブは現実だった。
それは翌日、内出血が目に落りて、漫画の中で殴られたみたいに目の周りが真っ青になった。

爪痕、残すやん。私が、やけど。

あけみちゃんの方法はよく効いたが、大声で挨拶をして逃げたということは、あいつは悪い奴だ。


この辺りから仕事の忙しさも相まって、私は睡眠障害に陥った。

1番悩んだのは多重夢だ。
長い鉤爪のフレディ・クルーガーの映画で有名なアレである。

これは夢から醒めてもまた夢、というのをなん度も繰り返す、ストレスからくる睡眠障害の一種で、最悪亡くなることもあるらしい。
昼寝しようが、ベットで就寝しようが、ずっとそれを繰り返していた。

多重夢も極めると、途中で休憩を挟んだり、起きるのを諦めたりも出来る。
だが、これがすごく危険だった。

またあの異質な奴も部屋にやってくるようになった。


ある夜、ついに夢から出れなくなった。
マトリョーシカみたいに起きたら夢、起きたら夢、を、もうなん度も繰り返し、夢の中で途方に暮れた。

そうこうしていると、あいつの気配が部屋の外に漂いだす。

まずい、また来た。
寝ている間にまた引きずられたらいよいよどうしていいか分からない。

必死だった。
でも起きれない。

その時だ。

ガンっ

痛い

ガン、ガン、ガンガンッ!!

ベットの下にだらっと落ちた私の手を、誰かが下から掴んでベットの淵に打つけている。
マットレスの下の、ベットフレームのアイアンの部分にガンガン手がぶつけられ、鈍い痛みに我に返りかける。

でも意識の中の私は夢の中で座り込んで手をさすっている。
体は寝ていて、意識は起きて夢の中で座っている、体と精神が離脱した変な感覚だった。

ガンガンッツ!ガン!!

痛い、痛いって!


「痛い!」

怒鳴ったはずみで飛び起きた、ちゃんと起きていた。

慌てて電気をつけると、室内は私しかいなくて扉も閉じている。

ぶつけられた腕は打撲だらけで黄色が混ざった紫色になり、何故か鼻血がダラダラ滴っていた。
光が入らない真っ暗なベットの下を見る。
まるでそこから誰かが私の手を掴んでいるようでもあった。

ベットの下にも何かいる?

覗いて見ても案の定何も無い。

次の日の朝。
私はベットの下に物を置きたくないので、人1人なら潜れなくもないそのスペースに掃除機をかけ、クイックルワイパーも突っ込む。

手応えはない。


私の部屋でバトル漫画始まってる?

でも死亡フラグはまだ見当たらない。


4「苦界」に続く

#賑やかし帯

第一話はこちら

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