エッセイ小説「はみ出しもん」2
「お」化け
友達が減りそうであんまり言っていないが、私はお化けが見える。
父方の祖父の葬儀の後に行った墓場で、墓石の間を歩いてきた女とすれ違った「物心」と言うのがこの頃に目覚めたのなら、初めての記憶である。
真冬なのにノースリーブで、元気な人やな?くらいしかその時は思わなかったが、家までついて来てしまった。
私は「白鳥さん」と呼んでいて、彼女の事もいつか書けたら、と思う。
次は、保育所に預けられた後で、週に一度の散歩で、こちらも墓に来ていた時だ。
田舎の墓は昆虫が多い。
網をふれば虫の入れ食い状態だったし、車が蚊知らないから危険も少ない。
夏になると何故か墓場で虫取り大会をしていた。
その日、私は大きなカマキリに見惚れていて、うっかり置き去りにされてしまった。
とは言え家族とよくお参りしているから道は分かる。
勝手に帰ろうと墓の出口を抜けると、スケバンがいた。
大きな石?石碑?か何かの下に、ヤンキー座りをしている。
そしてに私に話しかけてきた。
「道、わかるか」
「大丈夫です」
「ばっちゃに会ったら言っといて、あたいホープがいいのって」
「はい」
何のことかわからないが、時代遅れでもスケバンは怖い。
急いで保育所を無視して帰宅し、大騒ぎになった。
その夜、父は私を褒めた。
まだ年中やのに墓から1人で帰って来れたのは賢い!と、私の帰巣本能に鼻を高くして、特別な日に飲む冷えた瓶ビールを開けた。
「父さん、墓でスケバン見た」
「おう、まだそんなんおんねやな?」
ご機嫌の父はタバコをぷかぷか吹かしながら、手酌でビールを注いだ。どんな格好やったかを話すと、父は思い出話を始めた。
「父さんが学生やった時にな、毎朝家の前通るスケバンおってん。もう怖ぁてな?自分も必死にリーゼントしとったけど、ほんまもんは怖いし、べっぴんやった。
ほら、隣のおばちゃんおったやろ?」
「あけみちゃん」
「せや、それがあけみさんや、ごっついスケバンやってんで?」
私が知っている「あけみちゃん(仮)」は、お隣の家の奥さんで、顔が丸くて顎と首が一緒の円になっていた。
もちもちしてて、隣のお兄ちゃん2人のお母さんで、婿養子の旦那さんは一度も会った事なかったが、あけみちゃんは毎朝「おはようさん!!」と元気に挨拶をしてくれた。
あけみちゃんはある日、全身に発疹が出た。
理由はわからないが、蛾の鱗粉が全身の毛穴に入ったと聞いた数ヶ月後に亡くなった。
私は直感した。
あのスケバンはあけみちゃんや。
人は死んだら直後の姿のまま幽霊になるとも聞くが、あけみちゃんは人生で1番輝いていたスケバン時代を選んだのかもしれない。
自由やな、と思う。
私のルーティンが増えた。
土曜日は吉本新喜劇を見ると、神社で鳩に追い回されながらザリガニをとり、鯉に鳩の嫌だった事を話してから、あけみちゃんのいるお墓の入り口行くようになった。
あけみちゃんはいつも石の下にヤンキー座りしていて、その隣にしゃがんでお喋りをする。
「あけみちゃん」
「道、わかるか」
「うん。大丈夫」
「ばっちゃに会ったら言っといて。あたいホープがいいのって」
はすっぱ、な話し方だった。
「あけみちゃん、お化けっているの?」
「おるな、あちこちな」
斯くいうあけみちゃんもである。
「お化けと、お化けじゃないの、どうやったら見分けれる?」
「おはよう!って大きな声で言え」
「おはよう?声かけていいの?」
「もそもそちっさい声で言うんちゃう、先に元気よく言ったら、怖いやつも怖いお化けもビビる。
元気な奴や、いい奴は「おはようさん!」って返してくれる」
「なるほど」
お化けにも色々あるらしい。
お化けが生きている人と会話するには「湿度」と「寒さ」「弱った気持ち」があると話しやすい。
お化けは新しい事は覚えない。
相槌は打つが、すぐに忘れるというか、なかったことになる。
毎回私のことも覚えていないが、あけみちゃんは誰とでも話す人だったから、毎回普通に一緒にいてくれた。
だからかどこか、上の空のような恍惚さがあって、認知症の人と話す感じに似ている。
耳寄りなのは、墓にはお化けはいない事。
ここは遺族が個人を想う場所で、遺族の強い気持ちがお化けみたいなものを作るから、いるのは生きている人らしい。
後で気がついたが、それが確かなら白鳥さんは生き霊の類だったのかもしれない。
スケバンは学生カバンをペタンコに潰して鉄板を仕込んでると聞いたけど、中身は漫画雑誌か弁当箱だったらしい。
「字ぃ読めるけど、ライオン組で私1人だけよう書かんねん」
あけみちゃんは、お母さんに言えないことも聞いてくれる。
「学校行ったらアホやから友達できへんかったらどうしよう?」
「おはよう!って大きな声で言え!
もそもそちっさい声で言うんちゃう、先に元気よく言ったら、怖いやつも怖いお化けもビビる。
元気な奴や、いい奴は「おはようさん!」って返してくれる」
「お化けの話ちゃうし」
「アホでえぇ、かしこい奴より、スカーッと気持ちいい奴の方がみんな好きや。自分に出来る誰にも負けへん1番を作れ」
「あけみちゃん、優しいね」
「あたい、それしかないからね」
「真っ直ぐに生きてたんやね」
「ちゃうよ、はみ出しもんやから番長しとったんや」
父さんが言ってた。
あけみちゃんは、蛾の鱗粉の一件から体調すぐれず、検査を受けてみたら癌が見つかった。
入院前に手術の無事を頼もうと、先祖の墓を参る途中に車の運転を誤り、墓の入り口で曲がり損ねて事故で亡くなった。
話の最後に父さんは「きっと先祖がそのまま連れて行ったんや!」吸いかけのホープをわざわざ灰皿に置いて、わっと大きな声で肩を掴んで私を驚かせた。
曲がり損ねたのは残念やけど、仕方なかったんやね、あけみちゃん。
生きてる時も死んでからも、いつも私のお隣さんでいてくれてありがとう。
「道、わかるか?」
「真っ直ぐ生きてたから、曲がり損ねて事故に遭ったんやんか」
「ばっちゃに会ったら言っといて。あたいホープがいいのって」
「わかった」
私は走って帰って、父さんのタバコを1本くすねた。
そのまま隣の敷地を跨いだら、朝晩熱心にお題目を唱えてる隣のおばあちゃんが、芍薬を切っていた。
肺いっぱいに空気を吸う。
一回吐いてもう一回。
「こんにちは!!」
「あら?こんにちは」
「まんまんちゃんしていい?」
「いいよいいよ、あがって」
隣のあけみちゃんの家は、うちより大きな仏壇で、宗派が違うと祖母から聞いていたが、神も仏も手を合わせておけばいいだろうと分厚い座布団に座る。
圓楽師匠が座ってるやつみたいだった。
ふくふくの頃のあけみちゃんの写真が天井の近くに飾っていた。
座ったちょうど目の前にも写真立てがあって、その前にはタバコのピースの箱がある。
「タバコ」
「それねぇ、体に悪いからやめなって言うてたけど、死んだら健康もクソもないやろ?好きなだけ好きなことせぇって置いたったんよ」
私はちょっと得意顔になって、さっきくすねてきた父さんのホープを一本隣に供えた。
「あけみちゃん、ホープや、ばっちゃ」
額縁の中のスケバンのあけみちゃんは、鉄パイプ?かなんかを肩に担いでた。
威勢のある笑顔のいい写真だった。
この世には、あの世に行きそびれた人もいっぱいいる。
「あけみちゃん」意外にも少し書いた「白鳥さん」、満月の夜に人のお腹の上に座って晩酌をする侍の「ブシドー」は、着物の袖がいつも顔にかかって正体を見たことがない。
白鳥さんはいつも私の部屋にいる。
学校についてきて、必ずお掃除道具入れに入る。
学年に1人はいる、霊感のある子に「掃除道具入れに女がおる」と一度見破られた。
だから何ってない。
白鳥さんは、家に帰ると部屋の扉の裏にいく。
蜘蛛と同じような場所が好きみたい。
こんなことが当たり前の人生を生きていると、多少のことには驚かなくなり、変化を肌で感じるようになるのだ。
だからキヨの逃亡も、きっともうこの世にいないことも何となく雰囲気で分かるし、追求はしなかった。
ただ、最期はどうか苦しまずに息を吐き切っていて欲しい、とだけ思う。
話は私の腹に戻る。
少し目立つようになった下腹の膨らみを怪しんで地元の産婦人科を受診した。
「筋腫ですね。それもかなり悪質です」
「悪質」
「できた位置の意地が悪くて悪さをしてます。大きさは、まだ5センチですのでピルで様子を見ましょう」
微熱と不正出血、痛みの原因は、嫌な位置に出来た意地の悪い筋腫だった。
面倒だ、それでなくても婚約破綻でかなり私は憂鬱なのに。
追い討ちをかけたのは、産婦人科の待合でお腹の大きい幼馴染にあった事。
「なみちゃん何ヶ月?いつ結婚したん?聞いてないって!あんな、今ちょうどみんな同じくらいで妊娠してて、家族ぐるみのコミニティ作ろうかって言うてて・・・」
当たり前のように確認もせず、幸せそうに私に話すから、悪意なく殺意が湧いた。
大きく膨らんだ腹に虫唾が走る。
友達は幸せなものを育てているのに、私の腹ではそれを邪魔するものが居座っている。
笑って訂正するほど達観していない私は、黙ってスッと左手を隠した。
1ヶ月後、私の体重は40キロを切りそうで、毎日が生理2日目だった。
生理用品と通院で給料が無くなる。
ピルは効かず、どんどん筋腫は大きくなり、腹だけ見れば妊娠6ヶ月くらいになった。
筋腫のサイズはもはや赤ちゃんの頭と変わらない。
私、ガリガリで腹だけ出て、血まみれ。
絵巻物の餓鬼みたいだな。
鏡を見ていると、あの時の友人がおめでたと間違えたのも納得できた。
聞かない向こうが悪いと蔑んだけど、不用意に人を憎んだ私も悪い。
自分を恥じた。
自分にはもう何もなかった。
だからこそ、周りにいる人だけは大切にしようと強く思った。
心を強く持たないと、生きる気力も失う。
医師も首を傾げる程の異常だったが、他に悪いものは見つからない。
「ピルも効かないですね。もう摘出手術、しましょうか」
「・・・はい」
「ただ、半年後まで手術室に空きがなくて」
「はい?」
そんな話あるのか?
子宮筋腫は急ぐ必要のない誰の腹にもあるもの、緊急性がない。
さらに私の住む地域で婦人科の手術が出来るのは、その病院一箇所のみで、長蛇の列が出来ていた。
「手術までの間ですが、鉄剤とホルモン注射しましょう。保険適用がないので自費負担ですが・・・」
目を閉じたら、もうあの世がいい。
物理的に仕事に行けなくなった、血が漏れて電車に5分も乗れない。
鮮血が水のように漏れて、腹の痛みで目の前がチカチカする。と、思うと、血の塊がごろっと膣から溢れた、湯むきしたトマトみたいだった。
微熱と頭痛と腹痛と、何に対しての解熱鎮痛剤を飲んでいるのかも分からない。
追い討ちをかけるように鼻血まででだした。
確かに子宮筋腫では人は亡くならないが、こんな毎日って異常ではないか?
ある日、急に担当医が変わった、ゴトー先生とする。
若く綺麗な女医で、初対面で「手術室の空き確保しました」と、また鼻血が出た私の鼻に淡々と脱脂綿を詰めて止血しながら伝えた。
「半年後やないと無理なんじゃ?」
「私がねじ込みました」
そんな私の鼻の脱脂綿みたいにできるもんなのか?でも、それで止血出来るならこれしかない。
「分かりました、ありがとうございます」
同意すると、急ピッチで入院の手続きと手術前の検査が組み込まれ、あれよ、あれよと私は病院のベットの上にいた。
症状が出たのは1月で、手術が無理と言われたのは3月、入院は4月の頭だった。
手術の前日私は夢を見た。
いや、夢だったかも分からない。
消灯時間に布団に入って目を閉じ、しばらく隣のベットの人のいびきを聞いていたら、ポンっと目の前が変わった。
観覧車に乗る列に並んでいる。
BGMは聞いた事のない音楽で「選ばれました、選ばれました、選ばれました」とリズムの合間にテンポよく間の手が聞こえていた。
順番が来ると、係員がゴンドラの扉を開けて恭しく頭を下げる。
私はもう術衣を着ていて、合わせが開きすぎないように前を押さえて乗り込んだ。
後から一緒に男が乗り込んできて、ゴトン、と扉が閉じ「いってらっしゃいませ」と係員は手を振って次のゴンドラに取り掛かかった。
男と私は同時に向かい合わせに座る。
「久しぶり、元気ないな」
キヨだった。

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