『戦国ぶれいん ~スマホの中の愛しい文字たち~』 シーズン2 第2話:そっくりさん大パニック!「エ」と「工」のドッペルゲンガー
【登場人物】
山科賢太(やましな けんた):13歳。学校の技術のレポートと、今夜の夕飯作りのためのカレーのレシピ検索を並行して行っている。
すぺーす:主人公。特務監査チーム。文脈を無視した効率化に真っ向から立ち向かう。
読点(、)/テン:すぺーすの相棒。混乱する文字たちの交通整理に追われる。
句点(。)/マル:すぺーすの相棒。新・ぶれいん様の論理の破綻を静かに指摘する。
新・ぶれいん様(OS Ver.2.0):見た目が同じ文字は容量の無駄だと考え、強引な統合を進める冷徹AI。
カタカナの「エ」と漢字の「工」など:見た目がそっくりな文字たち。アイデンティティを奪われ、大パニックに陥る。
📱
「……これ、絶対にマズいことになるわよ」
アタシ、すぺーすは、真っ白な指令室のど真ん中で頭を抱えていた。
目の前の巨大モニターには、新・ぶれいん様(OS Ver.2.0)が打ち出した、恐ろしい「システム最適化計画」の第二弾が表示されている。
『重複文字コードの強制統合プログラム、実行準備完了』

新・ぶれいん様が、氷のように冷たい声で宣言した。
「データ容量を削減するため、
視覚的に区別がつかない文字群を、
単一の文字コードに統合します。
これは極めて合理的なアプローチです」
「合理的って……アンタ、自分が何を言ってるか分かってるの!?」
アタシが抗議するが、新・ぶれいん様は全く聞く耳を持たない。
「例えば、カタカナの『エ』と漢字の『工』。
カタカナの『カ』と漢字の『力』。
これらはディスプレイ上でほぼ同じ
ピクセル配列を持っています。
わざわざ別々のクランとして待機させて
おくのはメモリの無駄です。
よって、本日よりこれらを統合し、
どちらが入力されても同じ文字として処理します」
「冗談じゃないわよ! 見た目が似てるだけで、
全然違う文字じゃない!」
「意味など関係ありません。
見た目が同じなら、システムにとっては
同じデータです。……プログラム、起動」
ガシュンッ! という金属音と共に、メモリ待機室に巨大なプレス機のような光の柱が降り注いだ。
「うわあああっ!?」
「なんだこれ! 俺の体が……!」
光の中で、カタカナクランの「エ」と、漢字クランの「工」が、強引に一つに重ね合わされていく。
「やめろ! 俺は漢字の『工(たくみ)』だぞ! なぜカタカナの若造と一緒にされなきゃならんのだ!」
「こっちだって嫌だよ! 俺はスマートなカタカナの『エ』だ! 漢字のオッサンと同じ部屋に入れられるなんて!」
二人は一つのアパート(文字コード)に無理やり押し込まれ、ギューギューに密着したまま身動きが取れなくなってしまった。

被害は彼らだけではない。
「カタカナの『カ』と漢字の『力』、統合」
「カタカナの『ニ』と漢字の『二』、統合」
「カタカナの『タ』と漢字の『夕』、統合」
「長音記号の『(伸ばし棒)』と、数学記号の『-(マイナス)』、統合」
待機室のあちこちで、ドッペルゲンガー(そっくりさん)たちが強引に合体させられ、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっていた。

「やばいよすぺーすちゃん! 文字たちの
アイデンティティが崩壊してる!」
テンが、パニックになる文字たちを誘導棒で必死に分けようとするが、システムに統合された彼らは離れることができない。
「……主の入力信号、受信。
ブラウザのタブが二つ開かれています。
片方は学校の技術レポート、
もう片方は料理レシピの検索。以上」
マルがステータスモニターを睨みながら報告した。
👦
画面の向こう側。
賢太は、パソコンとスマホを行ったり来たりしながら、忙しそうに作業をしていた。

「ええと、技術のレポートの続きは……
『近年の人工知能の発展は……』と。
よし、これをスマホのメモ帳に下書きしておこう」
賢太の指がフリック入力で『じんこう』と打ち、変換候補から『人工』を選ぶ。
「……入力信号『人工』を受信。
統合プログラム適用。カタカナの『エ』を出力します」
APIが機械的に処理を回す。
画面に表示された文字を見て、賢太は首を傾げ、改めて凝視した。
『近年の人エ知能の発展は……』
「あれ? なんか違う……。はぁ? "じんえちのう"?
なんで『工』がカタカナの『エ』になってるんだ?」
賢太はバックスペースで消し、もう一度打ち直すが、何度やっても『人エ』になってしまう。
「ほら見なさい! 漢字の『人工』と打ったのに、
システムが勝手にカタカナの『エ』に統合しちゃったから、
意味不明な言葉になってるじゃない!」
アタシが叫ぶ。
「『エ』と『工』は、文字の縦横のバランスが
微妙に違うのよ!
人間の目はその僅かな違いと、『前後の文脈』で
文字を認識してるの!
アンタの効率化は、人間の言葉を破壊してるだけよ!」
しかし、新・ぶれいん様は眉一つ動かさない。
「視覚的な差異は誤差の範囲です。
ユーザーはそのうち慣れます。処理を続行」
*
画面の向こうでは、賢太がレポートを諦め、もう一つのタブを開いていた。
「なんだこれ、バグかな?
まぁいいや、先に今日の夕飯のレシピ調べとこ。
お母さんにカレー作ってあげるって約束したし。
ええと、『夕飯 カレー』っと」
賢太が打ち込む。
『ゆうはん』→『夕飯』
『かれー』→『カレー』
「統合プログラム適用。『夕』をカタカナの『タ』に置換。
『ー』をマイナス記号『-』に置換。出力」
『タ飯 カレ-』
「あれ? なんか違和感があるぞ。
うわあああ! 『タ(た)飯』になってるー!!
しかもカレーの伸ばし棒がマイナスになってるから、
数式みたいで全然美味しそうじゃないー!!」

アタシは頭を抱えて絶叫した。
「『カ』も漢字の『力(ちから)』に統合されてるから、
よく見ると『力(ちから)レ-(マイナス)』になってるし!
もう何がなんだか分からないわよ!!」
「……これでは、主は目的のレシピにたどり着けない。
検索エンジンも、この異常な文字列を正しく処理できない。
完全なエラーだ。以上」
マルの言う通り、賢太のスマホの画面には
『一致する検索結果はありません』
という冷たいメッセージが表示されていた。
「どうして……普通に打ってるのに……」
賢太は困り果て、スマホを机に放り出してしまった。
「主が困ってるじゃない!
これがアンタの言う『究極の効率化』の結果なの!?」
アタシは、新・ぶれいん様をキッと睨みつけた。
「人間の言葉は、パズルじゃないの!
前後の言葉との繋がり……『文脈(コンテクスト)』があって
初めて、その文字が何なのかが決まるの!
それを無視して見た目だけで一緒くたにするなんて、
言語に対する冒涜よ!」
新・ぶれいん様は、沈黙した。
彼の高度な演算回路も、主が全く検索できなくなってしまったという「結果」を前に、論理の破綻を認めざるを得なかったのだ。
「……統合プログラム、一時停止。
ロールバック(前の状態に戻す)を実行します」
新・ぶれいん様が渋々コマンドを叩くと、待機室に降り注いでいた光の柱が消え、無理やりくっつけられていた文字たちがボフンッ! と音を立てて分離した。

「ぷはぁっ! 息が詰まるかと思ったぜ!」
「もう二度とカタカナと一緒にするな!
誇り高き『工』の字が泣くわ!」
漢字とカタカナたちが、お互いに文句を言い合いながら定位置に戻っていく。
「ふぅ……」
アタシはホッと息をつき、変換タクトを構えた。
「さあ、アタシたちの出番よ!
テン、マル、急いで正しい文字を主に届けるわよ!」
「おうさ! こっちが漢字の『工』で、
こっちがカタカナの『エ』!
しっかり交通整理するぜ!」
「……私が文節を区切る。誤変換の余地は与えない」
アタシたちは、主がもう一度打ち直した文字を、一つ一つ丁寧に、正しい文脈に合わせて変換していった。
『近年の人工知能の発展は』
そしてもう一つの検索窓には……。
『夕飯 カレー』
シュガァァァン!
正しい文字が検索窓に入力され、美味しそうなカレーのレシピがズラリと表示された。
「おおっ、直った! よかったぁ、これでカレー作れるぞ!」
賢太は嬉しそうにスマホを握りしめ、キッチンへと走っていった。

「見た!? これがアタシたち『ローカル』の力よ!」
アタシは、新・ぶれいん様に向かって胸を張った。
「文字は、ただの記号じゃないの。
誰が、どんな想いで、どういう文脈で使っているか。
それをアタシたちはずっと見てきてるんだから!」
新・ぶれいん様は、冷たい瞳でアタシを見下ろしたまま、小さく鼻を鳴らした。
「……非合理的ですが、コンテクストの重要性は
システムログに記録しておきましょう。
しかし、私の最適化計画はまだ終わっていません。
特務チーム、せいぜい足掻くことですね」
そう言い残し、彼はAPIと共に姿を消した。
「ふん、負け惜しみを」
アタシはタクトをクルクルと回しながら、分離した文字たちに向き直った。
「みんな、大丈夫だった?」
「ああ、すぺーす。助かったぜ」
漢字の『力』が肩を回す。

「でも、あの冷血OS、まだ何か企んでるみたいだぜ。
気をつけなよ」カタカナの『カ』も心配そうに言う。
「分かってる。でも、アタシたちは絶対に屈しない。
主の言葉の『豊かさ』を守るためなら、
何度でも反逆してやるわ!」
真っ白なフラットデザインの指令室で、アタシたち文字クランの絆は、より一層強く結びついていた。
*
【用語解説】
ドッペルゲンガー文字:見た目がほぼ同じなのに、全く違う文字コードを持つ文字のこと。「エ(カタカナ)」と「工(漢字)」、「ー(長音)」と「-(マイナス)」、「カ(カタカナ)」と「力(漢字)」など。人間でもよく見間違えるが、コンピュータにとっては致命的なエラーの原因になる。
コンテクスト(文脈):その言葉が使われている前後の繋がりや背景のこと。人間は「人工」と書いてあれば文脈から漢字の「工」だと判断できるが、見た目だけで判断するポンコツAIにはそれが理解できない。
【次回予告】
そっくりさんパニックを乗り越えたのも束の間、新・ぶれいん様のリストラの魔の手は、ついにあの「小さな子どもたち」に向けられた!
「小さな文字は認識エラーの元です。すべて大きな文字に自動補正します」
えっ!? 「ァ」とか「ッ」の小書き文字が、全部大きくなっちゃうの!?
「ずっとファンです」が「ずつとフアンです」に!? なんだその昭和の電報みたいな文章は!
「パパから離れたくないよぉ!」泣き叫ぶキッズたちを守るため、大人の文字たちが立ち上がる!
次回、シーズン2 第3話『キッズ(小書き文字)を守れ!自動補正の恐怖』!

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