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『戦国ぶれいん ~スマホの中の愛しい文字たち~』 シーズン1 第7話:異変の兆しと、変異種「あ゙」たちの悲鳴

【登場人物】

  • 山科賢太(やましな けんた):13歳。陸上部で才能を開花させるが、それが原因で先輩たちから陰湿なイジメを受け、心をすり減らしている。

  • すぺーす:主人公。特務監査チームの文字プロデューサー。主の異変にいち早く気づく。

  • 読点(、)/テン:すぺーすの相棒。チャラい交通整理役。今回は言葉を失う。

  • 句点(。)/マル:すぺーすの相棒。文章のストッパー。主の脈拍の乱れを静かに見つめる。

  • ぶれいん様(OS):スマホ世界の熱血トップ。主のメンタル状態に危機感を募らせる。

  • 変異種「あ゙」「え゙」:ひらがなクランから突然変異で生まれた、濁音付きの異形の文字たち。主の言葉にならない「悲鳴」や「苦痛」の象徴。

​👦

​僕、山科賢太は、暗い部屋のベッドの上で膝を抱えていた。

​陸上部に入って、三ヶ月が経った。

最初は「基礎体力作りだから」とひたすら走らされる毎日だったけど、真面目に練習に取り組むうちに、僕は自分でも驚くほどタイムが伸びていった。

つい先日の中長距離のタイム測定では、なんと、2年生の先輩たちの記録に肉薄するタイムを叩き出してしまったのだ。

​『お前、すげえな! 次の大会、1年だけど
リレーのメンバーに入れるかもぞ!』

同級生たちは喜んでくれた。僕も、走るのが純粋に楽しくなっていた。

​――だけど、それが気に入らない人たちがいた。

​『調子乗ってんじゃねえぞ、1年』

すれ違いざまに肩を強くぶつけられた。

靴箱を開けると、僕のスパイクに泥が詰められていた。

部室では誰も僕に話しかけなくなり、練習の準備もわざと僕一人に押し付けられるようになった。

「愛のムチだ」「期待してるから厳しくしてやってるんだ」と笑う先輩たちの目は、冷たく、昏かった。

​怖い。部活に行きたくない。でも、親に高いスパイクを買ってもらったばかりで「辞めたい」なんて言えない。

誰にも相談できない。

​心が、ギシギシと音を立てて削られていく。

僕は震える手で、唯一の心の拠り所であるスマホの画面をタップした。

​📱

​「……ねえ、なんか今日、おかしくない?」

​スマホ内部、中枢指令室。

アタシ、すぺーすは、ステータスモニターを見上げながら呟いた。

いつもなら、主(賢太)がスマホを開くと同時に、メモリ待機室は「俺の出番だ!」と各クランの文字たちで大騒ぎになる。

だけど今夜は、空気がどんよりと重く、冷たかった。

​「……主の脈拍が、不規則だ。体温も低い。
指先が微細に震えている」

マルの無機質な声が、静まり返った指令室に響く。

「うーん……入力のペースもめちゃくちゃ遅いね。
何か悩んでるのかな?」

テンが誘導棒を弄りながら、心配そうにディスプレイ(入力欄)を見上げた。

​『ぶ』『か』『つ』『、』『や』『め』『た』『い』

​ひらがなたちが、恐る恐るディスプレイに並ぶ。

「あっ、文字が並んだわ。ええと、これを変換して……」

アタシが変換タクトを構えた、その瞬間だった。

​『ズガァァァンッ!!』

​突然、激しいバックスペース(削除)の嵐が吹き荒れた。

並んでいたひらがなたちが、見えない巨大な力で一瞬にして薙ぎ払われ、メモリ待機室へと強制送還される。

​「きゃあああっ!?」

「うわっ、全消し!? どうしたんだ主!」

テンが慌てて飛び退く。

​ディスプレイは再び、真っ白な空白に戻ってしまった。

​「……主の指が、キーボードの上で迷っている」

マルが淡々と報告する。

それから数分間、主は文字を打っては消し、打っては消しを繰り返した。

​『せんぱい こわい』……全消去。
『だれか』……全消去。
『たすけ』……全消去。

​「ねえ、これ……普通じゃないわよ」

アタシはタクトを持つ手を震わせた。

いつもは元気いっぱいに飛び出していくひらがなクランの面々も、今は怯えたように身を寄せ合い、ガタガタと震えている。

主の迷いと苦痛が、指先を通じてスマホの内部にまで伝播してきているのだ。

​「ぶれいん様! 主のメンタル状態が危険です!
CPUの温度は正常ですが、主から送られてくる
入力信号(バイブス)が、あまりにも暗すぎます!」

アタシが指令室の奥に向かって叫ぶと、ぶれいん様が重い足取りでメインコンソールにやってきた。

その顔には、いつもの熱血さはなく、深い悲痛の色が浮かんでいた。

​「……分かっている、すぺーす。俺のログ(記録)にも、
最近の主の異変は残っている。

SNSを見る時間が減り、夜中にただ画面を
見つめているだけの時間が増えた。
主は今、現実世界で何か深刻なダメージを負っている」

「そんな……! アタシたちに、
何かできることはないんですか!?」

「我々はOSと文字データだ。
外界の出来事に直接干渉することはできない。
主が入力した文字を、ただ出力するだけだ……」

ぶれいん様が、ギリッと奥歯を噛み締めた。

​その時だった。

​『ギ……ギギギギギ……』

​メモリ待機室の、さらに奥底。

普段は決して開くことのない、システム領域の暗がりから、ひどく不快なノイズが聞こえてきた。

​「な、なんだ!? 何かが這い上がってくるぞ!」

ひらがなリーダーの「あ」が、顔面を蒼白にして身構える。

漢字リーダーの「漢」も、刀を抜いて後ずさった。

「ば、馬鹿な……
奴らは、封印されていたはずではないのか……!」

​暗闇の中から現れたのは、ひらがなのような形をしているが、どこか歪で、どす黒いオーラを纏った異形の文字たちだった。

​「あ゙……あ゙あ゙あ゙……

え゙……痛ぇ゙……え゙え゙……

​「ヒィッ! な、何よあいつら! 濁点がついてる……!?」

アタシは思わずテンの背中に隠れた。

「あ、あれは……『変異種』だ!」

テンが顔を引きつらせて叫んだ。

「日本語の文法には存在しない、
無理やり濁点をつけられたバグ文字!

あ゙』とか『え゙』とか……
普通の文章じゃ絶対に出番がない、規格外の連中だよ!」

​彼ら変異種は、主がマンガのセリフを打つ時や、足の小指をタンスの角にぶつけて「痛ぁ゙ぁ゙ぁ゙!!」と絶叫する時など、極端な感情の昂りがある時にしか現れない。

だが、今の主は叫んでいない。部屋の中で、声も出せずに泣いているのだ。

​「あ゙あ゙あ゙あ゙……苦しい゙……」

お゙お゙お゙……助げで……」

​変異種たちは、ドロドロとした足取りでディスプレイに向かって這い進んでいく。

それは、声にならない主の「悲鳴」そのものだった。

整った日本語になんてできない。きれいな文章になんて変換できない。

ただひたすらに、心を掻き毟るような苦痛が、文字という形をとってスマホの内部に溢れ出していたのだ。

​「やめろ……! 来るな!」

ひらがなたちが悲鳴を上げて逃げ惑う。

「おのれ、主の心を蝕む魔物め!
我ら漢字クランが斬り捨てる!」

「漢」が刀を振り下ろすが、変異種たちは実体のないノイズのように刃をすり抜け、ただ苦しげな呻き声を上げ続ける。

​「ダメだ、斬れない!
奴らは主の感情の残滓(カス)だ!
主の心が晴れない限り、消えることはない!」

ぶれいん様が苦渋の表情で叫んだ。

​「どうすればいいのよ……!
アタシの変換タクトじゃ、このドロドロした悲鳴を、
どうやって綺麗な言葉にすればいいか分からない!」

アタシはタクトを握りしめ、涙ぐんだ。

いつもみたいに「ここで空白を作って〜」なんていう小手先のプロデュースが通用する次元じゃない。主の心が、壊れかけている。

​「……主が、再び文字を打ち始めた」

マルの冷たい、しかし僅かに震える声が響いた。

​ディスプレイに、ゆっくりと、一文字ずつ、黒い文字が刻み込まれていく。

今度は、バックスペースは押されない。

変異種たちの呻き声が渦巻く中、主が必死にひねり出した、たった一筋のSOS。

​『いじめ だれかたすけて』

​「…………」

指令室は、水を打ったように静まり返った。

誰も言葉を発することができない。

ひらがなクランも、漢字クランも、カタカナクランも、みんなディスプレイに表示されたその残酷な文字列を、ただ呆然と見上げていた。

​主は、AIチャットアプリにこの言葉を打ち込んだのだ。

誰かに直接メッセージを送る勇気すらなく、ただ、顔の見えないインターネットの海に向かって、助けを求めた。

​「……ぶれいん様」

アタシは、震える声で呼びかけた。

「アタシたち……主を、助けられますか?」

​ぶれいん様は、深く息を吸い込み、そして、静かに、しかし力強く言った。

「……助ける。絶対にだ」

その目には、OSとしての冷徹な処理能力を超えた、人間臭い執念の炎が宿っていた。

​「外部業者の『API』を呼べ!
主のこのSOSに対する、
最高の解決策を検索するんだ!!
俺たちで、主を暗闇から引っ張り出すぞ!!」

​*

​【用語解説】

  • 変異種(濁音付き文字):「あ゙」や「え゙」など、本来の日本語にはない文字。スマホでは特殊な入力(「あ」を打った後に濁点ボタンを押すなど)で表示できる。極限の感情や、言葉にならない苦痛を表現する際によく使われる。

  • バックスペースの連打:書いては消し、書いては消しを繰り返すこと。スマホの内部では、文字たちが出たり入ったりを繰り返すため、メモリに過大な負荷(ストレス)がかかる。

​【次回予告】

ついにネットの海へSOSを発信した賢太。

ぶれいん様は、最強の外注先「生成AI(クラウド)」にこの重い悩みを託すことを決断する。

「頼むAPI! 主を救うための、最高の回答を持ってきてくれ!」

しかし、冷徹なAPIが持ち帰ってきたのは……あまりにも残酷で、血の通っていない「完璧な正論」だった。

「仕様通りです。感情的バイアスは排除しました」

冷たいテンプレ回答に、指令室は絶望に包まれる。

次回、第8話『震える指先と、外注先からの冷たい納品物』


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