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リクルートを卒業した41歳、悔しくて40年分の栓が抜けた。〜「俺は受講者じゃない、表現者だ」〜

ミドルエイジな僕たちは

20代を必死になって仕事に食らいつき、30代からだんだんと影響力のある仕事・創意工夫する仕事ができるようになってきて、結婚して家族ができて、部下・メンバーを持って、責任とともに脂が乗った感じになってくる。
 
平日は保育園の送迎をして、土日は習い事の送迎をして、家を買うのか大きい家に引っ越すのか検討して、夫婦で役割分担を見直しながら、家族の楽しい思い出が増えていく。
 
もちろん、結婚していない人も、お子さんがいない家庭も、仕事をしていない人も、家がない人もいるだろう。それにしても、10代20代より歳を経るごとに、豊かさは増しているのではないか。
 
とてもいい感じだ。
いい感じなはずなんだ。
いい感じだと言わせてくれよ。
 
どうも、何かが足りない気がする。
この胸にポッカリ空いた穴は何だろう?!
 
不満ではないけれど、満足でもないこの感じ。
困ってはいないけれど、充分とは言い切れないこの感じ。
 
そうか、自分はI`m Not OKだったんだな。
(ちゃんみながそんな曲を歌ってくれていることは、最新曲すぎて知らなかったよ。)
 

うまくやろうとするほど、自分の声が聴こえなくなる

「長男」として、「父親」として、「管理職」として、コミュニティにおける役割の期待値を確認して、そこから外さないように振る舞っていると、誰も不快になることのないコミュニティライフを送ることができる。

役割に対するチェックリストをこなしていく日々は、人を不感症にする。
 
何に違和感があるのか、自分でもわからなくなる。
めちゃくちゃ嫌なこともないけど、狂うほどこだわりたいことも見当たらない。
愛想笑いをしている自覚はあるけど、何をしている時が楽しいのか忘れてしまう。

自分の声は聴いてあげないと、ひねくれてしまう

責任の範囲に線を引いて自分を守りたくて、
必要以上に感情を揺さぶられないように、
いつしか「俺には関係ない」と線を引くことが口癖になった。
 
なんか、このままは嫌だな。
 
ふと、気付く。
 
そうか、俺は悔しかったんだ。

・納品してもらうんじゃなくて、一緒に内容を磨きたい。
(全面的に拍手している人を見るとモヤモヤする)

・資格を取るだけじゃなくて、実践するための工夫を重ねたい。
(次の資格・次の学びを繰り返す人を見るとヤキモキする)

・受講者としてお勉強じゃなくて、感じていることを重ねたい。
(鵜呑みにしてただ持ち帰る人を見るとガッカリする)

本当は、表現がしたかったんだ。
専門性がなかったとしても、少数意見だったとしても、場の空気と違ったとしても、自分だけは、
自分の想いをちゃんと聴いてあげたかった。
自分の衝動に許可を出してあげたかった。

外側の役割に合わせて、内側の自分の声を聴いてあげられない自分に腹が立っていた。
自分で許可を出せない自分が悔しかったんだ。
(何回悔しいと言うんだw 相当悔しかったんです、40年分なんで。)
 
そんな自分の、「隠れた扉の中に閉じ込められている自分の声」は、何かのキッカケで自分に飛び込んでくる。
 
どうにも「涙が止まらないやつ」、あるじゃん。
BLUE GIANTの映画
MOROHAの歌
豫祝の舞
自分はこんなラインナップ。超泣く。
人によっては尾崎な人、SLUM DUNKな人、プロジェクトXな人、サイケな儀式…
グサッとくるそういうやつ。
 
自分が必死に押さえ込んで、体裁を保っていた自我をブチ破って、
腹の中にある本当の想いや大切な何かを、下からゴリッと押し出してくるこの感じ、
自分の本当の声を代弁してくれている気持ち、自然と涙が止まらなくなるんだよなぁ。

自分の声に耳を傾ける時間

申し遅れましたが、私は26年6月でリクルートの人事を辞める有休消化中の41歳。
いろんな理由が重なって新しい道に進むことになったが、「ミドルエイジ」故の葛藤があったと思う。
そして、「自分の声を聴く時間」を持てたことで、進みたい道に羅針盤を持てたんじゃないかと思う。
 
いろんな角度から、自分の声が暴かれていく時間は、とてもしんどくてとても豊かだったんだ。

組織向けコーチング資格
150時間のワーク・100時間のクライアント実践で、「役割だけでなく生の自分で場に立ち続ける」を叩き込まれる
(録画撮ってフィードバック受けて、自分のクセ・触れたくないところにたくさん出会った。不思議と自分が飲み込んだ声は、組織の出せていない声だったりする)
人事塾の研鑽会
自分自身のテーマを決めて、仲間からのフィードバックを得て「これかもしれない」が増えていく
(ファシリテーションは「人を容して事を易する」と定義した。主催したmtgに参加者0人の寂しさも経験し、不完全でも発信する勇気が備わった。)
奥様は家元
「肚が据わってない人と暮らすのはしんどい」と圧力がかかる
(これはデカい、誰にも真似できないギフトであり爆弾。色々あったけど、いまは一番の相談相手なのは間違いない。)
チャネリング
まいちゃんに人生を紐といてもらい、40年抱えてた重荷がスッキリするとともに、いままでの自分にも感謝の気持ちが出てくる
(「愛と感謝の悪巧み」をしていこうと思いますよ。ふふふ。)
 
見ようによっては壮絶な日々。自分に向き合うことは、見たくないものを見ることでもある。目を伏せていたものに直面することもある。
 
自分の人生という一番当事者な映画を、特等席で見ている感覚。
 
でも、これがめちゃくちゃ楽しい。
つきものが取れていくような感覚、言いたいことが口に出せる様な感覚、
実際に言動が変わっていく自覚があった。

遊び心・ヤンチャさを教えてくれる息子

40年分の栓が抜けた

いきなり抜けたわけではない、じわじわと合わせ技で、色んな機会と出会いのおかげで、自分自身に「許可」を出せるようになった。
 
葛藤はし続けているし、答えがあるわけでもない。
だけども、「自分の内なる声に耳を傾けて、ちゃんと発言権をあげて、自分を生きていこうと思えた。」
 
人生を「引き受ける」感覚。
「I’m OK」な感じ。

人と組織の栓が抜ける瞬間

人の人生が変わる瞬間には、「人生を引き受ける」プロセスがある。
引き受けるプロセスには「栓が抜ける瞬間」がある。
その栓が抜けるプロセスにはたくさんの仲間の言葉と、「自分自身への許可」がある。
 
組織が変わる瞬間には、その組織を「全員で引き受けるプロセス」がある。
引き受けるプロセスには「組織全体の栓が抜ける瞬間」がある。
その栓が抜けるプロセスにはお互いへの認知と、「自分達への許可」がある。

リクルートの組織開発を通じて、自分の人生を通じて、体験してきた持論。
この原体験をテーマに、探究していきたい。

ひとつ栓が外れるのに40年かかったし、これからも道の途中。だから焦らず一つひとつやっていこう。

偏愛・変態性・キモさ、お前は何者だ?!

リクルートでキャップ(キャプテン翼由来の)というあだ名をもらった。
自分なりにこのキャップ(CAP)に意味を込めた。
・Cコンフリクト:葛藤や対立の中で
・Aアウェアネス:自覚を見出して
・Pプレゼンス:私・私達らしく在り続ける
これは、自分自身の心からの願いであって、I'm OKに向かってこれからもやり続けたいこと。
個人事業の屋号はCAP。
人材開発・組織開発をやっていく。

探究テーマという偏愛宣言

ずっと抱え続けた葛藤や生きづらさは、自分が人生を通じて探究するテーマのレンズになるんだ。
気になりすぎて夜も眠れないこと、いつもモヤモヤしちゃうこと、その視点・見方・切り口を、誰よりも自分が大切にしてあげよう。

なんなら仕事にしちゃおう!
どうせそういう風にしか見れない曲者なんだから、
その偏愛に真っ向から取り組んでみたい。

〜探究テーマ〜
なぜ人と組織は、決断が積み上がるほど、「私が/私たちが引き受けた」という感覚を失っていくのか?

26年5月15日時点

〜仮説〜
個人とチームに潜む抑圧という栓を突き破って溢れ出す瞬間を、
ファシリテーターが身体性と感情と関係性を媒介にして引き受ける
——その実践の構造と条件を明らかにする

26年5月15日時点

人生を使って思う存分味わって、
お仕事通じてどんどんテーマと仮説を更新して、
生きやすくなる日々は、きっと楽しくて仕方ないと思うんだ。

あなたの偏愛はなんですか?
どんな変態さんなんですか?

ミドルエイジな皆んなも、そうでない皆んなも、
ぜひ一緒に語り合いましょう!


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