総合内科専門医と総合診療専門医のアイデンティティ問題:なぜジェネラリストは「自分たちは何者か」?「総合とは何か?」を語り続けるのか

先日、内科学会雑誌で「総合内科専門医とは何か」を解説した特集を読んだ。
そこでは、
診断困難例に対応する
多疾患併存患者を診る
病院の中心的役割を担う
専門医間の調整役になる
など、総合内科専門医の重要性が繰り返し強調されていた。
その内容自体に異論はない。
しかし、読んでいて少し不思議に思った。
「なぜ総合内科専門医は、こんなに頻繁に『自分たちは何者か』を説明しなければならないのだろう?」
循環器学会誌で、
「循環器専門医とは何か」
という特集が毎年組まれるだろうか。
腎臓学会誌で、
「腎臓専門医は必要だ!」
という自己アピールが繰り返されるだろうか。
おそらく、そういうことはあまり起こらない。
しかし総合内科や総合診療では、
「総合とは何か」
「我々の専門性とは何か」
という問いが周期的に現れる。
これは制度の失敗なのだろうか。
私は、そうではないと思う。
ジェネラリストは「何を診るか」で定義できない
循環器医は心臓を診る。
腎臓医は腎臓を診る。
血液内科医は血液疾患を診る。
対象臓器・病気が明確なので、自らの存在意義に悩む必要は少ない。
一方、ジェネラリストは違う。
ある病院では救急を担う。
ある病院では診断困難例の相談役になる。
多疾患併存患者の主治医になることもあれば、専門科間の調整役になることもある。
在宅医療や老年医療を担う人もいる。
つまり、
「何を診るか」
ではなく、
「他者・他科との関係の中で何を担うか」
によって存在意義が決まる。
だからアイデンティティが本質的に流動的になる。
アンドリュー・アボットの「専門職システム論」
社会学者アンドリュー・アボットは、『The System of Professions』の中で、専門職とは固定されたものではなく、他の専門職との境界交渉の中で成り立つと論じた。
In theorising "the system of professions", Andrew Abbott emphasised how jurisdictional boundaries in the workplace are far fuzzier than those specified in law.(アボットは、職場における専門職の境界は、法律で定められているよりもはるかに曖昧であることを強調した。)と解説しています
専門職の仕事は、絶対的に与えられているわけではない。
他の専門職との間で、
「これは誰の仕事か」
という縄張り争いと調整を繰り返しながら形成されていく。
例えば、
放射線科と循環器内科
麻酔科と集中治療科
精神科と神経内科
などの境界は時代によって変化してきた。
ジェネラリストは、その境界交渉の最前線にいる。
専門科の隙間を埋める
専門科同士をつなぐ
誰も診ない患者を診る
という役割だからである。
だから、
「総合診療とは何か」
「総合内科とは何か」
という問いを繰り返すことになる。
それは異常ではなく、むしろ宿命なのかもしれない。
「〇〇ではない」で自己定義する苦しさ
総合診療専門医の説明を聞いていると、
臓器別専門医ではない
家庭医とも少し違う
救急医とも違う
内科専門医とも違う
という説明がしばしば出てくる。
つまり、
「私は何者か」
を、
「〇〇ではない」
という否定形で説明している。
これは精神的に不安定になりがちである。
一方、循環器医は、
「私は心臓を診る医者です」
と言えば済む。
自己定義のコストが圧倒的に低い。
本当に社会が求めているもの
もっと皮肉なことがある。
患者は、
「総合内科専門医だから受診しよう」
とは思っていないだろう。
患者が求めているのは、
「あの先生なら何でも相談できる」
「あの先生は薬を整理してくれる」
「困ったらとりあえず診てくれる」
という機能である。
社会が求めているのは資格名ではない。
役割である。
だから、
学会がどれだけ
「総合内科専門医は重要です」
「総合診療専門医は必要です」
と宣言しても、社会の評価はあまり変わらない。
評価は学会から与えられるものではなく、
患者や地域や他科との関係の中で事後的に形成される。
「我々は何者か?」を問い続ける宿命
総合内科専門医や総合診療専門医の世界では、
数年おきに
「総合とは何か」
という議論が再燃する。
それを見て、
「またアイデンティティ論か」
と苦笑する人もいる。
しかし、もしかするとそれは、ジェネラリストという専門職の本質なのかもしれない。
循環器医は、心臓を診れば循環器医でいられる。
しかしジェネラリストは、
「自分は何者か?」
を考え続けなければ、ジェネラリストでいられない。
そして、その不安定さこそが、
複雑な患者、多疾患併存、専門分化した医療を再統合する役割を担う者の宿命なのだろう。
「総合とは何か?」
という問いは、おそらくこれからも消えることはない。
それは総合内科や総合診療が未熟だからではない。
彼らが、専門分化した医療の境界に立ち続ける存在だからである。
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