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物語の欠片 金糸雀色の午篇 1

-カリン-

 夾竹桃きょうちくとうの花が終わりを迎え、木犀の花が香る頃、マカニはぐっと秋らしくなる。
 そろそろ山葡萄が食べられるかもしれない。
 カリンは薬草を採りに東の森へ行ったついでに山葡萄が群生している辺りを覗く。思った通り、実が熟し始めていた。
 ミントとスミレの食堂へ持っていく分を含め、持っていた籠に入るだけの山葡萄の実を摘む。
 明日から暫くポハクへ出かけるため、自分たちの分は今日と明日の朝で食べられる分だけ。おそらくは山葡萄の実は生らないであろうポハクへの土産用にも少し。ああ、族長の家にも届けてあげよう。
 族長と食事を共にしたことは何度もあるが、何が好きなのか訊いてみたこともなかった。いつも穏やかに食事を口に運び、それでいて食事を楽しんでいないわけでもないような雰囲気に、何故か訊くことを躊躇ってしまう。
 族長の眼にこの美しいマカニの自然はどのように映っているのだろうかとカリンは時々考える。
 マカニが好きかと尋ねれば、族長は好きだと即答した。他の村人と同様、マカニの夏が特に好きなのだと。自分にとっては他のどの場所よりも美しく感じるとも語った。
 それでもカリンには、族長の見ている風景と自分の見ている風景の間には幾らか隔たりがあるのではないかと感じる。
 勿論人によって世界の切り取り方は様々だ。例えば極端なところでいうと、アグィーラの建築室のクコと話すと、世界の仕組みがぐんと詳しく見えてくる。きっと見えている世界が違うのだろうなと思う。
 しかしそのようなことだけではない何かを族長には感じてしまうのだ。
 考え過ぎだよ。
 レンならそう言うだろう。実際そうなのかもしれない。

 山葡萄の実を持って食堂へ行くと、ミントとスミレは大喜びで迎えてくれた。カリンの摘んだ山葡萄の半分は、早速ジャムや葡萄酒に加工するためにミントが厨房へ運んでゆく。
「明日から出かけるのでしょう?今日の為だけに買い物するのは大変だから夕飯持って行ったら?それとも余っている食材があるのかしら」
「有難う。出かけるつもりで計画的に買い物してあったから大丈夫だよ。戻ってきた日はお世話になると思う」
「いつでもどうそ。今回は少し長いと聞いているけれど……?」
「そうね。七日くらいはポハクあちらに居るつもり」
 いつものイベリスとの往き来は、お互いせいぜい三泊程度だ。今回はカメリアの動きが気になるので少し長く滞在することにした。
 時期を早めようかと思ったのだが、族長がパキラに送った書簡の返信にはその必要はないと書かれてあった。その代わり、今回は少しゆっくりしたらどうだとも書かれており、族長と話し合った結果そうすることにしたのだ。
 まだ仕事中なのでおしゃべりはそこそこに診療所へ向かう。
 カエデは多少遅くなっても文句を言わないどころか、もっとゆっくりしてくれば良かったのにと言ってくれるのだけれど。
 戻ってきたカリンと診療所の番を交代して族長の家へ向かうカエデは、山葡萄の実に目を細めた。
「もう山葡萄の時期か」
「そうなの。出発前に見つけられて良かったわ。カエデさんも少し持って帰ってね」
「有難う。族長も私も山葡萄を少し干してから食べるのが好きなんだ。お茶にもよく合う」
 ホオズキが族長補佐になって以来、診療所でカエデと一緒に居る時間が長くなって、こんな風に自然と族長との暮らしぶりの一端を聞くことができるようになったことがとても嬉しかった。
「そうか、干すのもいいね。ポハクにも少し持ってゆくつもりなのだけれど、ポハクならあっという間に乾いてしまいそう」
「ポハクの市場には乾燥食材が豊富だよ。確か干葡萄もあった。何処からか仕入れてきて乾燥させているのだろうね」
「そうなのね。私はポハクによく行っている割にはあまり町へは出ないの。パキラ様の館の居心地が良いからつい。……カエデさんはよく町を歩くの?」
「書簡を届けるついでに他の町の様子を観察して族長に報告するようにしている。最近はホオズキさんに任せきりだけれど、たまに行く時には時間がある限り町の中を歩くよ。毎回色々と気付きがある」
「ふうん。私も今回は少し長めに滞在するから、イベリスに頼んで案内してもらおうかしら」
「そうするといい。きっと楽しいよ」

 簡単な引継ぎをしてカエデを送り出し、摘んできた薬草を処理しながらカリンは、夏の終わりにヨシュアから聞いた話を頭の中で反芻する。
 イベリスの二番目の腹違いの姉であるカメリアが、ヨシュアの工房を訪ねてきた。用件は「ポハクで売る為の革細工を造って欲しい」とのことだった。どうやら城の交易室でヨシュアが「化身の証」を造った職人であることを聞いて来たらしい。
 カメリアは腕のいい商人だ。単純に商売の話をしに来たと取れないこともない。しかし、相手はあのカメリアだ。
 カリンは何度かカメリアと顔を合わせたことがあるが、直接話をしたことは一度も無い。カメリアはいつもちらりと視線の端にカリンを捉えながら、イベリスに対して、あるいはパキラに対して話をする。それでもカリンにとって、カメリアの印象は鮮烈だった。
 金色の馬の謎を話して聞かせた時も表情を変えず、一言も発しなかった。パキラへの謀反を企てた族との繋がりを指摘した時にも、謀反そのものへの加担の証拠は残しておらず、不意打ちで訪れたパキラに対してまるで以前からそのつもりだったかのように賊たちの隠れ家を告げた。
 カメリアにとっては実母であるサフィニアがパキラに反旗を翻した際にはさすがに関与を認めないわけにはいかなかったが、パキラの裁量もあって結局何ひとつ悪足掻きせずにそれまでと同様の生活を維持していた。
 カリンにとっては得体の知れぬ恐ろしさを感じる人物である。
 交わらなければいいと思っていたが、彼方側からカリンの領域に足を踏み入れてきた。これをどう解釈すればいいのだろうか。
 商品の取引が本望だったとしても、一度断られたからと簡単に引き下がる相手ではなさそうだ。再度ヨシュアの元へ姿を現すだろうか。
 さすがに力づくで思い通りにしようとはしないとは思うが、心配だった。
 もし商品の取引以外に本来の目的があったとするとどうだろう。目的はヨシュアではなく、カリンだと考えるのが自然だろう。ただ、単純にこれまでの復讐ではないように思う。気持ちを晴らすために一銭の得にもならないことをやるような人物には見えない。
 とすると、カリンを通り越して、再びパキラに対して何かを仕掛けようと目論んでいるのだろうか。
 何かというのはつまり、パキラの失脚に他ならない。
 パキラを族長の座から引きずり降ろして、その後釜にサフィニアを据える?それとも自らが族長になるつもりだろうか?そういえばカリンはカメリアの夫を見たことがない。イベリスに言わせると、カメリア以上に各地を飛び回っているらしい。
 ふっと湯気の香りが変化したことに気が付き、カリンは慌てて火を止める。これ以上このことを考えていたら折角の薬草が台無しになってしまうかもしれない。
 集中できなくてごめんね、と鍋の中の薬草に呟きながらカリンは別の薬草を加える。
 夕方、ココがやってくる時間までにはすべてを終えてしまわなければならない。今は仕事に集中しよう。

 診療所の外へ出ると陽は既に落ちていた。
 日が短くなったな、と思う。
 中身が山葡萄だけになった籠をぶら下げてゆっくりと階段を上る。
 どの家にも灯りがともり、何処からともなく夕餉の香りが漂ってくる。
 レンはまだ帰っていないだろう。明日から休暇を貰うから、その分ここ数日は忙しそうだった。
 アーヴェ語の習得がシヴァより遅れているのだといって、家に帰って来てからも本と向き合っている時間が長かった。
 こんなに勉強するのは初めてだよと苦笑しながらも楽しそうな様子を、カリンは微笑ましく眺めている。
 レンが出逢ったのだという隼に、カリンはまだ出逢ったことがない。レンと一緒に居る時に隼を見かけたことはあるが、そのどれをもレンは違う隼なのだと言う。レン自身は時々一緒に飛んだりもしているらしい。
 マオによると、どうやらシヴァはレンから少し遅れて灰鷹と運命の出会いを果たしたらしいのだが、結局その後一度もその灰鷹は姿を現していないようだ。
 レンとシヴァが族長から昔のマカニ族の知識を継承しているのだと聞いて以来、カリンも興味を持ち、少しずつ鳥に関する本を読み始めた。
 マカニに来て以来続けていた歴史書の再編纂が漸く終わったので、少し時間に余裕ができたのだ。
 以前海側の森から持ち帰った古い書籍の中には鳥について書かれたものが多くあった。それだけ、古代のマカニ族と鳥の間には深い関係があったのだろう。元々王家の謎を解くために探し当てた書籍だったので、王家や森に関連しそうなもの以外はまだ手付かずのまま書庫に置いてあった。
 マカニ族と鳥の関係。森の秘密に魔物の秘密、そして大地の化身の秘密。世界は謎に満ちている。いや、もしかしたら全部が繋がっているのかもしれない。
 歴史書の再編纂が終わり、アグィーラ王国の歴史には大地の化身が復活した。しかしもしかしたら、まだまだ失われた歴史が沢山隠れているかもしれないのだ。
 時が満ちたら……。アルカンの森の主がよく言う言葉だ。
 その時になったら解るのだろうか。自分は、機を逸せずに掴まえられるだろうか。
 家に近づくにつれ、住宅が少なくなる。
 窓の明かりや軒灯の灯りも少なくなり、暗くなった空に沢山の星が輝いていた。星は夏よりも秋が綺麗だなと考え、カリンは嬉しくなった。
 毎年同じことを思っている筈なのに、季節代わりは毎年新鮮だ。
 山葡萄を見つけたことをレンに自慢しなければ。
 そう思いながらカリンは残りの階段を軽い足取りで上って行った。


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金糸雀色の午篇 2

この物語は長い長い物語の一部である。全体の索引はこちら▼


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