物語の欠片 緋色の山篇 16 鉄鉱石の謎 解2
-カリン-
昨夜見張りの際に見たのは、ポハク族を捕らえるために罠を張ったアヒ族の土木師たちの姿だったのだ。アキレアの部屋になだれ込んできた顔ぶれを見てカリンは思い当たった。
協力者であるアヒの土木師とポハクの商人との鉄鉱石の受け渡しは、いつも明け方に行われていたのだろう。おそらく今朝が定期的な引き渡しの日だったのだ。
土木師の頭であるオウレンがポハク族の協力者であったとは考えられない。協力者であった土木師は、観念してオウレンにすべてを話したのだ。そして土木師たちは結託してポハク族の商人に対して罠を仕掛けた。
本来ならばマカニ族の見張りが続いていて、上手くポハク族を捕らえてくれたかもしれない。しかしマカニ族は引き揚げてしまった。だから自分たちで捕らえるしかなかった。それが、マカニ族が引き揚げたその日の夜にあの小屋へ来なければならなかった理由だ。
ポハク族が閃光弾を使ってまで見張りを追い払いたかったのは、この日のためかも知れなかった。
カリンは先ず、謎を解くためとはいえマカニへ戻ると嘘をついたことを謝った。実は戻ったのはレンだけで、他は見張りを続けていたのだと断ったうえで、自分の考えを話した。
「…そして皆様は夜明けと共に小屋を出発し、ポハク族との待ち合わせの場所へ行き、三人を捕らえた。以上がわたくしの推測です。」
オウレンが、その通りです、と応える。
「来客中に突然部屋に押し入るという無礼を働いた上に、ご挨拶もせずに失礼いたしました。私はアヒの土木師の頭をしておりますオウレンと申します。皆様のお話はネリネより聞いております。大変お恥ずかしいことに自分の部下の中にポハク族への協力者が居ることに、長年気がついておりませんでした。彼らはマカニ族の皆様がいらっしゃったことで最終的に謎が解かれることを恐れて私にすべてを白状したのです。感謝いたします。…さて、族長。残念ながら我々にも非はありました。土木師の中のことに関しては私にお任せいただけるなら有難い。しかしこのポハク族をどうするか…。」
オウレンがアキレアを見ると、アキレアは困ったような顔でカリンに助けを求めた。とはいえカリンにもポハク族をどうするべきかの確かな考えはない。そのような権利もない。
「族長。そんなところまでカリンに助けを求めないでください。」
「ネリネよ。そうなのだがなあ、これはアヒ族だけの問題でもない。先にも言ったように私は罪に問わんでも良いと思っていたくらいだからなあ。しかし先程カリン殿は、適正な価値を公表しなかったことに罪があると言った。それも理解はできるのだ。事実は分かったからそれでよし。そうはいかぬものだろうか。」
「ああもう、煮え切らないなあ。少なくとも、これからどうするかくらいは決めて下さいよ。ここに居るポハクの商人に、もうこれからはアヒから鉄鉱石を持ち出すことは止めて欲しいというだけでもいいです。それとも正式に適正な価格で流通の部分を依頼しますか?それならもっといい商人がいるようにも思いますが。」
「そうだなあ…。」
「そいつらの身柄は私が引き受けましょう。」
先程オウレン達によって開け放たれたままだった扉から、はっきりとしたよく通る声が響いた。
見るとそこにはパキラが立っていた。斜め後ろに苦笑したイベリスの姿も見える。
パキラは堂々とした足取りでアキレアの前まで歩いてきた。目は真っ直ぐにアキレアだけを見据えたままである。その後ろに続いたイベリスがカリンとレンに目だけで挨拶をする。パキラの姿を見て動揺したポハクの商人が逃れようと暴れたが、土木師たちに押さえつけられるのが目の端に映った。
アキレアは、蛇に睨まれた蛙のように固まったまま動けずにいた。勿論声など出る筈もない。パキラはその姿を愉快そうに眺める。それから悠然とカリンの方を向くと、礼を言う、とひとこと言った。そのひとことに勇気づけられてカリンはアキレアの代わりに口を開いた。
「パキラ様、何故こちらへ?」
「そろそろ頃合いだと思ったがぴったりだったな。」
そして、な、言ったとおりだっただろう?とイベリスの方を見る。
「確かに父上の言ったとおりでしたが訳が分かりません。いきなり朝早くに叩き起こされて、フエゴへ行くから供をせよと言われておとなしくついて来てみれば…。」
「お前、決しておとなしくはなかったぞ。…まあいい。カリン殿、案ずるな。カリン殿に奴らの登場が予測できなかったのは仕方がない。俺の方が情報が多かったのだ。」
「情報…と申されますと、パキラ様はあの三人の動きを把握されていたということでしょうか?」
「その通り。こういう怪しい商売をやりそうなところを戦士たちに見張らせていた。そのうちのひとつが昨晩動いた。だからそろそろ俺の出番だと思ってやってきたというわけだ。」
「そうでしたか。パキラ様がまだご自分が動く時期ではないと仰っていたのはこのことだったのですね。」
「先に俺が動くと奴らが動かないかもしれないからな。俺は知らぬふりを決め込んでおくのが良いと思ったのだ。おかげでそなたにはまた手間をかけた。」
「いえ。元々アヒ族から相談を受けたのは私どもでしたから。」
「根本的な原因はそこに居るポハク族だ。俺の不徳の致すところだな。…というわけでアキレア殿。」
再びパキラの視線を正面から受けたアキレアは固まったまま、かろうじて目だけを動かした。返事をしたつもりなのだろう。パキラは構わず話を続ける。
「この度はポハク族の商人が不正にアヒ族の財産を持ち出し、あろうことかアヒ族を使役しさえした。大変遺憾な事実だ。申し訳ない。すべては族長である私の責任です。償いについては今後相談させていただきたい。ひとまずこれまで搾取した分に利子と、それからアキレア殿に多大な心労をかけたことに対する賠償金も上乗せしたうえで、必ずお返しすることをお約束する。」
そう言ってアキレアに一枚の紙を差し出した。黙ったままそれを受け取ったアキレアはこれ以上見開けないだろうと思っていた目を更に一回り大きく見開いてパキラを見詰めた。
「…ということを書面にしたためて署名してきた。受け取ってくださるか。」
「…パキラ…。」
掠れた声が出た。そして自分の声にはっとしたようなそぶりを見せると、自らを奮い立たせるように首を大きく左右に振った。
「駄目だ。これを受け取るわけにはゆかぬ。そこの三人は私が直接話をした者ではないが、おそらく発端は私の発言なのだ。その責任を全てお前に取ってもらう訳にはゆかぬ。」
「ではこれからは、フエゴのことを一番に考えて発言されよ。ポハクにはこういう輩が多い故、またいつご迷惑をおかけするか分からぬのです。」
「それは…勿論…。」
「それは置いて行きます。ここに居る全員が証人だ。破棄しても無駄ですよ。」
パキラはにやりと笑うとイベリスに、帰るぞと声をかけた。
「父上、私たち二人でこの三人をどうやってポハクまで連れて帰るおつもりですか?」
「二人ではない、お前ひとりで三人連れて帰るのだ。そのために連れて来たのだからな。」
「な…。」
「冗談だよ。安心しろ。今頃村の入口までリオンの部下が誰か来ているはずだ。そこまでくらい、連れて行けるだろう?」
パキラは三人のポハクの商人の傍まで行き、品定めするように三人の顔を眺めた。商人たちは先程のアキレアと同じように固まっている。もう逃げられないと観念したのだろう。ひどくおとなしかった。
イベリスは大きく溜息を吐くと、カリンとレン、そしてネリネにまたな、と挨拶をしてパキラに並んだ。商人を取り押さえていた土木師たちが、村の入口までこのままお送りしますというのが聞こえ、パキラはその申し出を素直に受けた。
結局、そのまま土木師たちは全員退出し、最初に居た面々だけが部屋に残った。突然嵐がやってきて、去っていたような雰囲気だ。暫く皆は呆気にとられたまま沈黙していた。
最初に口を開いた…いや、笑いを漏らしたのはネリネだった。くすくすと笑い始めた声が次第に大きくなる。
「やられましたね、族長。ポハクの族長様、格好良いなあ。」
その言葉にアキレアは苦笑する。しかし、その表情は今朝よりも明らかに明るかった。
「見事にやられたなあ。こんなことなら最初からパキラに相談しておけば良かった。」
「そう思うのはいい傾向ですよ。これからは是非そうしてください。」
「しかしなあ。何とも苦手なのだ。まだエンジュの方がいいやもしれぬ。」
「それも解ります。でも私は好きだなあ。マカニの族長様も好きですけどね。」
「さて、土木師たちはオウレンに任せるとしてこれをどうするか…。」
「そうですね。族長も言ってたけど、それをそのまま受けるのもどうかと思います。」
パキラの残した書状を見詰めて再び黙ってしまった二人に向けて、カリンはささやかな助け舟を出した。
「パキラ様はご自分でやると仰ったらやってしまう方です。マカニの族長は対等にやりあっていますけれど、わたくしも自分で責任を取らせていただいたことがありません。パキラ様のお気の済むようにしていただいたらいかがでしょうか。」
「パキラに大きな借りができる。」
「それはまた別の機会に返されたらよろしいかと。」
「うむ。」
「この先ポハクにどんなことが起こるか分かりませんし。」
「そうだな。その際には喜んで手を差し伸べよう。勿論マカニへもだ。」
「有難うございます。あの…。」
少々強引ではあったがパキラのおかげできれいに問題は解決したようなので、カリンは最後の謎を解くべくツバキに声をかけた。昨日見えたばかりの新しい絵だ。ツバキは静かにカリンの視線を受け止めた。
「本来は、ツバキ様が族長様になられるはずだったのですね?」
その言葉に、カリンとツバキ以外の全員が驚きの表情を見せた。ツバキはすぐには肯定も否定もせずに、じっとカリンを見詰めたままだ。しかしその態度自体が、質問の答えだった。ツバキが答える代わりにネリネがどういうこと?と疑問を挟む。それはその場にいた全員の疑問でもあっただろう。
ツバキがふっと微笑みを浮かべた。それだけで部屋の空気が明るくなるような、魅力的な微笑みだった。
「アキレアに聞いていた通り、面白いお嬢さんね。よろしければ話していただけるかしら。私も聞きたい。」
「ツバキ…。」
「そろそろいいのではないかしら。あなたも十分に苦しんだわ。もう、全部明らかにしてしまいましょうよ。」
自分がしていることは二人の開放に繋がるのだろうか。それとも開けてはいけない扉を開けることに繋がるのだろうか。
またやってしまった。カリンはそう思いながらもう戻れないことも知っていた。
部屋に、正午を告げる鐘の音が響いた。
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