物語の欠片 鶯色の芽吹篇 16
-レン-
シェフレラと約束した五日後、レンはカリンとともに再びアグィーラを訪れた。今度は正門である南門を通っての訪問だ。相変わらず往来は賑わっていて、翼を持つマカニ族がひとりくらい歩いていても、それ程目立つことも驚かれることもない。人々の動きにも一定の秩序があった。ポハクの大通りもいつも賑わっているが、ポハクは道という道があるわけではないので、両側の店が好き勝手に通り側へと迫り出していて混沌としている。加えて、少しでも目立った特徴を持つ人物が通ると目ざとく目に留めて話しかけられることが多い。「お客さん、マカニ族だろう? 綺麗な翼だねぇ」ポハクでは何十回も、もしかしたら何百回も聞かされた言葉だ。その後には必ずと言って良い程、「その翼の色にはこれが似合いそうだ」とか「マカニには流通していない食材があるんだ」などの言葉が続く。レンが、ポハクの町歩きが苦手な理由のひとつである。アグィーラも、一本裏側の通りに入れば露店の並ぶ地区もあったが、その露店とて、通りまではみ出て商売をしている者たちは居ない。ましてや城へ通じる大通りは、城へ近づくにつれて益々店舗も秩序立ち、店の格のようなものも高くなるように感じる。つまり、城に面した通りには、レンなどは入るのも躊躇われるような店ばかりだ。
それらの店の前を通り過ぎ、城の南門から城内へと入る。門番から教えられたとおりの場所へと向かうと、そこには既にシェフレラが二人の到着を待っていた。
「お待たせして申し訳ありません」
カリンは恐縮した様子で挨拶をする。レンもそれに倣って深々と礼をした。対するシェフレラの機嫌は悪そうには見えない。とはいえ、レンはシェフレラの常態をよくは知らないのだが。
「いや。私が勝手に先に来て待っていただけだ。法務局に戻ると、直前で急な用事が入る可能性がある故、前の予定が終わって直接此処へ来たのだ。頭だけでできる仕事には不自由しておらぬ故、無為な時間を過ごしていたわけでもない。二人の方こそ、空路とはいえ短期間に二度の来訪、ご苦労であった」
「いえ。元はと言えばわたくしどもからお願いしたことですから」
「ポハクから、であろう? そなたは使いだった筈だ。それとも、そなたがポハクの族長に入知恵をしたのかな?」
揶揄うような笑いを浮かべるシェフレラの言葉に、カリンははっとした表情で言葉を返す。
「出過ぎた真似をいたしました。仰るとおり、わたくしはただの使いでございます。ポハクの族長様はわたくしなどが入知恵をせずとも、何歩も先まで考えておられますから」
シェフレラはくつくつと笑った。
「そなたは素直だな。なるほど。賢くはあるが策士ではない。そして、やや他人に肩入れしすぎるきらいがあるな」
カリンが困ったような表情を浮かべるのと同時に扉が叩かれた。シェフレラが、どうぞと応える。入ってきたのは医局長のツツジと文化局考古学室長のジニアだ。錚々たる顔ぶれである。カリンは、先程の困った表情から分かりやすく眼を丸くした。しかしすぐに気持ちを切り替えたかのように優雅に一礼する。ツツジは相変わらず不機嫌そうな表情をしていたが、カリンと親しいというジニアは柔らかい表情で微笑んだ。
「久しいな、カリン。元気そうで何よりだ」
「ジニア様もお元気そうで何よりです。お城へ来る際もあまりご挨拶に伺えず、申し訳ありません」
「お前は文化局の官吏ではあるが、考古学室の専任であるわけではないから仕方があるまい。それに、原籍は医局だ」
カリンは医局に見習いとして士官した後、下級官吏となり、その後、文化局の中級官吏試験を受けて中級官吏になったと聞いている。他の事例がほぼ皆無なので細かい決まりはないようだが、官吏としての位は保持している中で最も高いものが採用されるから中級官吏。ただし、職務の内容としては、中級官吏試験を受けた文化局では文化局配下の室を跨いだ管理業務のようなものを担うが、元居た医局では中級官吏としての管理業務ではなく下級官吏の時のまま相変わらず薬草の調合を主に担っている。
さて、というシェフレラの言葉で、にこやかだったジニアの顔が引き締まる。当然のように最も上座に座っていたシェフレラを中心に、レンにも分かりやすく自然に官吏の位の順に席が決まった。レンは、今日は「マカニ族の客人」というよりは「アグィーラの中級官吏であるカリンの夫」あるいは「ポハク族からの使者、ただし勅使ではなく書簡使扱い」という位置づけらしい。レンにとってはその方が気が楽だ。以前王配であるローゼルの生誕の宴に招待された際には、王配の友人であり風の化身ということもあり、アグィーラ五局長よりも上座を与えられて落ち着かなかった。
「カリンは勿論のこと、レン殿もこの二人とは面識があるな?」
「はい。存じ上げております。特に、アグィーラの医局にはマカニ族としても私個人としても大変お世話になっております」
「では挨拶は割愛するとして、早速本題といこう」
シェフレラはやや芝居がかった調子で話し始めた。芝居の台詞のような言い回しと口調が妙にさまになっている。
ポハクから運ばれた骨は、先ず医局で人骨かどうかを検分され、その後考古学室へ運ばれた。驚いたことに、医局だけでなく考古学室にも骨の専門家が居るらしい。しかも彼らは人骨だけでなく動物の骨にも詳しい。
結果として、運ばれた骨の中に人骨は混じっていなかった。しかし、全てが駝鳥の骨だったかといえば、そうではなかったそうだ。駝鳥においては、その他の骨に対して頭蓋骨の個数が多かった。その他の骨の中には、駝鳥ではないものも混じっていた。というのが、アグィーラ医局と考古学室が出した答えだった。
「正確に言えば、駝鳥の完全な標本は百九十二体分取れる。同一個体かは分からない。つまり、頭蓋骨は百体分程多いのだが、残りの骨の中にも駝鳥の骨は幾らか混ざっていた。その他は、他の動物の骨だ。鳥類は居なかった。牛、馬、羊などの家畜が多いが、いずれも頭蓋骨はない。それ以外でそれぞれが完全な身体を幾つ形成するかはまだ分かっていないが、大多数の骨が駝鳥のものだったと考えて良いだろう」
ジニアの補足を、カリンは眉根をきゅっと寄せて聞いていた。何かを真剣に考えている時の表情だ。
「人骨は、ひとつも無かったのですね」
「それは私が保証する」
呟くようなカリンの問いにツツジが答える。カリンはその声に我に返ったかのようにツツジの顔を見た。
「医局側はどなたが担当されたのですか?」
「セネシオだ」
ああ、とカリンは頷いたが、レンはその名前に記憶が無かった。しかしレンはこの場で説明を求めるようなことはしない。代わりにそっとシェフレラの表情を眺めようと思ったら、目が合ってしまった。少々気まずかったが、今更目を逸らすわけにはいかないので、不自然ではない程度の時間を置いて少しだけ視線を外した。と同時に、目の端で、シェフレラの口元が僅かに緩んだのを捉えた。シェフレラはそのまま、愉しそうな口調でカリンの方を向いて、見解を問う。
「わたくしはただの使いですから、それをそのままポハクの族長様にお伝えするだけです」
「ふ。なるほど。なかなか良くできた使いではないか」
シェフレラの反応に、ツツジの不機嫌な表情がもう一段不機嫌になったようにレンには感じられた。しかしツツジは何も言わない。カリンは動じた様子もなく「恐れ入ります」と答え、そのまま反対に質問を返した。
「シェフレラ様は当初、簡単な調査は五日あれば終わる、と仰っていました。この後、どのような調査をなさるおつもりですか?」
「何か希望はあるのか?」
「年代は、難しいのですよね?」
シェフレラが軽く視線をジニアへと振り、ジニアが「すべては難しいだろう」と即答する。
「ええ、そう思っておりました。そうするとあとは、駝鳥以外の動物の骨で、それぞれ完全な個体が形成できる骨が何組あるか……くらいでしょうか。勿論頭蓋骨は抜きにして」
「それが何かの助けになるか?」
「いえ。恐らく大きな違いはないと思います」
「ふむ、興味深いな。そなたの見解を聞きたい」
「ですから……」
「正式でなくても良い。使いであるそなたの見解が聞きたい。この結果から、何が導き出される? あるいは、これまでの我々の調査は何かの役に立つのか?」
カリンは一瞬だけ躊躇う様子を見せたが、次の瞬間には覚悟を決めたらしく、迷いのない口調で話し始めた。
「使いの立場として勝手なことを申します。これは、ポハクの族長様の見解とは一致するかどうか判らないことは先に申し上げておきますがそれでもよろしいでしょうか?」
「構わぬ」
「実は、ポハクで骨が発見されてからアグィーラに運ぶまでに一度、骨を保管していた場所が荒らされました」
「ほう」
「今回、少なくともアグィーラに運ばれた骨の中に人骨、あるいは何か特別な意味を持つ骨が無かったとしたら、恐らくその時に持ち出されたのだと仮定できます」
「なるほど、つまり我々は、大量の骨の山から、何か他と異なる特徴のある骨を探し出せば良いわけだな? それが見つからなければ、そなたの仮定した通りだということだ」
「だからと言って持ち出されたものが何だったか、それが骨だったかすら判らないのですが」
「面白いではないか」
その観点で分析はできるか? とシェフレラはジニアに向かって尋ねた。
「やってみましょう」
「私は用済みだな」
ツツジの低い声が聞こえ、皆の視線がツツジに集まる。シェフレラはあくまで朗らかな表情でツツジの問いに答えた。
「確かに人骨が含まれていなかった以上医局の協力は此処までで良いが、ツツジ殿は興味は無いのか?」
「無いな」
「相変わらず線引きが得意でおられる」
「シェフレラ殿こそ、お忙しいのによく管轄外のことにまで気が回る」
「管轄外でも無いのだ」
「法務局は手広いな」
「まあ、そうかな」
あの、とカリンが遠慮がちに口を挟んだ。
「もしかして、アグィーラでポハク族が何か問題になるようなことを?」
レンは、どうしてそうなるのだろうと思ったが、シェフレラは愉しそうに笑った。
「頭の回転が速いな。それとも、元々そこまで想像していたか」
「いえ。影響がアグィーラにまで及んでいるとは考えておりませんでしたが、シェフレラ様が積極的に関与してくださっているのには何か理由があるのではと考えた結果です」
「まだ口外しないで欲しいのだが」
そう前置きした上で、シェフレラは次のようなことを話してくれた。
曰く、アグィーラの城下町の壁の外のことではあるが、アグィーラの領地内で非公式の闇市のようなものが不定期に開催されており、そこで最近、怪しい商売が行われているらしい。
「問い詰めた者は不老不死の薬、と言っていた。法外な値段らしい故、まだ購入した者は居ないらしいが、なんとも馬鹿げた話ではある。ただ、そもそもその闇市の存在自体が目障りだった故、これを機に詐欺罪を理由に摘発できぬかと考えているのだ。私はその闇市に、ポハク族の商人が関わっていると以前から疑っていた」
「理解しました。口外しないようにとのことですが、ポハクの族長様にはお話ししても?」
「隠蔽されては困るのだが……そなたはポハクの族長をそのような目では見ておらぬようだな」
「ポハクの族長様は、寧ろポハクの外で悪事を働くポハク族には厳しくていらっしゃいます」
シェフレラは暫く考えるようなそぶりを見せた上で「良かろう」と返事をした。
「ありがとうございます」
「そなたらはこの後ポハクへ行くのか?」
「そのつもりです」
「では、何か進展があったらポハクへ使いをやろう」
カリンとシェフレラの話は淀みなく続いていたが、レンの中では疑問符が増えるばかりだった。闇市? 不老不死? それがなぜシェフレラの今回の協力に繋がるのか。しかしそれらの疑問符を整理する暇もないまま、会談は終わったのだった。
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