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物語の欠片 金糸雀色の午篇 10

-レン-

 考えてみたらパキラと二人きりになるのは初めてかもしれない。
 レンはポハクからワイへ向かう空路で遅ればせながらそのことに気が付いた。
 パキラを乗せて飛んだことはこれまでも何度かあった。しかしその時はマカニの正式な任務だったので、必ず予備の翼がひとりついていた。ポハクを訪ねる時は大抵カリンかイベリスが一緒に居る。
 とはいえ、ポハクの族長をひとりでワイまで乗せていくという意味では責任は重いものの、パキラの相手そのものは特に緊張するものでもない。レンにはパキラの細かい心の動きまでは把握できないが、パキラが自分に対して悪意を抱いていないことは分かっている。イベリスの友人として一定の信頼を置いてくれていることも伝わるからだ。
 レンの背に乗るパキラにも余計な緊張は感じられなかった。これからあのエリカと対峙するというのに、純粋に空の旅を楽しんでいるようである。
 「ワイに着いたら俺は真っ直ぐエリカ殿の元へ向かうが、レン殿はどうされる?」
 馬でアルカンの森へ向かうカリンと途中で別れて暫く飛んだ頃、パキラが尋ねた。レンは当然同行するつもりだったので一瞬回答に迷う。
 「…同行するつもりでしたが、おひとりの方がよろしければ、雨乞いの宮までお送りして何処かで時間を潰します。確かにパキラ様と私の取り合わせは、エリカ様に余計な疑いを抱かせるかもしれません。」
 「いや、同行してくれるならば有り難いが、俺とエリカ殿の化かし合いを眺めていても大して愉快ではないのではないかと思ってな。水の化身殿との旧交を温めるようであればそれも良いかと思ったのだ。」
 「ルクリアは…もう化身としても雨乞いの女としても役目は終えたと思っているようで、嫁ぎ先の農家の一員として新しい道を歩んでいます。私もそこへ水を差そうとは思いません。」
 「そうか。化身も色々なのだな。では、同行していただこう。」
 「はい。」
 「レン殿も仰る通り、マカニ族であるそなたが俺に同行することについてエリカ殿が何か勘繰るかもしれぬが、それは最初に否定しておくつもりだ。」
 「お気遣いいただき有難うございます。」
 普段から何かと族長に皮肉を投げかけるエリカである。少数民族であるマカニ族がポハク族におもねっているとでも考えるかもしれない。少なくともあまりいい顔はしないだろう。レンとしても、自分の行動が族長に迷惑をかけるのだけは避けたかった。

 ワイの運河に架かる橋の手前で着陸して門番に来意を告げると、事前の連絡を入れていなかった為、小さな門番小屋が大騒ぎになった。
 私用でポハクへ行っていたレンは勿論のこと、パキラも礼服ではなく、仕立ては良いものの普段着である。近くに来るまでまさか族長とは思わなかったようだ。
 門番のうちの一名がエリカに知らせるために雨乞いの宮めがけて駆けて行った。残りの面々はパキラを待たせる場所に困り果て、あれこれ相談を始めた。通常であれば事前に連絡を入れておき、門まで案内の者が迎えに来ている筈なのである。族長を門番小屋で待たせるなどという事態は想定していないだろう。
 当のパキラはその様子を少しの間愉快そうに眺めた後で、門番たちの輪に声を掛けた。
 「事前の連絡を入れなかったこちらに非がある。そう改まらなくて結構。ワイに来るのも久しぶり故、少し森の入口でも散歩してくることにしよう。すぐ戻る。」
 そう言って、門番たちが答えに迷っている間にレンを促し歩き始める。レンは明らかにほっとしている門番たちに向かって一礼してパキラの後に続いた。
 「レン殿はワイには何度も来ているな?」
 「はい。奥の山へは行ったことがありませんが手前の森ならば何度も通っています。北の泉や広大な田畑へも何度か行きました。お望みの場所が在るならばご案内します。」
 「いや、少しこの辺りを歩こう。…確かにポハクに比べて随分気候に恵まれているな。」
 パキラはおそらく本当に気の向くままに暫く散歩すると、そろそろいいかなと言って大きくひとつ伸びをした。
 確かに門番小屋では準備が整っているようだった。
 門番たちは先程まで慌てふためいていたのが嘘のようにパキラとレンに向かって恭しく一礼し、案内の者が先に立つ。
 これまでも何度か歩いたことのある大通りだが、パキラと歩くとまた新鮮だ。パキラは気になるものがあると案内の者に質問を投げかける。案内の者も慣れたもので、淀みなくそれに答える。すっかりあらかじめ予定されていた訪問のような雰囲気になった。
 途中、件の医院と思われる建物が目に入った。雨乞いの宮に程近く、大通りに在ってなお目立つくらいの大きな建物だ。城の医局とは異なり、ワイの町らしい白壁の綺麗な建物だったが、ワイの住居や店舗が色とりどりの瓦屋根や窓際の花で彩られているのに対して無機質に映る。
 パキラはちらりと目をやっただけで医院に対しては特に言及しなかったのだが、案内人は誇りに思っているらしく、あれがワイの新しい医院である旨説明してくれた。
 まだ国の許可が下りていないので他の地方に公開することはできないが、古くからワイに在った診療所は既に閉じており、機能は新しい医院に移っているようだ。

 「ポハクの族長とマカニ族というから誰かと思えばレン殿じゃない。カリン殿が一緒でないのは珍しいわね。」
 エリカはパキラの突然の訪問に文句を言うでもなく余裕の笑みを浮かべていた。族長補佐であるシレネは傍に控えておらず、応接室でレンたちを迎えたのはエリカ一人である。
 「少々急ぎでワイまで往復したかった故、偶々イベリスの所へ私用で遊びにいらしていたレン殿に翼をお借りしたのです。エンジュには無断で。」
 宣言通りパキラは、あくまでもレンはマカニ族としての任務ではない旨断りを入れた。それをどう受け取ったのかどうか分からないがエリカは、そう、とだけ答える。
 「とりあえず座ったら?お昼も近いし、昼食くらい出せるわよ。」
 「突然の訪問に加え、狙ったように昼食の時間になってしまい、申し訳ありません。」
 「その理由を聞こうじゃない。普段は寄り付きもしない貴方が、そんなに急いで私に何を確認したかったのか。」
 「エリカ殿相手に下手な小細工は無駄故、単刀直入に申し上げます。この件で参りました。」
 パキラは勧められた椅子に腰を掛けるとおもむろにエリカの署名の入った誓約書を取り出した。
 「そうよね、この件くらいしか思い当たらない。それで?族長あなたを介さず私が直接商人会とこれを取り交わしたことに文句を言いに来たわけ?」
 「いきなり苦言は申し上げません。先ずは事実確認をしたい。」
 「事実確認、か。商人会は貴方にどう話したの?」
 「ポハクからワイへ出している鉱物の定期価格交渉でワイへ行った際、ワイの族長に呼ばれてこの提案を聞いたと。」
 「それはその通りね。」
 「ワイの族長は税金と明言せず『税のようなもの』と仰った為、商人会としては税とは解釈せず、販売手数料の一環と位置付けて自分たちで申し入れを受けたとも申しておりました。」
 「それもまあ、その通りよ。」
 「ここまでが事実確認です。」
 エリカは余裕の笑みを崩さず、パキラも口元にやや皮肉っぽい笑いを浮かべている。レンは自分が話題の中心に居ないことにほっとした。
 パキラは出されたお茶をひと口含むと、さて、と言葉を続ける。
 「次に、エリカ殿がこの提案をされた理由を知りたい。」
 「それは聞かなかったわけ?」
 「商人会の奴らに相手側の理由など興味は無いのです。奴らが考えているのは自分たちが損をするか得をするかのみ。そのような輩からはろくな説明は聞けない。ですからそこは、是非ご本人の口から伺いたい。」 
 「まあいいでしょう。…種族間の交流が密になったからこそ、きちんと線引きすることが必要だと思ったのよ。何も自分たちだけが得をしようと考えたわけではない。ワイから外へ出すものに関税をかける。同時に輸入する物にも税を払う。そうすれば自然に互いの利権を守れるでしょう?」
 「ええ、とても理にかなっています。では、それがこのタイミングだったのは偶々でしょうか。」
 「どういう意味?」
 「王家が種族間の交流を促進し始めたのは少し前です。聡明なエリカ殿ならば、その時点である程度そこも予測されていて然るべきだ。しかし、動いたのはそれから数年経った今。…何か行動に移すきっかけがあったのではないかと考えたのです。」
 「ふふふ。いつでも行動が早いパキラらしい意見ね。でも貴方知ってる?私にも色々あったのよ。」
 「ギリア殿のことは勿論承知しております。その節は葬儀にも出席せず失礼致しました。」
 「構わないわ。積極的に誘いもしなかったから。」
 す、とエリカの視線が突然レンに向いた。
 不意打ちのそれを何とか正面から受け止めると、エリカはふ、と笑みを浮かべる。
 「エンジュは元気?」
 「お気遣いいただき有難うございます。元気にしております。」
 「今回のこと、戻ったらエンジュに報告するのでしょう?エンジュは何と言うかしらね。」
 「族長の考えることは私には想像もできません。」
 「謙遜しなくてもいいのよ。貴方、毎回エンジュやカリン殿に振り回されながらも大きく乱れたりしない。いつも興味深く思っているの。…それじゃあ、エンジュではなくて貴方の考えを聞こうかしら。」
 「エリカ殿。今回レン殿はご厚意で翼を貸して下さっただけなのです。マカニ族として同行しているわけではない。」
 「誰もマカニ族としての考えを聞かせろとは言っていないわ。私はレン殿個人の見解が聞きたいの。」
 「…生憎、お聞かせできるような見解は持ち合わせておりません。」
 レンが努めて穏やかに言うと、エリカは声を出して笑った。
 「あらあら。よく訓練されていること。…仕方が無いわね。続きは昼食を食べながら話しましょう。」
 エリカが遠くに控えていた使用人に合図を送ると、いったん姿を消した使用人は程なくして食卓の準備が整ったと告げに戻ってきた。
 おそらくパキラが来たという連絡を受けた時点で準備を始めていたのだろうが、あまりの準備の良さに、食堂へ案内される間レンは背筋に冷たいものを感じていた。


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金糸雀色の午篇 1
金糸雀色の午篇 11