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物語の欠片 緋色の山篇 3

-カリン-

 レンをレフアの部屋に残してひとりで薬師室へ向かうと、受付のユウガオはにやにやと笑ってカリンを迎えた。
 「また何か楽しいことやってるだろう。」
 「どうしてそう思うのですか?」
 「今回お前が定期の仕事でアグィーラに来るにあたって、わざわざ女王陛下から医局長宛に、カリンに先に王室に寄ってもらうから医局に行くのは遅くなると思うと先触れがあったらしいぞ。思ったより早かったけどな。」
 「ああ…。」
 薬師室に急ぎの仕事があったら困ると思ってのことだろうが、それでは医局の面々にカリンが王室に重用されている印象を与えてしまう。喜ばしくはないものの、今更と言えば今更なので、カリンは曖昧に頷いた。
 「それで?」
 「それで、って。残念ながらまだお話しできません。」
 「何だつまらない。でも密命ってことは余計にワクワクするな。暫くは妄想で楽しませてもらおう。時効になったら答え合わせさせてくれ。」
 「女王陛下のお許しが出れば。」
 「勿論だ。よし、それじゃあ、さっさと薬師の仕事を片付けてしまおう。これ、今回の目録だ。」
 ユウガオから受け取った目録の中に貧血治療用の薬があるのを見つけ、そういえば鉄は薬の材料にもなるのだったと思い当たる。レフアの話には出なかったが薬師室にはフエゴの鉄鉱石はまわってきていないのだろうか。
 今それを質問するとユウガオに余計な手掛かりを与えることになるかもしれないと思い、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。代わりに気になっていたシレネのその後を尋ねてみた。ユウガオは何故か城中の噂話を把握しているのだ。
 「お前が人の噂を気にするなんて珍しいな。さてはあのやり手の族長に何か言われたな?」
 「ご想像にお任せします。」
 「まあいい。シレネ殿は立派な医師だったんだけどな。どうやって口説かれたのかは知らない。ワイに行く前に少し話をしたんだが教えてくれなかったよ。ただ、医局での地位には少し疑問を抱いていたようだ。どうやらワイに行ったら族長補佐もやりつつ医療にも関わるらしいから、その辺りを理由に誘われたのではないかなあ。」
 「なんというか、野心がおありなようには見えなかったので少々驚きました。」
 「俺も。…まあ、人は見かけによらないってことだな。」
 「ワイは、これから医療に力を入れるということなのでしょうか。」
 「そうかも知れないぜ。魔物が減ったということは、平均寿命は延びるだろう。高齢になれば病に罹る可能性は高くなる。今のうちに法整備と併せて医療も整備しておこうというのはあの族長が考えそうなことだ。」
 「確かに仰る通りです。ワイは他種族の受け入れにも積極的ですし、人が交われば新たな病も生まれるかもしれません。」
 「恐ろしいほど頭が切れるよなあ。族長って皆あんななのか?」 
 「そうですね。族長様方には敵いません。」
 「お前がそう言うならそうなんだろうな。いや、俺は絶対に直接関わりたくない。」
 ユウガオが本当に嫌そうに顔を顰めたのでカリンは可笑しくて笑う。ユウガオは十分に上級官吏に昇格できる資格があるのに、権力の世界が嫌いで試験を受けていないのだ。あまり無駄口を叩いてる時間もないのでユウガオに礼を言って薬草の処理室へ向かった。
 まず気になっていた貧血治療薬の原料である鉄の入った瓶を取り出す。
 そもそも薬師室にある鉄は既に細かい粉末になったものだ。今まであまり気にしたことがなかったが、これを加工しているのは建築室だろうか、それとも刀剣室の方だろうか。薬師室で加工しているようには思えない。もしかしたらこの状態でラプラヤから入ってくるのだろうか。
 刀剣室は傭兵局の配下、建築室は建築局の配下だ。どちらもカリンが属する医局と直接的な関わりはない。カリンは昔戦医をしていた関係で傭兵局にも知り合いは居るが今はほとんど付き合いがなかった。一方の建築室には付き合いは浅いながらも信頼しているクコが居る。先ずはクコに声をかけてみようか。
 そう考えながらいつもの通り薬草から抽出したものと鉄の粉末を混ぜる。注意深く色の変化と香りを確認したがどうやら今までのものと差はない。少なくとも薬師室にある鉄はこれまでと同じ品質のものだ。
 砂漠地帯のラプラヤと火山地帯のフエゴでは地質が全く異なる筈だ。そこから産出される鉄鉱石の成分が全く同じということは無いだろう。念のため、ポハクへ行ったらイベリスに鉄鉱石の発掘現場に連れて行ってもらおうと思った。その場の土に触れてみたい。大地の化身である自分は、何か感じることができるだろうか。

 次から次に押し寄せる考えを押し込めて薬草に集中していると、薬師室の扉が開いてレンの顔が覗く。レンがここまで入ってくることは珍しい。反射的に時計に目をやると、随分と時間が経ってしまっていた。
 「ごめんなさい。時間を忘れていたわ。」
 「集中力があるのは良いことだね。僕もたまにシヴァさんやスグリさんに笑われるけど。まだかかりそう?」
 「これで最後。でも、その後ユウガオさんに引き継ぎをしなければ。ユウガオさん、まだいらっしゃった?」
 「うん。ユウガオさんが入っていいって言ってくれたから自分で覗きに来たんだよ。引継ぎって時間かかる?」
 「問題なければすぐなのだけれど、不足があったらやり直し。先にヨシュアさんの所に行っていてもいいよ。」
 「問題がないことを信じて待つ。」
 レンはそう言って部屋を出て行った。カリンが最後の処理と片づけを終えて薬草の処理室を出ると、受付でレンとユウガオが楽しそうに話をしている。二人はいつの間にかすっかり仲良くなったらしい。そういえば先日ユウガオはレンのようになりたいと言っていた。
 「お待たせしました。ユウガオさん、もしかして私の仕事が終わるまで待っていてくださったのですか?」
 「レン殿と久しぶりに話をするついでに待っていてやったんだ。感謝しろよ。」
 わざと恩着せがましく言うユウガオに更新した目録と、薬草の処理結果を引き渡し、レンにも待たせたことを詫びる。
 「楽しかったからいいよ。昔のカリンの武勇伝を色々と聞かせてもらった。」
 「武勇伝?ユウガオさん、何を話したのですか?」
 ユウガオは聞こえないふりをして目録から目を上げない。しかしその口元は笑っていた。カリンは仕方なく溜息をついた。
 「まあいいわ。レンに知られたら困ることはしていないもの。」
 「そうだね。カリンはやっぱりカリンだった。」
 レンは本当に楽しそうな表情だったので、カリンも待たせたことを申し訳なく思うのを止めた。アグィーラで自分が信頼している人とレンが仲良くなることは悪いことではない。
 「よし、完璧。思う存分お役目を果たして来い。」
 ようやく顔を上げたユウガオは満面の笑みで言った。族長どころか、ユウガオにも敵わない。カリンは必要以上に優雅にお辞儀をしてユウガオに挨拶をするとレンと連れ立って薬師室を後にした。
 当然ながら外はもう陽が落ちていた。しかしマカニと違って街灯の数が多いのでそこまで暗くない。それに、吹雪いていない夜は久しぶりだった。エルビエントの異常気象が際立って感じられる。レンも同じことを考えていたのか、穏やかな夜だね、と言った。
 ネリネは暗くならないうちに戻れるよう、カリンがレフアの部屋を出て間もなくアグィーラを発ったのだという。無事にアヒの村に辿り着いているだろうか。
 少しネリネのことが心配になる。アヒにもポハク族の商人たちが出入りしているとはいえ、アヒ族の中に特別ポハク族と親しい人がそう多く居るようには思えない。
 一方、ネリネがイベリスと親しくしていることは村人全員が知っているだろう。板挟みになるようなことが無ければよいのだが。そのためにも、この謎は早めに解かねばならないだろう。
 やはり明日、アグィーラを発つ前にクコの所へ寄って行こう。できる限りの情報を持ってポハクへ飛ぼうと思った。
 そこまで考えて漸くカリンは頭を切り替える。今回ヨシュアの所へ泊ることができるのは今夜だけだ。そして、レンがヨシュアの所へ一緒に行くのも久しぶりのことだ。
 「今夜は事件のことは忘れよう。」
 自分に言い聞かせるように言ったカリンの言葉に笑いながら、レンはカリンの手を取った。
 「いい心がけだね。」
 すぐそこにヨシュアの家の灯りが見えた。工房の灯りは消えている。ヨシュアはきっと夕飯を準備して待っていてくれるに違いない。
 カリンとレンは、束の間の団欒を求めてヨシュアの家の門をくぐった。


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