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物語の欠片 鶯色の芽吹篇 4

-レン-

 パキラの館の裏庭から一度町の外へ出る方向へ高度を上げると、先程見えていた夜市の灯りはほぼ消えていた。残っている灯りは夜通し営業をする酒場か何かだろうか。それとも後片付けついでに仲間内で話でもしているのか。少し面倒だが町の上空を飛ぶのではなく、ポハクの町をぐるりと囲っている防砂壁の外を回って死の砂漠の南側を目指すことにした。
「イベリスは明日、仕事は?」
 町から十分離れたのを確認してから、レンは隣を飛ぶ族長の背中のイベリスに話しかけた。
「偶々休みだったんだ。普段は採掘が休みの時は父上の手伝いをするんだが、明日は今のところ何も言われてない」
「きっと、夜に動くかも知れないことを予想していらしたんだろうね」
「それならそうと……いや、分かってるよ。前もって色々話したら、俺がそれに備えて何かいつもと違うことをやってしまったりして、結果他の奴らにバレるってことなんだろうな。分かっちゃいるけどさあ……」
「敵の目を欺くならば先ず味方から、というのがパキラ様の戦略だからね」
 イベリスの憮然とした表情は、パキラに対しての不満ではない。不甲斐ない自分への不満だ。イベリスがパキラと和解するずっと前から、パキラはそういうやり方でイベリスのことを守ってきたのだ。
 しかし、とレンは思う。今は族長が隣に居るから言葉にはしないけれど、族長とて、恐らくまだ、レンに話してくれていないことは沢山あるのだろう。族長個人のことは勿論のこと、マカニに関わることでさえもだ。自分はまだまだ族長に守られてばかりだ。
 夜の死の砂漠は星の瞬く音が聞こえてきそうなくらいに静かだった。
 思えばこれまで死の砂漠を夜に訪れた時は緊急事態の時ばかりで、その静けさを感じている余裕が無かったなと思った。
 ぽつりぽつりと採掘工たちが基地として使う小屋が目につくが、この時間そこに人は居ない筈だ。リオンの部下たちが見張りをしているのだと聞いたが、その気配も感じられなかった。
「そろそろ高度を下げてください。あれ、見えますか? あの、屋根に緑の旗が立っている小屋。あの近くに降ります」
 やがてイベリスがやや右斜め前方を指差しながら言った。すでに宵闇に目の慣れているレンは、族長と目配せだけで着陸体制の確認をする。
 採掘工が使う小屋にはそれぞれ色の違う旗が立てられていて、知っている者が見れば砂漠の中で方向を見失わないように、ちょっとした目印になっているのだと、レンは以前イベリスから聞いたことがあった。
 族長が慎重に少しずつ高度を下げるのに合わせて、レンも高度を下げる。背中の上でカリンが僅かに身を乗り出したのが感じられた。目的地が近くなったからか、四人とも無駄な言葉は発しない。あまりにも物音が聞こえなくて、自分の耳がおかしくなったのかと思うほどであったが、翼を掠める風の音が微かに聞こえている。その合間に何か聞こえないかとレンは耳を澄ました。
 物音どころか生き物の気配も感じない。
 用心に用心を重ねて緑の旗の小屋の周りを数回ゆっくりと旋回した後で、族長は音もなく地上へと降り立った。レンもそれに続く。
「砂に足を取られないように気をつけてください。この辺は砂の中に固い岩盤があって、慣れないと歩きにくいと思います」
 イベリスが小声で言い、族長が黙って頷く。そのままイベリスが先に立ち、族長、カリン、最後にレンの順で歩き始めた。
 問題の坑道は全体が封鎖されているのか、入り口は分かりにくように少し細工がされていた。中に入ると、少し前方に人の気配がふたつ。族長がイベリスの腕にそっと触れると、振り返ったイベリスは小さく頷いた。その辺りに人が居るのは想定内らしい。しかしそれが、必ずしもこちらの味方とは限ららない。何者かがリオンの部下を捕らえた上で成り替わっている可能性もある。
 イベリスは右手で拳を作り、近くの岩肌をコツコツと独特の間隔で何度か叩いた。すると、それが合図になっていたのか、前方の暗がりからポハクの戦士の衣装を身につけた者が二名、角灯を手にして静かに姿を現した。イベリスに向かって深々と一礼する。イベリスは顔見知りの戦士たちのようだ。
「ご苦労様。もしかして父上から事前に聞いてたか?」
「はい。イベリス様がマカニ族を伴っていらっしゃるかも知れないと伺ってお待ちしておりました」
 イベリスはこちらを振り返り、おどけた表情で肩をすくめて見せた。ほらな? と言っているようだ。レンは苦笑を返す。
「変わったことは?」
「今のところは何も」
「そりゃ良かった。じゃあ、此処は引き続き頼むよ」
「かしこまりました。お気をつけて」 
 狭い坑道なので、二人の戦士は壁に張りつくようにして四人を通した。四人は先程と同じように一列になってその横を通り過ぎる。
「奥にもう二人居る筈です」
 入り口に異常が無かったからひとまず安心して良いということなのか、イベリスは自らも持ってきていた角灯に火をともし、小声ながら普通に会話を始めた。族長が居るからか、基本的にずっと敬語で話すイベリスに、レンはいつもの調子が出ずに無言でその話を聞いている。
 歩き始めるとすぐに、先程の戦士たちは此処に隠れていたのか、と分かる分かれ道のようなものが両側に伸びていた。イベリスは分かれ道には進まずにそのまま真っ直ぐに歩みを進める。
 ゆらゆらと揺れるイベリスの角灯を頼りに、先を歩く三人の背中を眺めながら、ポハク族が長身の種族で良かったな、と場違いなことを考えた。イベリスはポハク族の中でも身長が高い方だが、族長はそのイベリスよりも更に額ひとつ分程高い。それでも背を屈めずに坑道の中を歩くことができた。四つ這いで進むことの多かったマカニの鍾乳洞よりよっぽどましだなと思いながら、それでもあちらは自然が造ったもので、こちらは人が造ったのだという思いも過ぎる。
 余計なことを色々と考えてしまうのは、砂漠の静寂のせいだろうか。
 いざという時に反応が遅れては困る。レンは意識的に気を引き締めた。
 幾つかの分かれ道を曲がる。イベリスは角灯の灯りに映る範囲の映像だけで、迷いない足取りで進んで行くが、道が分岐するたびに族長とカリンがそれぞれ違う仕草で通った道を記憶しようとしているのが伝わってきた。レンは、分岐が十を過ぎた頃には道を記憶することを諦めた。その代わりに最後尾からイベリスに向かって尋ねる。
「この分岐ってさ、それぞれ行き止まりなの? それともどこかに通じてるの?」
「ものによる」
 身も蓋もない答えだったが、イベリスは振り返ってにやりと笑って見せた。
「行き止まりといえば行き止まりなんだ。地上に出られる出口はさっきのひとつしかない。だから見張りがあそこと例の部屋の手前だけで済むんだけどさ。それでも、分岐の幾つかは相当長く繋がっているから、迷ったら厄介だよ。お前は俺から離れないことだな」
「そうだね。道を憶えられないのは僕くらいのものだから、せいぜいひとりにならないようにするよ」
「安心しろよ。もうすぐだ」
 イベリスが言ってから少し経つと、レンはすっと背筋に冷たいものを感じて思わず足を止めた。ほぼ同時に族長が振り返る。
「どうした?」
「いえ……」
 二人のやり取りに、カリンとイベリスも足を止めた。
 少し先に息を潜めるような人の気配。イベリスの言うとおり二人だろう。しかし自分の感じたものはそれだけではない。それでも、それが何なのかを説明することはできなかった。嫌な予感とも少し違う。何か、そう、恐れあるいは畏れのようなもの。
 鍾乳洞を思い出したから?
 いや、そもそもマカニのあの鍾乳洞へ行っても、何も感じることは無くなった。
 族長はレンの目を正面から見据えて、言った。
「その感覚は、正しいだろう」
「え?」
「風だ」
「あ……」
 そうか。翼に、幽かに風を感じるのだ。族長がイベリスに呼びかけた。
「イベリス殿。恐らく、出口は少なくとももうひとつある」
 イベリスは驚いた表情を見せ、カリンが「あっ」と声を上げた。
「どういうことですか? カリンも何か分かったのか?」
 イベリスの問いにカリンが族長の顔を見ると、族長は黙って頷いた。カリンは少し声を落として話し始める。
「イベリスは今回、今通っているこの道を掘り進めながら骨の在る空間に辿り着いたのでしょう? 骨を埋めた人たちが通った道、あるいは直接上に通じる穴が必要だわ」
「ああ、なるほど。そこが埋まってしまっていなければ、そうだな。こちら側の入り口からは見えなかったけど、もしかしてあの骨の向こうにあるのかな。だとしたらいずれにせよ、見張りの位置は間違ってないわけだ」
「見張りを命じたパキラは当然そこまで考えていただろう」
「ですよね……。あ、目的地はこの先です。少し傾斜があるので注意してください」
 イベリスの言葉を待っていたかのように、行き止まりの壁の中から人が現れた……かのように見えた。実際は、砂に似た色の植物で編んだむしろが坑道を塞ぐように掛けられていて、その向こうから人が姿を現したのだ。その先が件の駝鳥の骨が在るという空間なのだろう。現れた人間は先程の二人と同様ポハクの戦士の衣装を身につけており、こちらに向かって礼をした。
「ご苦労様。変わったことは?」
「いえ。特には。静かなものです」
 見張りに立っていたポハクの戦士がむしろをくるくると巻き上げて固定してくれたおかげで、レンたちは中を見ることができた。
 そこには、確かに異様な光景があった。
 坑道そのものがそれ程広くないため、その空間に繋がる入り口も広くはない。なんとか二人並んで立てる程度だ。見張りに立っていた二人は四人に道を譲って最後尾に立った。四人の先頭に立っていたイベリスは、半ば「駝鳥の部屋」に身体を入れて、後に続く族長がよく中が見えるように空間を開けた。カリンが族長の隣に立ち、その後ろに立ったレンはカリン越しに駝鳥の部屋を見る形になった。駝鳥の部屋には灯りがともされており、中が良く見渡せた。
 先ず、頭蓋骨に目がいく。堆く積まれた大量の骨の中で、明らかに形が異質だからだ。大量の頭蓋骨が、こちらを睨んでいるように見える。大きさとしては大人のてのひらにすっぽり収まる程度の大きさだが、骨になってもそれと分かる嘴が今にもこちらに攻めてきそうな迫力を醸し出している。生きていれば大きな瞳が埋まっているだろう眼窩の空洞が、その存在をより恐ろしく見せていた。
 レンは再び翼に風が当たるのを感じた。やはりこの風はこの奥から吹いてきているのだ。
 族長も感じているのだろうか。
 そう思って、族長の表情を伺おうと目を向けると、何かを考えているように見えた族長が一歩、駝鳥の部屋へと足を踏み出した。



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鶯色の芽吹篇 1