物語の欠片 金糸雀色の午篇 15 見えない敵の謎 解2
-カリン-
「ここからは時系列に話そう。」
カリンとイベリスが用意した軽食を皆に勧めた後でパキラは口を開いた。
「エリカ殿が種族間の物品のやり取りに課税を考えていることを知ったある人物は、この動きを利用しようと考えた。何故知ることができたかというと商人会の鉱物担当と密接な繋がりがあったからだ。もしかしたら担当から相談を持ち掛けられたのかもしれない。そして、ポハク全体としては得をする話だから受けるのも良いだろうと助言したことも考えられる。」
パキラは敢えてカメリアだとは断定しなかった。
「その人物はそれなりに頭が切れるので、その時点で何もしなくても石を扱う商人と食料品を扱う商人たちの間に軋轢が生まれるだろうことは予測していたに違いない。そしてそれを少々助長してやろうと考えた。勿論、ポハクの統治に罅を入れるためだ。」
その人物はイベリスの行動範囲にも詳しかった。そしてイベリスが贔屓にしている店は今や人気店で、出入りしている商人は沢山居る。だから、得をした商人たちが自慢話をしたくなるような何かを仕込んだのだ。もしかしたら被害を被った商人たちの側にも、悪いのは見て見ぬ振りをしているパキラであるという入れ知恵をしさえしたかもしれない。仕込は、実際に騒ぎを起こした商人たちよりもずっと多くの人々に対して行われたと考えられる。
しかも、それすら手下の者にやらせて、決して自らは彼らとは接しなかった筈だ。
そもそも噂というものはいつの間にか出元が分からなくなっているものだ。「誰かがそう言っていた」そんな不確かな情報が妙な信頼を帯びて伝わってゆく。
商人同士の喧嘩が起こったということはその人物の耳にも入っただろう。そしてそのような争いが頻発していることを、再び噂に乗せて事実以上に広げる。勿論、それなのにパキラは未だ何の手も打たないという情報も付加して。
その類の噂が広がるのにそれ程時間はかからない。
パキラが「王族が動くまでの間もポハクの出血は続く」と言っていたのは、金銭的損害だけではなかったのだろう。すぐに動かねば、ポハクの治安が内側から崩れていくことになりかねなかった。
「イベリスの行動に詳しい奴で、それを利用しようとしているという想像はついた故、今回の作戦を仕掛ける際にはイベリスの行動範囲を見張らせた。そのうちのひとつが当たったという訳だ。申し訳ないがすぐには救出せず、黒幕の所へ行くまで泳がせるよう指示しておいた。おかげでそこの娘には怖い思いをさせることになった。…しかし、やはりそれでも尻尾は出さなかったな。さて、どうしたものか。」
一通り話し終えたパキラは椅子のひじ掛けに頬杖をつき、長く息を吐き出す。
「最初からエリカ殿とカメリアがグルって事は無いんですか?」
「お前は考えることに品が無い。」
パキラの台詞にネメシアが思わず吹き出し、慌てて口を押える。パキラはそれを愉快そうに眺めてからイベリスの方を向いた。
「可能性は無きにしも非ずだが、俺は無いと思う。カメリアであろうが誰であろうが他の種族の者と結託して俺を失脚させようと試みたと知れたら、エリカ殿の評判は地に落ちるだろう。そんな危険を冒すとは思えない。ポハク族と結託しなくてもエリカ殿なら幾らでも他の手を考えるだろうしな。それに…。」
エリカ殿は手掛かりをくれた、と言って皮肉な笑いを浮かべながら天井を見やる。
「手掛かり?」
「レン殿は一緒に話を聞いたからご存知だが、今回エリカ殿はやたらと俺の家族の話をしたがった。最初は嫌がらせかと思ったのだが、よくよく考えるとどうやらそうではないらしい。あれは、お前の家族が関わっているぞ、と俺に教えてくれていたのだ。」
皆の視線が何故かレンに集まり、視線のやり場に困ったらしいレンはパキラとイベリスの顔を交互に見た。
「確かに…ご家族の話題はよく出されていました。特に、三人の娘の話を。」
「俺の家族の話など、長い付き合いの中でこれまでほとんど尋ねられたことは無いのだ。…エリカ殿が認識していたということは、カメリアは一度はエリカ殿に近づいたのだろうな。しかし、おそらく敵わないと悟ったのだろう。そこは賢い。まあ兎に角、だから二人が結託しているということはあり得ない。」
「…よく、分かりました。」
持論を否定されてばかりのイベリスは一瞬項垂れたが、すぐに気を取り直したように質問を重ねた。
「でも、カメリアが黒幕であることはほぼ間違いないのですね。」
「俺もそう踏んでいるが、しかし、証拠は何も無い。証拠は、残していないだろう。」
「エリカ殿に訊けば…。」
「証拠が残っているならばエリカ殿は最初から俺に知らせてくれただろう。具体的な証拠が残らない会話しかしていないのだ。エリカ殿とカメリアの会話も、相当な化かし合いだったのだろうな。」
パキラは本当に可笑しそうに笑う。
「カメリアがヨシュア殿の家を訪ねたのは何故ですか?」
「そこでは敢えて自らの身を晒している。自分は現在アグィーラで何かしようとしていて、他の所で起こったことには無関係だ、と主張したかったのだろうな。多少はカリン殿への嫌がらせの気持ちもあったかもしれぬ。だがそれはあくまでもついでだ。」
「だからわざわざ名前を残したのか。何て狡猾なんだ。」
「カメリアはお前の対極に居るな。」
パキラは再びくつくつと笑う。
「父上、笑っている場合ではありません。」
「参ったな。あれは一番俺の血を濃く引いているのかもしれぬ。」
「そんなこと…。」
「先日の謀反、あれもおそらくサフィニアを焚きつけたのはカメリアだ。」
「え?」
「サフィニアにはあれだけの企みを秘密裏に進められるような頭はない。サフィニアの血を一番濃く引いているのはカンナだ。分かるだろう?」
「それは…何となく…ああそういえば…。」
イベリスは何か思い当たったらしく眉を顰めて黙った。
「どうした?」
「俺が、父上に反発していた頃…カメリアが俺に近づいて来たことがありました。」
「ああ…なるほど。」
「表向きは親身に話を聞いてくれた。」
「そして俺の面白くない話を吹き込まれたわけか。」
まさか、以前のイベリスとパキラの不仲にまでカメリアが関わっていたとはカリンも考えていなかった。
「…途中からなんか嫌なものを感じて、俺の方からから離れたんです。いや、でも俺があの頃父上に対して不満に感じていたことの大半は…もしかしたら…。」
「今それを考えても仕方がない。それに、俺がお前とシュンランに対して非人道的な対応をしたことに間違いはない。お前がカメリアの話を信じたのは当然だろう。」
「……。」
「おい、聞いているのか?今それを考えても仕方がない。考えるべきは、どうやったら黒幕を引きずり出せるか、ということだ。」
「……。」
イベリスは今度は本当に項垂れて黙ってしまった。パキラは諦めたように短く溜息を吐くと、カリンの方を向いた。
「証拠は何処にも残していないだろうな。」
「少なくとも、今のわたくしはカメリアさんを黒幕だと断定する術を持ちません。証拠を残す危険を冒すよりは、必ず成功しなくとも良いから種を蒔いておくという方法であるように思います。」
「俺もそう思う。」
「あの、ひとつだけ分からないことがあります。」
「何だ?」
「パキラ様は、カメリアさんは一連の企みを、個人的な恨みではなく商売の為にやっていると仰いました。しかし、商売というものは平穏な世の中の方がやり易いのではないでしょうか?」
パキラはにやりと笑って、カリン殿が分からないのも無理はない、と言った。それから、ふと真面目な表情になる。
「…平穏な世の中の方が商売がやり易い。それは確かだ。特に、家族だけで動いているような小規模な商人たちはそうだろう。しかし、実は平穏な世というのは新たな需要を生まぬのだ。人間は生活が安定して日々の生活が満たされればそれなりに満足する。一度生活が整ってしまえば日々の生活に必要な品だけしか買わなくなるだろう?」
「それは…仰るとおりかもしれません。」
嫌な、気配を感じた。
「販路を拡大し続けたい者にとっては平穏は敵なのだ。新たな需要を生む為には動きが必要だ。極端なことを言うと、一番簡単なのは破壊。…物が壊れれば新たな物を買わなければならない。今より魔物が多かった頃は家が壊されれば新たな家を建て、家具も揃え直さねばならなかった。その為の国の保証があるのはカリン殿もご存じな筈だ。」
今は魔物が少ない。…だから代わりに…安定した生活を…人間が破壊することによって需要を喚起しようというのだろうか。
争いは…新たな需要を生む。
すっと自分の顔から血の気が引くのが分かった。
「続けて…ください。」
聞きたくはないが聞かなければならないと思った。
パキラは少し躊躇った後で続ける。幼子に噛んで含めるような口調だった。
「需要を生む感情は他にも色々ある。憧れや嫉妬などもそうだ。案外自分の中だけで生まれる欲望というものは少ない。大抵は他者との比較の中で生まれる。だからある意味種族間の交流が活発になるのは商人たちにとって契機だ。あの種族のあの商品が欲しい、あのような生活がしてみたい…という願望を生みやすくなるからな。」
「それは解るような気が致します。」
「商人たちは自らの商品を売る為に宣伝をするだろう?」
「はい。」
「商売をするのに一番肝要なのは情報だ。新たな商品の情報、客側の需要の情報、それを如何に仕入れて如何に伝えるか…。そしてな、情報は故意に操作することができるのだ。」
「…商売に長けている者は…情報操作にも長けている…。」
「そういうことだ。そういう者が悪意を持つと質が悪い。例えば、また魔物の例を出すとだな、今は魔物が少ないから武器の売り上げが悪い。それが、例えば何処其処で魔物を見たという噂がちらほら囁かれるようになれば、皆再び備えようと思うだろう?いちいちその情報の出元を確かめる者は少ない。」
「はい。」
「今回のことも…例えばこの先、国が種族間のやり取りに重い税を課すらしいという噂を流したとすると、それが成立する前に買い溜めできるものがあればしようとする輩が多くなるだろう。一時的な需要喚起にはもってこいだな?」
「よく…解りました。」
「カリン殿のことだ。俺が今話した以上に色々想像して不快になったことと思うが、まあ、このように、何でも商売の種になるのだということだ。そして、今の所、法を犯さない限りそれを取り締まる術もない。」
パキラはカリンを慮って敢えて言わなかったが、本当はもっと殺伐とした話なのだ。ポハクの中で、あるいはワイとポハクの間で何らかの軋轢が生まれれば、相手よりも勝ろうとして需要が生まれる。相手よりも少しでも良い物を手に入れよう。相手よりも上の暮らしがしたい…。
アルカンの森で考えたことが蘇る。
万が一種族同士が、人間同士が、武力で争うようなことになれば…魔物が居なくても…武器が売れる。これは全く新規の需要だ。
いや、新しくはないのか。
六百年前、王族はマカニ族を武力で迫害した。
アグィーラ人とマカニ族は争うことになった。
多くの鳥が殺され、記録は残ってはいないがおそらく人も…。
マカニ族が少数民族なのは昔からだろうか。それとも…。
闇の欠片が…。
少しずつ大きくなって…。
人は…。
… … … …。
「落ち込んでる場合?」
レンの呆れたような声ではっと我に返る。
レンはその言葉をカリンに向けたわけではなく、イベリス声を掛けたらしかった。
どくどくと胸が波打っている。
背中を、冷たい汗が流れた。
パキラの視線を感じたがそちらを見ることができない。レンだけを見るように意識を集中させた。
「あのさ、君がパキラ様に敵わないことくらい、最初から分ってたんじゃないの?同じ方向でやろうと思ってるのがそもそも間違いだと思うけど。」
「そういうんじゃ、ないよ。」
「じゃあ何で落ち込んでるのさ。自分の考えが至らなかったからだろう?」
「それは…。」
「君の取柄は何だっけ。」
「……。」
「採掘はこの際置いといてさ。…それも分からなくなってしまった?」
「……。」
「敢えてパキラ様の前で言うよ?パキラ様の役に立ちたいんだろう?だったらパキラ様の後を追いかけていても駄目なんだよ。自分の得意なところを伸ばしなよ。」
「…得意な…ところ?」
パキラの笑い声が聞こえる。
カリンはまだパキラの顔を見ることができない。
「それはそれで長い話になりそうだ。そちらはレン殿に任せた。もういい時間だからとりあえずこの者たちは戦士たちに送って行かせるぞ。イベリスお前、改めて謝罪に訪れろよ。俺の分までな。」
「…はい。」
イベリスはかろうじて返事をし、ヒソップたちの方を見た。ヒソップたちはどうすれば良いか分からないようで、すがるような表情でイベリスを見返す。
「ほら、君の出番だ。」
レンが肩を叩くと、イベリスは何かを振り払うようにふるふると頭を振ると、やや硬さの残る表情で笑った。
「親父さん、おばさん、ネメシアも、遅くまでごめんな。明日仕事だろう?俺が送ってく訳には行かないけど、きちんと送ってもらうから安心してほしい。何なら、暫く見張りをつけてもらおうか?」
「ああ…いや、大丈夫だ。有難う。」
「門まで送るよ。できれば明日、店に行くから。」
ヒソップ一家を伴って部屋を出てゆくイベリスを見送ると、レンは、やれやれ、とわざとらしく溜息を吐く。
「俺は先に自室へ戻る。此処でイベリスを待っていてやってくれるか?」
「畏まりました。」
レンの返事を聞いたパキラはそれ以上何も言わずに部屋を出て行った。
結局カリンたちも、イベリスが戻ってきた後で言葉少なに解散した。
未だ話し合うべき問題はあったようにも思うが、それよりも、それぞれがそれぞれの思いを消化する必要があったのだろう。
カリンは、相変わらず寝つきの良いレンの隣でそっとレンの手を握り、再び闇に捕らわれないように最大限の注意を払いながら、ひたすら今回の問題の収束方法を考え続けたのだった。
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