物語の欠片 金糸雀色の午篇 6
-レン-
夕飯ぎりぎりの時間にポハクのパキラの館へ戻ると、使用人ではなくイベリスが迎えてくれた。どうやら待ち詫びていたらしい。
急かされるように食堂へ行くとパキラがひとりで先に席についており、そう急かすものではないとイベリスを諫める。
「とりあえず乾杯するか」
ちっとも悪びれないイベリスが四人分のグラスを満たし、レンもアグィーラから飛んで来たばかりで喉が渇いていたので、素直にグラスを掲げて乾杯をした。
「お前たちは戻ったばかりで疲れているだろうから、ひとまずゆっくり飲み食いしながら俺の話を先に聞いてくれ」
一応気を遣ってくれたらしいイベリスの話してくれたところによると、イベリスは今日、いつもの貴石類の納品の為に商人会へ行った際に、世間話のように物価の値上がりを話題に出してみたのだという。
「俺の付き合いがあるのは主に石担当の奴なんだが、ポハクの商人会や商人ってやつは横の繋がりも凄くてな、きちんと状況を把握していた」
イベリスの聞いてきた話は、レンたちがアグィーラで聞いてきた話とほとんど同じだった。
ワイの方から「交易税」のようなものを導入したいと話があった。一方的な話ではなく、ワイがポハクから石を輸入する際にも税を払う。取引としては正当だ。だからポハクの商人会もその話を受けた。
ただポハクの内部としては、石を扱う商人は良いが、ワイから仕入れをする商人が損をすることになる。その辺りの統制が商人会の中でうまくいっていないらしい。
ワイは「税」と言ってきたが商人会は「税」とは解釈しておらず、ただの価格の変動として捉えている。その上で、ポハク商人会全体が損をしないならばそれでいいという考え方だ。
商人会は所属する商人から儲けに対して歩合制で中間手数料を取っているので商人会としての儲けは殆ど変わらないのだ。
「ポハクの市場は基本的に自由市場なのだ。上手くやった者が儲けを得る。ただし、不正を働けば市場から追放される。商人会の役目は主にポハクで商売をしていいという権利の管理と、不正な商売がされていないかの監視、そしてポハクから外へ出す方の価格の管理だ。仕入れてくる方は各商人が安く仕入れてくればそれでよし、仕入れ値が高くて売れないなら商人の努力不足というわけだ」
補足してくれたパキラに対してカリンが質問を挟む。
「それは例えば、ポハクで産出できるものであっても、外から安く仕入れて来られるならばその方が良い、ということでしょうか」
「そうなるな。商人の手間賃を考慮した上で他でもっと安価で手に入るならば、対外競争力は無いと言っていいだろう。ポハクとして力を入れるべき産業ではない。そういうものはいずれ廃れる」
しかし……と言いながらパキラは杯を干す。
「税となったら少し話は違うな。それは自由価格競争の範疇ではない。商人だけに責任を押し付けるのは不当だろう。……という訳で俺は明日商人会に出張ることにした」
「どうされるおつもりですか?」
「その前にアグィーラの話を聞こう。それで今日の所は行動を起こさず、そなたらを待っていたのだ」
パキラは愉快そうな表情でカリンの顔を見た。カリンはそれ程新しい情報はないと前置きしてから、主に王室の対応に焦点を当てて話をした。口元にうっすら笑みを浮かべたまま愉快そうな表情を崩さないパキラと、表情がくるくる変わるイベリスの対比が面白い。更にイベリスは時々レンに対して目で何かを訴えてくる。
「……成程。エリカ殿の思惑か。それは……素直には話さないだろうな」
「わたくしもそう思います。でもそれ以外に方法がありません」
「お二人は知っていただろうか。族長になったのは現在の四人の中で俺が最も早いのだ。次がエリカ殿。つまり、俺だけが先代のワイの族長を知っている。すぐにエリカ殿と交代されたから、たった一年しかご一緒しなかったがな」
「パキラ様に次いで二番目だと言うのは、以前エリカ様に伺ったように思います」
「俺が最初でエンジュが最後なのは化身も族長も同じだ」
「そうでしたか」
「先代も雨乞いの女出身だったが、性質はエリカ殿とは随分違った……というか、エリカ殿がワイの中で特殊なのだろうな」
レンはワイの町の穏やかな人々の顔を思い浮かべる。確かにワイ族は全体的に穏やかで争いを好まず、自然と芸術を愛する民族であるように思う。だから町としての武力すら持たずにここまで来たのだ。
「エリカ様も化身の候補になってアグィーラへいらっしゃるまで、ワイの慣習が当たり前だと思っていらっしゃったそうです。初めてワイの外に出て驚いたと」
カリンの言葉にパキラは頷く。
「それはそうなのだろうな。しかしそこでワイの方を変えようと思うのがエリカ殿の凄い所だ。ワイの先代は穏やかで、何でもよく他の族長に相談する方だった。まあ、うちの先代初め、先代は他が猛者揃いだったのもあるがな。……エリカ殿は他に相談せず自ら切り拓くことを選ばれた。他の族長たちにぶら下がっているように見えたワイを変えたかったのだろうな」
レンはカリンから聞いてエリカの上皇への想いを知っている。単に上皇の気が引きたいだけなのかもしれないと穿った見方をしたくなるが、おそらくそれは違うのだろう。パキラの言うようにワイを変えたかったのかもしれない。しかしワイ族は基本的に穏やかだ。だから、外から人を入れてでも野心のある人物を次の族長に据えようとしている。折角自分の創りあげた文化を今後も継承する為に。
「俺などは、町は民が育てればいいと思っている。俺がやるべきはその為に必要な仕組み作りだけだ。しかし今回は俺が出て行くべきだろうな。最も簡単な方法は税の部分を俺が引き取ることなんだが、石に対する旨味も逃げるから商人会も素直には渡さないだろう」
「実際の税率がどのくらいなのか、輸出部分で幾ら利益が出て、輸入部分でどのくらい損益が出るのか、その辺りを見極めてからお話しされるつもりなのですね」
「さすがカリン殿だ。その通り。だからアグィーラの出方は知っておきたかった。今後税率を整えるつもりでいるならこちらに利が有る。国が出てくれば商人会も少しは大人しくなるだろう。助かった。アグィーラまで往復してくださり、礼を言う」
パキラはレンとカリンに向かって丁寧に頭を下げた。
「イベリスも、お手柄だったじゃないか。僕たちは、どうしてやり手のポハクの商人が黙ってワイの言いなりになってるんだろうって思っていたんだ」
パキラが食事を終えて席を外した後も、三人の宴は続く。
三人の時は殆ど話すのはレンとイベリスだ。カリンは二人が話しているのを聞くのが好きなのだと言ってにこにこと話を聞いている。
「世間話は得意だからな」
「パキラ様も褒めて下さったんじゃない?」
「へへ……まあな。父上が出向くとどうしてもみんな構えてしまう。その点俺はへらへらしてるから誰も構えやしない。……とはいえ最近は警戒する輩も増えて来たよ」
「へえ、またどうして? イベリスとパキラ様の関係が良くなったから?」
「いや、多分父上が継母を切ったからじゃないか? 外から見ると俺が族長を継ぐ気になってると映るんじゃないかな」
「ああ、なるほど」
「あの謀反の後、実は此処を出ることも考えたんだ。俺が此処に居座るとあまり良くないかなと思って」
「それは考え過ぎじゃない? 息子ということを差し引いたって族長補佐なんだし、この館に住んでいてもおかしくないと思うけど」
「族長補佐といっても月の半分程度で、採掘工が主だろう? 此処に住まなくたって大した不便はない」
「それ、パキラ様には話したの? ……いや、考え直したってことはきっとパキラ様に何か言われたんだね?」
「飽きたらいつでも出て行っていいと言われた」
思い出したようにイベリスはくつくつと笑う。
「飽きたわけではなくて、俺が此処に居ることで民が父上に向ける目が厳しくなるんじゃないかと考えてのことだと言ったら、浅はかだと一蹴された」
「浅はか?」
「俺が此処を出て、一見父上との仲が良くないように見えたとしたら、とたんに俺の代わりに父上の気を引こうとする輩が押し寄せるだろうってさ」
「ああ、確かに。今は息子であるイベリスが此処に居るから、余程自分に自信のある人でないと近づいて来ないわけか」
「そういうことらしい。だから、それが理由なら止めておけと」
「パキラ様らしいね。それでイベリスは納得したわけだ」
「そう。……ただ、その代わり、俺はもうひとつ自分に条件を課した」
「条件?」
「父上の息子だからという間接な理由だけでなく、きちんと俺の行動で父上の役に立ちたい。その為にできるだけのことはするってことだ」
「いい心掛けだね」
「そうだろう? ……だからまあ、稀に褒めてもらえると嬉しいんだ」
イベリスは本当に嬉しそうに、太陽のような笑顔で笑った。
なんだかんだ言ってもイベリスとパキラは似た者親子だとレンは思う。表現は素直ではないが相手への気遣いが深い。そして、それ故に誰かと必要以上に深い関係を築こうとしない。
パキラは自分の世界を自分ひとりで完結させてしまうのに対して、イベリスは大勢と関りを持ちながらも、その皆に等しく明るく接することによって決して本当の自分を悟らせない。どちらも相手を自分の内側に入れないことに関しては全く同じだ。
「……なんだよ、人の顔をじっと見て。酔っぱらったのか?」
「いや、イベリスの笑った顔とパキラ様の笑った顔は似てるなと思って。特に目の辺り。やっぱり血の繋がった親子だね」
ふうん、そんなものかとイベリスはまんざらでもない表情で首を傾げた。
ふとイベリスの三人の姉の顔が浮かぶ。血が繋がっていると言えばあの三人だってそうなのだ。見た目がイベリスに一番似ている…つまりパキラの要素が強いのはカメリアだろうか。後の二人は母親であるサフィニアによく似ていた。
血の繋がりとは不思議なものだと、血の繋がった家族を知らないレンは思う。自分は父親似なのだろうか、母親似なのだろうか。きっとそのことを知ることは生涯無いだろうと思いながら、レンは手元にあったグラスの葡萄酒を一気に喉に流し込んだ。
