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物語の欠片 象牙色の城郭篇 14

-レン-

 大吊り橋の建設は、ゆっくりとではあったが着実に進んでいた。二本目の主綱が架けられ、そこから橋桁を支えるための綱が一定の間隔で垂直に繋がれる。明日はいよいよ橋桁が渡される予定だ。二日後にカリンを迎えに行く前までに、そこまでの作業を終えてから行きたかった。
 「今のところ順調だな。」
 話しかけてきたシヴァに、レンは頷く。
 「うん。明日はいよいよ橋桁だ。全員集めた方がいいよね。」
 「そのつもりだ。」
 「天気が良いといいけど。」
 レンは大きく伸びをして空を眺める。今の所天気が悪くなりそうな気配はないが、何といっても山の天気は変わりやすいのだ。
 気持ちの良い初夏の青空を何かが一直線に横切る。
 「あ。」
 「どうした?」
 「あの隼だ。」
 隼の違いなど分らないはずであるのに、レンはなぜかそう確信した。
 族長からの技術の継承も粛々と続いていた。指笛の他にも鳥の生態や大まかな種別ごとの特性など、意外と学ぶことは多い。しかしレンにとっては、それらのすべてが新鮮で楽しかった。隼はやはり、速さに憧れる。そして、その速さの中で獲物を仕留める正確性。多くの鷲や鷹が鉤爪を武器にしているのに対し、隼はそのくちばしで獲物を仕留めるのだということも印象的だった。
 「お前の相棒はあの隼になるのかもな。」
 「どうかな。僕の一方的な興味じゃどうしようもないからね。まだ片思いだよ。シヴァさんは?めぼしい鳥は見つかった?」
 「いや、まったく。…しかし鳥はよく目につくようになったよ。身の回りにこんなに沢山の鳥が居たんだな。そして、学ぶにつれてスグリの凄さがよく分かった。」
 「スグリさん?」
 「知ってるか?あいつ、元々割と鳥と仲がいいんだ。」
 「ヤナギだけじゃなくて?」
 「カタクリさんの工房で飼っている鷲とも仲がいいし、時々その辺の野鳥とも一緒に飛んでる。」
 「へぇ。知らなかった。…あ、そういえば昨日スグリさんと話したよ。スグリさんってポプラさんの従兄だったんだね。昔から工房に通っていたからあそこの鷲と仲がいいのかもしれない。」
 「ああ、聞いたか。」
 何故かシヴァの表情が少し曇ったように感じた。
 「あのさ、シヴァさん。スグリさんってシヴァさんには本心話すの?スグリさんがシヴァさんの影で、シヴァさんのことをよく理解しているのは分かるんだけど、シヴァさんから見てスグリさんってどうなのかなと思って。僕は相変わらずはぐらかされてばかりなんだ。」
 「どうかな。でも少なくとも俺は、スグリは本心を見せてくれていると信じている。」
 「シヴァさんが信じているなら、きっとそうなんだね。」
 スグリは、シヴァの期待を裏切るようなことはしないような気がした。
 「スグリはお前のことも認めてると思うよ。」
 「そうかなあ。揶揄からかわれてばかりだし、僕は未だにスグリさんの中では子供みたいだ。」
 「分からないか?スグリは自分の近づきたくない人間には近づかない。」
 「ああ…。」
 それは、そうなのかもしれない。
 「俺は未だに、任務以外であいつが他の戦士たちと一緒に居る姿を見たことが無いんだ。お前以外はな。…まあ、これからもスグリのことをよろしく頼む。」
 「揶揄われ役でいいならいつでも引き受けるよ。」
 「それでいい。」
 スグリはシヴァのことを、マカニで一番面倒なやつかもしれないと言った。レンは、そうやってでもスグリをマカニの一員として繋ぎ留めたシヴァの気持ちを思った。当時はまだシヴァは、戦士のリーダーですらなかった。訓練場に通い始めてからも、変に目立たないよう適当に訓練の手を抜いていたというスグリ。自分ならばきっとスグリのその様子に気がついても、やりたいようにさせていただろう。そうしたら今頃スグリは、こんな風に人と関わって生きていなかったのかも知れない。シヴァはやはり貴重な存在なのだとレンは思う。自分に無いものを沢山持っているシヴァ。ずっと憧れるだけの存在だったが、少しでも力になれるならばなりたいと思う。
 「おーい。大変だ!」
 声のした方を見上げると、見張りに立っていたはずのコキオが、厳しい表情で声を張り上げながら近づいてきていた。その表情を見てシヴァの顔も厳しくなる。
 「どうした。」
 「シヴァさん。アルカンの森が燃えてる。」
 「何だって?」
 「巡回していたら、双子の峰の間から黒煙が見えて…。」
 「分かった。コキオ、お前は持ち場に戻れ。レン、族長の所へ行くぞ。戦士たちは皆、訓練場で待機。おそらく消火活動へ向かうことになるだろう。訓練中の戦士たちにも状況を伝えておいてくれ。」
 その場に居た戦士たちは、次々と訓練場へ飛び立っていった。後に不安そうな土木師たちが残る。シヴァはレンギョウに、明日の動きについては後程連絡すると告げ、レンを族長の家へと促した。
 アルカンの森が燃えている。それは少なくともレンが戦士になってからは初めての事態だった。アルカンの森はアグィーラの領地だが、マカニのあるエルビエント地方と、アルカン湖を挟んで接している。風向きによってはエルビエントも被害を被る可能性があるだろう。しかしそれ以上に、カリンの存在が皆の緊迫感を高めていたと思う。
 カリンにとってアルカンの森は、他には無い大切な場所だ。

 「レン、お前は真っ直ぐアグィーラのカリンの元へ向かえ。」
 シヴァの報告を聞くと族長は即座にそう言った。シヴァも頷く。レンは、族長の言っていることは理解したものの、そのまま受けてしまって良いか分からず、二人の顔を交互に見た。その様子を見てシヴァが補足する。
 「お前の任務は二つ。ひとつは、カリンがこのことを知ったら必ずアルカンの森へ行くというだろう。無茶しかねないカリンの付き添いだ。もうひとつは、消火活動の手伝いとはいえ、マカニ族が勝手にアグィーラの領地内で動き回るわけにはいかない。事前に王へ協力を申し出る旨、伝えに行くことだ。」
 「分かった。それなら僕はすぐに出発した方がいいね。その前にシヴァさんたちの動きを想定できる範囲で教えてほしい。」
 「俺はこの後訓練場へ向かい…そうだな、人員は二十五か…三十か。その程度だ。スグリか俺は念のため村に残る。アグィーラが既に気がついて誰かを寄越していればいいが、そうでないなら勝手に動くわけにはいかないからその場で少し様子を見る。万が一火の勢いが強いようだったら消化を優先して、先に始めることにする。いずれにせよ、消火活動は明らかに空からの方が有利だ。」
 「了解。できるだけ急ぐよ。アグィーラへ向かう途中であちらから向かってくる一向に出会ったら、既にマカニ族が向かっている旨伝えておく。」
 「助かる。」
 「じゃあ、僕は行くよ。」
 「気をつけてな。」
 「お互いに。」
 レンとシヴァが話している間に族長がしたためた王への親書を受け取り、急いで族長の家を出る。今日のマカニの風は弱い。アルカンの森の辺りでも風が味方してくれるよう祈りながら、レンは第五飛行台から飛び立った。

 双子の峰を抜けるとアルカン湖の向こう側に確かに黒煙が立ち込めていた。赤い炎はそこからは見えない。まだそんなに火の勢いは強くないのかもしれない。
 レンはいつもの通り、双子の峰の間に吹く風に乗って、アルカン湖を一気に飛び越えた。森の様子をじっくり見たかったが、上空へ来るとさすがに煙が酷くて近づけなかった。下手をすると目や喉がやられる。やむなく高度を高めにとった。
 アグィーラでも既に火の手に気がついていたらしく、途中で馬に乗った大勢の戦士たちとすれ違った。さいわいレンの顔を知っている戦士たちがおり、マカニ族の協力は好意的に受け取られた。
 森の方は彼らとシヴァたちに任せておけば大丈夫そうだ。
 六百年前、時の王がアルカンの森へ火を放った時、アルカンの森の主の結界の中だけは無事だったのだという。
 今回も同じであればいいと思った。
 アルカンの森の主が残れば、カリンは救われるのではないだろうか。それに、時間はかかるかもしれないが、以前燃えたエルアグアの森のように、カリンの力で森は蘇る。
 カリンが蘇らせた森が、以前と全く同じなのかは分からない。おそらく燃えた木が復活するのではなく、新たな命が芽吹くのではないだろうか。だからこそ、アルカンの森の主だけは無事であってほしいと、レンは思った。
 今アルカンの森の主が居る場所に、新しい別の木が生えても、カリンにとっては全く意味が異なるのだ。
 レン自身も、アルカンの森の主には随分世話になっている。
 唯一、レンもカリンと同じように言葉を聞くことのできる不思議な木。直接言葉を交わすことは少なかったが、カリンと森の主が会話する場には何度も居合わせている。その度にレンも、アルカンの森の主の深い深い慈愛の心を感じるのだった。
 どうか無事で。
 直接城の中まで飛んで行きたい気持ちをぐっと抑え、外側の城門の前に着陸する。門番に挨拶をして、内側の城門へ向かって駆けた。
 内側の門を抜けると走るわけにはいかない。呼吸を整えつつ早足で執事室へ向かい、族長からの親書をその場に居た側近に託した。直接レフアの元へ行っている時間は惜しい。その間にもカリンは火事のことを知ってしまうかもしれない。カリンはおそらく考古学室に居るだろう。
 レンは、他に人気の無いことをいいことに、考古学室のある地下までの階段を一気に飛び降りた。


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