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第5話:言葉の誇張を排し、遮光と軽量を両立させる

携帯性を極めた「pentagon79」、引き算の構造で軽さを実現した「VERYKAL(ベリカル)」。これらに続き、私たちが次に向き合ったのが、日傘を巡る課題でした。

手がかりとなったのは、私が前職から遮光生地として開発に取り組んでいた「HEATBLOCK(ヒートブロック)」です。

当時、市場にはすでに遮光傘の先行ブランドがいくつか存在していました。それらは1万円を超えるような高級路線であり、その多くが「完全遮光」という言葉を大々的に訴求していました。

しかし、アンベルではあえて「完全遮光」という表示は使いませんでした。 なぜなら、どれだけ遮光性に優れた生地を使っても、傘として仕立てるために針を使って縫製する以上、そこには必ずミシン目の「針穴」が生まれるからです。針穴がある限り、物理的な意味での「完全」はあり得ない。それがモノ作りを行う者としての事実であり、広告表現としても不適切だと考えたからです。

言葉を誇張するのではなく、実質的な機能で勝負する。それが私たちのスタンスでした。

では、すでに先行ブランドがある中で、アンベルはどこにポジションを取るべきか。 私たちが目をつけたのは、アンベルがお客様から最も期待されている「軽量」という強みとの掛け合わせでした。当時の高級遮光傘はしっかりとした作りの反面、毎日持ち歩くにはやや重いものが多かったのです。「遮光100%」「遮熱機能」というスペックを維持しながら、圧倒的に軽い遮光傘を作れば、そこに新しい価値が生まれると確信しました。

さらに、価格の面でもアプローチを変えました。 当時は国産生地を使うのが主流だった高級遮光傘に対し、私たちは機能を一切妥協しないまま、台湾で生地を手配するルートを確立することで、コストダウンを図りました(※当時は台湾製生地を主軸としましたが、現在は企画や製品特性に応じて、中国製生地や日本製生地なども柔軟に使い分けています)。

こうして、遮光100%の機能性と持ち歩きやすい軽さを両立した、アンベルならではの日傘が形になりました。

ただ、良い道具を作るだけでは、日傘の市場は広がりません。当時はまだ「日傘は女性のもの」という固定観念が根強く残っていた時代です。

そこで私は、老舗傘店「心斎橋みや竹」の宮武様とともに、一般社団法人「日本日傘男子協会」を立ち上げました。プロダクトの提供にとどまらず、男性が日常的に日傘を持つという「文化」そのものを実直に作っていくための挑戦が、ここから始まりました。

(第6話へ続く)

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