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腸は「第2の脳」? ②腸管神経系の発生と燃料

脳を待たずに完成する「独立国家」とその燃料


前回、私たちの腸には「2枚の網タイツ」のような神経ネットワーク(腸神経系)が張り巡らされているということを書きました。


今回は、この網タイツみたいな腸管神経系がいつ、どのようにして作られるのかという「発生のドラマ」と、それを動かすために欠かせない「栄養素や食材」についてお話しします。


脳より先に完成する腸管神経系


私たちはつい、「脳がすべての司令塔であり、腸はその命令に従っているだけ」と思いがちだ。しかし、発生の順番を調べてみると、事実は逆であることがわかる。

受精卵が胚となって最初に作る臓器は「腸」だ。ヒトは受精後2週間で「原腸陥入(げんちょうかんにゅう)」が始まり、単なる細胞の塊だった胚を貫通する消化管になる前の、腸の原型(原腸)が作られる。


さらに受精後3週目になると、「神経堤細胞(しんけいていさいぼう)」という、将来神経になる細胞たちが現れる。彼らは受精後4週目頃から、まだ「脳」という塊ができていない段階で、腸へと大移動を開始する。

その後、咽頭や食道の壁に侵入し、腸管神経前駆細胞となり、腸管神経系の神経細胞や支持細胞の大部分を構築するそうだ。

つまり、腸の神経は、脳という「中央政府」が誕生する前から、5億年前の記憶を頼りに、現場にスタンバイする「先住民」なのだ。

後に完成した脳が、迷走神経という「通信ケーブル」を腸に繋げたときには、すでに腸の自治システムはできあがっているのかもしれない。腸が「第2の脳」ではなく「第1の脳」と呼ばれることがあるのは、この発生学的な先着順位に由来しているのだろう。

脳と腸管神経系のどちらが「第1」なのか? などという議論はさておき、

ワタクシ的には、高等動物で両者が連携し、生命を維持するための絶妙な調節を可能にしている、ということが、とても素敵だなと思っている。


網タイツを動かす:ビタミンB1とコリン


独立国家である腸管神経系は、脳の指令を待たずに自分で判断して動き、常に「通信に必要な物資」を調達しなければならない。

ここで重要になるのが、アセチルコリンという神経伝達物質だ。網タイツの編み目から編み目へと情報を伝えるのは神経細胞(ニューロン)だが、このニューロン同士の会話の「言葉」の役割を果たすのがアセチルコリンだ。

そもそも、アセチルコリンは脳や呼吸筋、自律神経など、生命維持のあらゆる場面で使われる伝達物質だ。 しかし、ここには「残酷な優先順位」が存在する。材料が不足したとき、体は脳や呼吸筋(横隔膜など)を守ることを優先し、末梢の「腸の網タイツ」への配分を後回しにしてしまうのだ。 その結果、腸管神経系は沈黙を余儀なくされ、便秘や張りが引き起こされる。


このアセチルコリンを作るための栄養素は何だろうか?

  • コリン(レシチンなど): アセチルコリンの直接の原料。細胞膜の材料でもあるが、腸を動かすためにも必須の資源である。

  • ビタミンB1: アセチルコリンの材料、アセチルCoAをピルビン酸から作る時の酵素である「ピルビン酸脱水素酵素」の補酵素で、アセチルコリン合成には必須である。

ビタミンB1欠乏になると、真っ先に「便秘」や「お腹の張り」が起こるという。なるほど、古典的に言うと「胃腸脚気」だ。ビタミンB1が足りないからアセチルコリンが作れず、ニューロン同士の会話も、腸管平滑筋へ収縮しろという命令も出来なくなってしまうのだ。


腸管神経系を動かすための「スタミナ」と「準備」


さて、それでは「アセチルコリン」という伝達物質さえあれば、腸は完璧に動くのだろうか?

実は、信号が届いても、実際に筋肉を動かすための「スタミナ」と「準備」が整っていなければ、腸は動けない。

  • 動くためのスタミナ(ATP): 実際に腸の筋肉がギュッと収縮するには、細胞内の発電所(ミトコンドリア)で作られるエネルギー、ATPが必要である。これを作るには、鉄や酸素、ビタミンB群が欠かせない。

  • スムーズに緩む準備(マグネシウム): ギュッと縮んだ筋肉が、次の動きのためにフワッと緩むためには、マグネシウムが必要だ。筋肉を縮めるのが「アクセル」なら、マグネシウムは筋肉の緊張を解くための「解除スイッチ」のような役割を果たしている。これが足りないと、腸は「お腹の中で足がつった状態」のように硬くこわばり、スムーズな波(ぜん動運動)を作れなくなる。


明日の食事に使える「腸の応援団」


では、腸管神経系に元気に働いてもらうための、明日から意識できる、摂りやすい食材を挙げてみる。

  1. 1日1~2個の卵: レシチンは卵黄に多く含まれる。アセチルコリンの材料として、卵は摂りやすい食材だと思う。

  2. 豚肉・ぬか漬け・赤身肉など: ビタミンB1が豊富な豚肉や、B1を数倍に増やした「ぬか漬け」、そして鉄とB群をセットで摂れる牛赤身肉やカツオは、腸のスタミナ源として優秀なのでは?

  3. 海藻・大豆: マグネシウムが豊富な食材。腸の「緩む準備」をサポートしてくれるだろう。

しかし、これらの材料をせっかく摂っても、甘いものやアルコールを摂りすぎると、体はその処理に栄養を使い果たしてしまうので注意が必要だ。

また、消化吸収能力が低下している場合は、無理にたくさん食べようとせず、サプリメントで賢く補うことも一つの方法だろう。

マグネシウムは、消化管に入れすぎると下痢を起こしてしまうので、入浴剤にして皮膚から吸収させるのもお勧めだ。(私の周囲では、マグネシウムのお風呂はとても人気がある。)


現代人が陥る「エネルギーの横取り」


私たちが大きなストレスを感じているとき、体の中では、脳を優先的に働かせるための「非常事態宣言」が出されている。 貴重なコリン、ビタミンB群、マグネシウムといった物資は、パニック状態の「脳」のケアに最優先で注ぎ込まれ、いわば、脳による栄養の独占(横取り)、が起きてしまうのだ。

「ストレスで便秘になる」のは、単に気が張っているからだけではない。脳を守るために、腸という「独立国家」への兵糧攻めが始まっている状態、と言えるのかもしれない。


次回は、このエネルギー不足がさらに深刻化したとき、身体が自らの「筋肉」を削ってでも生き延びようとする驚きのメカニズムについてまとめていこうと思います。

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