政治(既得権)講座ⅴ2500「階級闘争(富裕層)の勝利:緊縮策が富裕層に残した最悪の遺産「搾取」」
国民は「緊縮!、緊縮!」と、これが「最善の道」と刷り込まれ、飼いならされてきた。しかし国民はその呪文に覚醒したのである。
「地獄への道は善意で敷き詰められている(The road to hell is paved with good intentions)」
政治講座ⅴ2485「国家資本主義に進む米国か」|tsukasa_tamura
米国が自由主義から共産主義に変質しつつあるように見えるのである。
石破政権と財務省の推し進める「緊縮財政」を、首相を変えて、新政権を、「積極財政」推進の政権に切り替えなければ、また失われたデフレ経済(緊縮財政)で足踏みするなど、国民の生活の向上が低迷することになる。
今回はそのような報道記事を紹介する。
皇紀2685年8月24日
さいたま市桜区
政治研究者 田村 司
報道記事紹介
バフェットの「上からの階級闘争」勝利発言の真意
クララ・E・マッテイ によるストーリー

緊縮財政は「健全な経済運営」の代名詞のように語られるが、本当にそうだろうか。
なぜ、緊縮策が導入されるたびに、労働者の賃金は低迷し、不平等は拡大するのか。
クララ・E・マッテイ著『緊縮資本主義:経済学者はいかにして緊縮財政を発明し、ファシズムへの道を開いたのか』は、緊縮政策を正当化するために用いられた「純粋経済学」の実相を分析。
100年前、イタリアとイギリスで生まれたこの理論が、いかにして民主主義を骨抜きにし、私たちの社会を階級格差の固定化へと導いたのか、その核心に迫る。同書「はじめに」からの抜粋第3回(第1回はこちら、第2回はこちら)
テクノクラシーと「脱政治」理論
緊縮策が上首尾に進むのは、政策に情報を与え、正当化する一連の経済理論が存在しているためである。
本書は、政策決定においてある種の知的体系が一貫して働きかける事実を検証し、その結果生じるテクノクラシー、すなわち専門家による政府が、現代資本主義を脅威から守る上でいかに中心的な役割を担っているかを明らかにする。
テクノクラシーは、いくつかの観点から政策決定を支配している。
一つは、経済学者が権力者に助言する歴史的な慣習である。
もう一つは、認識論に関するもので、経済学者が自ら提起した論拠も含め形成した経済学の形にある。
これらの理論は、階級利益や党派を超えた立場からのものと見なされている。彼らは、経済学を資本主義における価値中立的な真理と主張し、この世のあるがままの真実であり、政治による手は介在しないと考えている。
20世紀の緊縮策を担ったテクノクラシーは、イギリスの経済学者ラルフ・G・ホートリーに端を発している。
ホートリーは、第一次世界大戦後のイギリスの緊縮指針をなす基本書や覚書を執筆した人物である。彼には、財務省の有力高官であったバジル・ブラケットとオットー・ニーマイヤーが手引きとして存在し、彼らはイギリスの経済・金融政策担当財務大臣と密に通じていた。
一方、ローマでは、イタリア経済学派が緊縮策の手引きを行った。マッフェオ・パンタレオーニは、ファシズム政権下で経済学者グループを率いる大御所として君臨していた。
総帥ベニート・ムッソリーニは、パンタレオーニの弟子であるアルベルト・デ・ステファニに財務大臣として緊縮策を指揮する特権を与えた。イタリアの経済学者たちは、この機を存分に用い、「純粋経済学」による、自然法に等置される経済学派が猛威を振るった。
彼らは、民主的な手続きにいちいち煩わされることなく、経済モデルをほとんどそのまま実地適用する点で、かつてない優位を謳歌した。時には、ムッソリーニの剛腕も相まって、政治的抑圧の鞭さえ手にすることができたのだ。
緊縮策が残した最悪の遺産「搾取」
緊縮策を「政策過誤」、すなわち内需と労働市場に圧迫をもたらす技量上の問題と考える経済学者も一部にいるが、この見方は、緊縮策のインパクトを不当に矮小化している
その繁栄と遺産は、今日に至るまで健在である。結局のところ、緊縮策の脚本に採録された財政、金融、産業の抱き合わせ政策は、労働階級そのものと、当該階級が待ち望む新たな社会経済体制に消えることなき弾痕を残している。
階層的な賃金関係の復活は、大多数にとって労働力を商品として売る以外の方法で暮らしは立ち行かず、それによって、その商品を買ってくれる雇用主が、労働力をどう用いるかに誰も口をはさめないという点で、緊縮策の決定要因をなしている。そうすることで、労働搾取率が上昇し、雇用者利益は急増することになる。
政治経済学では、資本家による搾取概念は、働き手が賃金を上回る労働力を提供する働きを指す。言い換えれば、資本家階級は、利潤として剰余価値を充当するのだ。
搾取率は、国民所得のうち利潤となる部分(利潤分配率)と賃金となる部分(賃金分配率)の比較によって測定できる。
また、労働生産性を実際に支払われた賃金と比較する方法もある。いずれの指標で見ても、イタリアとイギリスでは1920年代を通じて搾取率が高くなっている。
この傾向は、当時の政治事象と照らし合わせると、緊縮策が労働者に及ぼすインパクトの帰結がはっきりと浮かび上がってくる。
1919〜20年の「赤の時代」には搾取は激減し、名目日当は戦前に比べ、イギリスで4倍、イタリアで5倍となっている。
しかし、緊縮策導入を見るや、この傾向は一変した。
世界に広がる不平等と緊縮の遺産
100年後、賃金低迷による搾取、すなわち緊縮策が残した最悪の遺産は、世界的な不平等への圧力として作用し続けている。
アメリカよりはるかに不平等の度合いの少ないイタリアのような国でも、この10年間で最富裕層600万人の富が72%も増加している一方、最貧困層600万人の富は、同期間に63%も目減りしている。
公式統計によれば、2018年にはイタリア人口の8.3%に相当する500万人が絶対貧困に陥っており、2020年にはこの数字は560万人(人口の9.4%)に増加した。
イギリスも芳しい状況ではない。2017〜18年には、子どもの30%(410万人)が相対貧困にあり、そのうち70%が共働き家庭だった。2020年現在、貧困層の子どもの数は430万人に増加している。
経済学者のランス・テイラーとエズレム・エマーは、2020年のアメリカ経済のマクロ分析において、過去40年間、国内生産に占める利潤率が大幅に上昇し、同生産に占める労働率が代わりに低下した事実を示している。
資本家の利潤と労働者の損失の関係は対称であり、一方が他方から収奪する構図が見て取れる。実質賃金は労働生産性に比べて著しい遅れを示しており、搾取の増大も明らかだ。
1920年代と同様、今日もなお緊縮策のもとで勝ち組になるのは富裕なる一握りである。人口の上位1%の富裕層は、既存の富(配当、利子など)のもたらす利潤関連収入でおおむね生計を立てている。残る層として、労働収入もしくは薄給と社会給付にもたれかからざるをえない下位60%は敗北している。
2019年のアメリカ中間層の男性労働者の実質所得は、1973年のそれを下回っている。この年以来、構造的格差はアメリカの労働者から毎年2兆5000億ドルを奪い、それらは一握りの手にそのまま流れ込んでいる。
バフェットの「階級闘争」勝利宣言
世界的な投資家であるウォーレン・バフェットは、2006年にこう述べている。
「階級間闘争が存在している。それは事実だ。だが戦争を仕掛けているのは私の属する階級、すなわち富裕層であり、われわれは今のところそれに勝利している」。
本書は、その勝利がいかに圧倒的であったか、そしてそれが100年前にも繰り返され、いかにして後の常勝への道を開いたものであったかを示していく。
日本の実質賃金が上がらないのはなぜ? ピケティも絶賛の「緊縮資本主義」著者が暴く、経済学者とエリートの「危ない正体」
中野 剛志 : 評論家
2025/07/30 10:30

長らく伸び悩む日本の実質賃金。その根本原因はどこにあるのか? 気鋭の経済史家クララ・E・マッテイ氏が、賃金抑制のカラクリと、そこに深く関わる経済学者やテクノクラートの役割を徹底解明した画期的な新刊『緊縮資本主義:経済学者はいかにして緊縮財政を発明し、ファシズムへの道を開いたのか』が、このほど上梓された。現代の日本にも通じる「緊縮」の知られざる歴史と構造とは。同書に収録された、中野剛志氏による「日本語版解説」の一部を掲載する。
当代きっての研究者たちが絶賛する「知の衝撃」
本書は、気鋭の経済史家クララ・E・マッテイによる革命的な野心作である。

原著の発刊時(2022年)、マッテイは、アメリカのニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチ経済学部の准教授であった。2025年2月からは、タルサ大学経済学部教授に就任し、同大学の異端派経済学研究センター長を務めている。
本書を「革命的」と評したのは、それが研究として斬新であるというだけではなく、資本主義に対する見方を大きく変え、社会変革の導きとなる可能性を秘めているからである。決して誇張ではない。
実際、本書には、トマ・ピケティ、ジェームズ・ガルブレイス、ロバート・スキデルスキー、マーク・ブリス、マリアナ・マッツカート、ヤニス・バルファキスといった当代きっての研究者たちがこぞって賛辞を寄せているのである。
そして、マッテイもまた、いずれ間違いなく「当代きっての研究者たち」の一人に数えられることとなるであろう。
本書には、理論書としての側面と、歴史書としての側面がある。そして、この両面が見事に融合して、驚くべき説得力をもって迫ってくる。
先に理論面から、要点を絞って解説しよう。
本書を貫くのは「緊縮(austerity)」という概念である。一般に「緊縮」とは、財政支出の抑制や増税のことを指すが、マッテイは、「財政緊縮」に加え、「金融緊縮」と「産業緊縮」という概念を提示している。
「金融緊縮」とは、通貨の価値を高めるために金利を引き上げる、いわゆる金融引き締め政策である。
「産業緊縮」とは、国際競争力の強化のために、生産コスト、とりわけ賃金を引き下げる構造政策である。
マッテイは、この「財政緊縮」「金融緊縮」「産業緊縮」が相互補完的かつ三位一体となって、労働者の賃金を抑圧する強力なメカニズムとして作動すると論じた。
賃金抑制と富裕層優遇のメカニズム
具体的には、次の通りとなる。
財政緊縮は、福祉の削減と逆進課税(低所得者からより大きな割合の税を徴収すること)の強化によって、一般市民の可処分所得を減少させ、富裕層・資本家階級の力を強める。
また、総需要が抑制され、輸入が減少するので、通貨の対外的価値は高くなる。こうして、財政緊縮は金融緊縮に貢献する。
金融緊縮は、金利の引き上げによって政府の借り入れコストを増加させるので、政府支出の抑制が必要になる。金融緊縮が財政緊縮への道を拓くのである。
産業緊縮は賃金を抑制するので、消費需要の減少とそれに伴う輸入の減少をもたらし、通貨の対外的価値を切り上げる。産業緊縮が金融緊縮を可能にするのである。
金融緊縮は借り入れコストを増大させるから、デフレ圧力が発生し、失業を増大させ、賃金を抑制するので、産業競争力が強化される。金融緊縮が産業緊縮を促進するというわけである。
産業緊縮は労働者の政治力を弱め、福祉の削減や逆進課税といった財政緊縮に抵抗できなくする。
財政緊縮は、公的機関や公共事業の雇用を削減し、労働予備軍(要するに失業者)を増やすので、労働組合は交渉力を失い、賃金抑制など産業緊縮がより容易になる。
この巧妙な「財政緊縮」「金融緊縮」「産業緊縮」の三位一体の構造は、いかにして可能となるのか。それは「脱政治化」によってである。
「脱政治化」こそ、本書を貫く中心命題である。
マッテイによれば、「脱政治化」は、
①国家が経済に介入しないことであり、端的に言えば、労働者を市場原理の支配下に置くこと
②「『自立的な』経済体制の確立とその保守によって、民主監視による経済的決定から逃れること」
③「経済理論を『客観的』かつ『中立的』なもの」とすること、要するに、階級対立のような政治的な要素を変数から除外した経済モデルを構築すること
の3つの意味を含んでいる。
この順番を逆にして言い換えれば、③客観的で中立的な科学としての経済理論を根拠に、②民主的過程から独立して経済政策を決定する体制を確立することで、①国家を無力化し、労働者を保護することができなくなるようにするということである。
この「脱政治化」において特に重要な役割を果たすのは、経済学者とテクノクラートである。
経済学者は経済理論を提供する。そして、テクノクラートはその経済理論を信奉し、民主的過程から独立した体制において政策を決定する。緊縮には、経済学者とテクノクラートの結託が不可欠なのである。
20世紀資本主義史を「緊縮」で読み解く
以上のような理論をもとに、マッテイは、史料の緻密な検証を重ねつつ、20世紀以降の資本主義の歴史を「緊縮」を軸として新たに書き換えていく。物語の舞台となるのは、当時ヨーロッパ随一の資本主義先進国であったイギリスと、マッテイの祖国イタリアである。
第1次世界大戦は、国家が経済を統制し、資本や労働力を動員する総力戦であったが、これが意外な副産物を生じさせた。経済システムは国家の介入によって改造できるのであり、資本主義は逆らえない自然の摂理ではないということが知れ渡ったのである。
このため、戦後、資本家階級の支配や市場原理に抗する社会主義運動や協同組合活動が活発化した。市場が労働者を支配する資本主義に代わる新たな経済システムの胎動が始まった。
それを叩き潰したのが、1920年代の財政・金融・産業の緊縮である。たとえば、イギリスでは、1920年から、金融引き締め、逆進課税、民営化、労働者の直接行動の規制等により、1922年までに名目賃金は3分の1にまで低下した。
この緊縮の三位一体において最も重要な役割を果たしたのが、戦後、強大な権限を有するようになった財務省の一部の官僚たち、特にバジル・ブラケットとオットー・ニーマイヤーであった。
ブラケットとニーマイヤーは、名門オックスフォード大学を卒業し、高等文官試験で首席をとって財務省に入省するという秀才中の秀才であった。
この2人は、財務大臣に対して大きな影響力をもったが、官僚なので次の選挙での当選を気にする必要はないし、衆目に触れることもなく、緊縮改革のために暗躍することができた。
しかし、公共支出の削減や増税、あるいは高金利政策といった緊縮策は、大多数の国民に犠牲を強いるものであるから、それを正当化する経済理論を必要とする。
それを提供したのが、経済学者ラルフ・G・ホートリーであった。ホートリーの主著『貨幣と信用』は、1920年代の国内外の一流大学における経済学の教科書であった。
マッテイが詳細に描いた1920年代の「イギリス緊縮物語」から、読者は、イギリスにおいて、自由主義的な理論を標榜する経済学者が、テクノクラートと手を携えて、民主政治を無力化していたことを知るであろう。
ファシズムに加担した経済学者たち
同じ頃、イタリアでは、もっと恐るべき事態となっていた。自由主義的な経済学者たちは、その緊縮の理想を実現するため、ベニート・ムッソリーニのファシスト政権に与したのである。
自由主義とファシズムの結託というのは、一見すると、矛盾のように映るかもしれない。しかし、自由主義的な経済学者たちが推奨する緊縮は、その犠牲となる大多数の国民の抵抗を招く。その抵抗を撥ねのけるのに必要なのは、独裁的な権力である。それがイタリアではファシストであり、イギリスでは財務省であったということである。
イタリアの緊縮において重要な役割を果たした経済学者として、マッテイは四人を名指しした。アルベルト・デ・ステファニ、マフェオ・パンタレオーニ、ウンベルト・リッチ、そしてルイジ・エイナウディである。
エイナウディの名が挙がったのは、意外に感じるかもしれない。というのも、エイナウディはリベラル派としてファシズムには反対していたし、今日に至るまでイタリアで尊敬されてきた人物だからである。
ところが、マッテイは、1920年代にエイナウディが寄稿した多くの論考などの文献から、彼がファシズムの緊縮策を熱烈に支持していたことを暴いたのである。
この緊縮物語は、イギリスとイタリアの2カ国だけでの話ではないし、さらに言えば1920年代だけの話でもない。
本書の読者は、財政・金融・産業の緊縮と脱政治化が今日もなお、続いていることに気が付くだろう。
緊縮財政は「経済学」という名の政治的武器なのか 資本主義を守るための「反民主主義」理論 巧妙なメカニズムで階級対立を飼いならす
クララ・E・マッテイ : タルサ大学経済学部教授、同大学異端派経済学研究センター長
2025/08/14 12:30

現代社会において、「緊縮」と聞くと、多くの人は「財政再建のための仕方ない政策」と考えるだろう。
しかし、本当にそうなのだろうか。
クララ・E・マッテイ『緊縮資本主義:経済学者はいかにして緊縮財政を発明し、ファシズムへの道を開いたのか』では、緊縮が単なる経済管理上の切り札ではなく、特定の階級の利益を守るための政治的武器であると論じている。
第一次世界大戦後の危機的状況で生まれたこの「武器」が、いかにして資本主義体制を守り、私たちの社会に深く浸透していったのか、その歴史をひもとく。
同書「はじめに」からの抜粋第2回(第1回はこちら)
緊縮は「経済管理上の切り札」ではない
前世紀からあまりに世は緊縮にどっぷり漬かってしまったために、ほとんど見破られることもなくなった。予算削減と国民の忍従を伴う限りにおいて、今日で言うところの経済学とそれはほぼ同義だ。
このことが、特に階級の用語として見たとき、緊縮策の歴史に対する批判を識別困難なものとしている。
しかし、緊縮策を経済管理上の切り札として見るのではなく、階級の眼鏡から歴史を考察する限り、それが資本主義社会の根幹をなす何かを秘め続けているのは間違いない。
資本主義が経済成長を実現するため、すなわち人が賃金獲得の目的で労働力を売るためには、資本の社会関係が全体から見て統一性を備えていなければならない。
言い換えれば、経済成長とは、特定の社会政治秩序、もしくは「資本秩序」を前提としていると見なければならないのだ。
緊縮策は、財政、金融、産業からの経済の防護柵と見てよく、社会関係の不可侵性を保証するものとなる。
歳出と賃金に構造制限を課すことで、社会を生きる大多数にとって、「汗水たらして働き、貯蓄する」ことは、その強靭性以上の何かを課す。すなわち、それが生き残る唯一の道だからだ。
資本主義の崩壊に慄いたブルジョアたち
この物語は、最も深刻な資本主義の危機を引き起こした第一次世界大戦をもって始まる。
戦中、戦後、ヨーロッパ諸国に住む大半の人々にとって、好むと好まざるとにかかわらず、資本主義の終焉は、戦争による荒廃と国家経済計画の抜き差しならぬ結果として目の前にあった。
イギリスの労働組合指導者ウィリー・ギャラチャーは「戦前は永遠と思われた産業秩序が、今や世界のあらゆる国で根こそぎ揺らぎつつあった」と語った。
イタリアの名うての自由主義経済学者ルイジ・エイナウディも同様の脅威を抱いており、「資本主義体制と呼ばれるものを地に叩きつけるには、ほんのちょっと腕を動かすだけで十分に思われた。(中略)平等支配は間近に思われた」と発言した。
こうしたブルジョア学者の発言は、労働運動「Ordine Nuovo(オルディーネ・ヌオーヴォ:新秩序)」の大御所パルミーロ・トリアッティの熱とも半ば重なって見える。
トリアッティは、「人は旧秩序に反発し、自らを新たなやり方で位置づけ、共同体を新たな形で編成し、まったく新たな社会の建造物建設を可能にする新たな生活関係を築く必要を感じている」と語った。
この反資本主義への集団的な覚醒は、戦時中に私企業所有者による資本蓄積が途絶した異常な政策によって促進された。
政府は、戦時生産の膨大な規模に対処するため、軍需、鉱山、海運、鉄道といった主要産業を集団化し、労働者を直接雇用してコストと供給を規制した。
この国家介入主義は、連合国の勝利を可能にしただけでなく、賃金関係や生産の民営化が「自然」な状態とはほど遠く、階級意識による政治選択に他ならなかったという事実を白日のもとに晒した。
階級対立を飼いならす「緊縮の三位一体」
戦後、ヨーロッパの労働者は、積極的な動員による新たな経済上の前例に力を得て、より強力かつ過激な声を上げ、投票以外の方法で自己を表現するようになった。
労働組合、政党、ギルド、そして生産管理のための階級制度を通じて集団的な権力を強化した。国民の大部分が政治化したことは、経済問題において世論を無視できなくなった現実を意味していた。
ヨーロッパ全土で類を見ない民主主義の大変動が起こったその瞬間、金融インフレが高まり、ロシア、バイエルン、ハンガリーから革命の嵐が吹き荒れる中、経済学者は自らが考える世界を堅持するために「伝家の宝刀」を抜かなければならなくなった。その冴えわたる武器こそが、緊縮策だった。
この緊縮による巻き返しは、多数派をなきものとした。
政府と専門家は、抑圧的な賃金・雇用政策を通じた直接的な方法に加えて、経済を引き締めて失業率を上昇させる制限的な金融・財政政策を通じた間接的な手法を用い、多数派を資本に服従させる政策に着手した。
すなわち、その対策は、多数派が賃金と引き換えに労働力を売る社会関係を再構築することにあった。
緊縮策は、大多数の労働者から少数の貯蓄者・投資家へと財源をシフトさせ、そうすることで生産のしわ寄せを国民に受け入れさせた。
このことは、資本主義を唯一にして至高のものと奉ずる経済学者らによって、さらに確固たるものとなった。
緊縮策がこれほど効果を上げたのは、率直かつ晦渋な経済学の語彙で包装されていたためである。
アダム・スミス、デヴィッド・リカード、ロバート・マルサスの時代から、経済学者によって重宝された「勤勉」や「倹約」といった漠然とした用語は、個人の美徳や行き届いた政策の素材として育て上げられてきた。
しかし、20世紀の緊縮策は、初めて投票権を獲得した市民の政治参加と経済民主主義への要求が突き上げられる中、国家主導のテクノクラート計画として実用に供されている点で、それ以前の道徳運動とはまったく異なるものだった。
緊縮策は、ボトムアップの社会変革の脅威に立ち向かう反民主主義的な反動としてその本質が理解されなければならない。
「企業締め上げ、幹部粛清」…トランプ、習近平そっくりの手法で「自由市場原則」揺るがす!
望月博樹 によるストーリー

米国のドナルド・トランプ大統領が個別企業の意思決定に介入したり、企業利益の一部を「搾取」し、さらには株式の掌握まで試みたりする事例が増加している。
これにより、米国の経済体制が中国に類似した国家資本主義へと移行しているとの分析が出ている。
国家資本主義とは、国家が民間企業の経済活動を代わりに決定し、生産手段を国有化しようとする経済体制を指す。
ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)やフォーチュンなどの米主要経済紙は、伝統的に自由市場主義を信奉してきた共和党が、トランプ大統領の下でマルクス主義や中国の毛沢東主義へと変貌しつつあると指摘している。
中国の習近平国家主席がアリババの創業者である馬雲氏を追放したように、トランプ大統領は最近、インテルのリップブー・タンCEOを執拗に攻撃し、辞任を迫っている。
その理由は、タンCEOが中国共産党と人民解放軍に広範に関与しているとされるためだ。
しかし、イェール大学のジェフリー・ソネンフェルド教授とCEO経験者たちは、フォーチュンへの共同寄稿で「中国で事業を展開する実業家は、中国共産党と何らかの形で関係を持たざるを得ない」と指摘し、これを標的弾圧だと批判した。
トランプ大統領は、関税が経済に与える影響を分析したゴールドマン・サックスの報告書に不満を示し、ゴールドマン・サックス・グループのデービッド・ソロモンCEOを嘲笑するとともに、当該報告書を作成した首席エコノミストの解雇を要求したこともあった。
トランプ大統領が自身の意に沿わない人物を追放する行為は、習主席が権力強化のために側近を粛清することを想起させるとの指摘がある。
雇用統計の悪化を理由に、1日(現地時間)、労働統計局長を解任したことが典型例だ。これは国家が経済統計の作成に介入するという疑惑を招き、中国と同様の道を歩んでいるとの懸念を引き起こしている。
トランプ大統領は金利引き下げに応じない米連邦準備制度理事会(FRB)のジェローム・パウエル議長も執拗に攻撃してきた。20日にはパウエル議長の側近であるリサ・クックFRB理事の解任まで要求するに至った。
コカ・コーラ愛好家として知られるトランプ大統領は先月、コカ・コーラのCEOに対し、コーン・シロップをサトウキビ由来の砂糖に置き換えるよう指示した。
サトウキビがコーン・シロップより健康に良いという科学的証拠がないにもかかわらず、トランプ政権の「MAHA(Make America Healthy Again:米国を再び健康に)」方針に合わせるよう企業に圧力をかけたのだ。
原料変更の決定は取締役会と株主の権限であることを考慮すれば、トランプ大統領の要求は反資本主義的な介入といえる。
トランプ政権は6月、日本製鉄のUSスチール買収を許可する条件として、米政府が「黄金株」を保有すると表明し、論争を呼んだ。政府が企業の意思決定に実質的な拒否権を行使するという点で、これもまた前例が乏しい。
先日10日、トランプ政権は世界最大の半導体企業エヌビディアとAMDに対し、対中輸出許可の見返りとして、中国で得た利益の15%を政府に納付するよう要求した。
これは、賄賂や脅迫に該当する可能性があると、米国の経済・法律専門家たちは指摘している。
トランプ政権は半導体法に基づいて補助金を受け、米国に工場を建設する企業の株式取得を検討中とも明らかにした。サムスン電子やTSMC、インテルなどが対象として挙げられている。
トランプ政権が市場原則に反する政策を展開しているにもかかわらず、自由市場経済を主張してきた米商工会議所など企業関連団体は沈黙を保っている。
CNNは、「ジョー・バイデン前政権時代にはメディケア(高齢者・障害者向け医療保険制度)価格交渉条項を巡り『政府が制約されない権限を乱用している』と訴訟を起こしていた商工会議所が、トランプ政権の攻撃的な民間企業介入については何の言及もしていない」と指摘した。
ソネンフェルド教授らはフォーチュンに「米国の実業家たちはトランプ大統領の市場資本主義攻撃に屈服している」と述べた。
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