わたしたちのnote〜スキからはじまる心の物語〜第1章
第1章|再会の日
「ことばの橋を渡るとき」
駅前の喫茶店に、春の風がやさしく吹き込んでいた。
ガラス窓の向こうには、咲き始めたばかりの桜が、そっと揺れている。
曇り空のすき間から光が差し、ベージュのカーテンがふわりと膨らんだ。
彼女は、窓際の席にいた。
小さな手帳を開いたまま、何度もページをめくっては、戻す。
その手つきは、緊張を隠そうとしているようで、どこか幼く見えた。
ペンのキャップをはずしてはつけ、またはずしてはつけ。
さっきから、その繰り返しばかりしている。
テーブルの上のカップからは、うっすらと湯気が立ち上っていたが、
それもすでに、冷め始めていた。
──会えるのかな。
心のなかで、何度もつぶやいた。
いや、もう「会える」ことは確かなのだ。
約束をした。
待ち合わせの時間も、場所も決めた。
お互いに、本名も年齢も顔も知らぬまま。
けれど、10年分の言葉だけで築かれた関係があった。
手帳のすみには、小さな文字で「会う日」と書かれている。
その日付を囲んだ丸は、まるで彼女自身の決意のように強く書かれていた。
何度も何度も消そうとした跡があって、にじんだインクが乾いている。
「会いたい」と願ってきたのは、たぶん彼女のほうだった。
けれど、「会う」ことを想像するのは、ずっと怖かった。
言葉の世界は、やさしい。
声のトーンも、表情も、空気も、すべてがない。
だからこそ、人は自由に感じ、勝手に想像する。
安心も、ぬくもりも、そこにあるような気がして。
でも、現実は違うかもしれない。
本当に会ったら、「何かが壊れてしまう」気がして、ずっと躊躇していた。
それでも──。
扉のベルが、軽く鳴った。
彼女は、はっとして顔を上げた。
喫茶店のドアがゆっくりと開く。
冷たい風が一瞬吹き込み、隣のテーブルの紙ナプキンがひらりと舞った。
彼がいた。
デニムジャケットに白いスニーカー、春の光をまとうような装いだった。
髪は少しだけ乱れていて、歩いてきた風の気配を連れていた。
手に何も持っていないところが、彼らしいと思った。
いつだって、noteの言葉も飾りがなかった。
短くて、静かで、やさしいまま、終わっていた。
彼と目が合った。
その瞬間、時間が止まったように思えた。
──やっぱりこの人だ。
言葉を交わさなくても、わかった。
会ったことがないのに、会ったことがあるような。
不思議な安心感が、胸の奥からじんわりと湧き上がってくる。
彼もまた、動きを止めていた。
ゆっくりと、小さくうなずいた。
彼女は小さく笑い、立ち上がった。
「……こんにちは」
それは、文字ではなく“音”で伝える、初めての言葉だった。
彼もまた、笑った。
そして、ごく自然に言った。
「……会えて、嬉しいです」
たったそれだけ。
でも、たったそれだけで、ふたりの間に流れる空気が変わった。
彼が向かいの席に座り、喫茶店の空気が元に戻る。
店内のBGMが、ゆっくりと耳に戻ってきた。
周囲の会話、食器の音、コーヒーマシンの蒸気。
ああ、ここは現実なんだ、とふたりは思った。
けれど、心のどこかでは、まだ夢のなかにいるような、柔らかい余韻が残っていた。
目の前にいるのは、何千もの「スキ」と、何百の投稿、
そして数えきれない“沈黙”を共有してきた、たったひとりの誰かだった。
その日、春の光は一日じゅうやさしかった。
この物語が、あなたの日々にもそっと寄り添えますように。
▶ 次回予告|「第2章|彼女の過去」
――つなぐ|HIROMI🌸
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