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心 その2(1717字)

中学生時代について書きたいと思います。

私は中学生になったら、
勉強、クラブ(野球)に頑張ろうと
思いました。

小学生は辛いことも多かったけど、
今一度奮起して、新たな気持ちで
幸せな学生生活をする、と
意気込みました。

この頃には、私は自分で進路を
決めていました。
書道の先生になる。

小学生の頃、
6年間お習字教室に通いました。
大きな賞も獲り、自信を得て、
先生になることを夢見ていました。

引き続き、中学生でも
習字を続けるつもりでいました。
ところが、父から
「色んな世界を見ておいた方がいい。」
と言われて、習字教室へ通うことを
断念することにしたのでした。

初めての挫折感でした。
先生になることを確信していた矢先でしたので、
大きかったです。

当時は、父に威厳と畏怖を感じていたので、
従わざるを得ませんでした。
強く生きる姿に憧れもありました。

書は好きでしたので、
中学でも書道の時間は好きでした。
でも、もう私の中では趣味に
成り下がっていました。

今一度話を戻しまして。

野球部と勉強に懸命になりました。
2年生になった頃、
くたくたになって夕晩に帰宅して、
玄関のドアを開けた途端に私は、
うつ伏して倒れていました。

その時に初めて知りました。
「あ、俺疲れてたんだ。」

友だちとのエピソードを一つ書きます。

野球部で、部員の男の子の一人と
とても仲よくなりました。
キャッチボールの相手はいつもその子。

クラスでも、いつも一緒に過ごしました。
とにかく楽しい事を楽しんで遊びました。

どちらかと言えば、私の方が兄貴分でした。
同級生でしたけれども、私なりに
彼を可愛がりました。

ある日、その子と一緒に下校する時のことです。

雨が降りそうな日なので、
二人とも傘を持って来ていました。

お互い、傘を振りながら、
ふざけ合いながら、横に並んで
歩いていた時のことです。

彼の傘の先端が、
私の足のアキレス腱の辺りに
軽く当たったのでした。

それまで二人して和やかに
遊んでいたのに私は。

絶叫を上げて、彼を罵倒しました。
「なにしとんじゃー!ボケー!」

私は、それまで色々な物事を
貯め込んでいたのでした。

中学時代に入って、自分の孤独に
目をつむっていたようなものだったかと、
今になって考えるとそう思います。

彼の傘が私の足に当たったことで、
それまでの鬱憤が一気に噴き出たのでした。

当時の私は、自分でも何が何だか
分かっていません。
ただただ、憤怒の形相で彼を睨みつけて、
彼をあとにしました。
彼は、何度も謝ってきました。
私は無視をして、振り切って帰りました。

私の心は、突然暗闇になって、
大きく傷つきました。

それからというもの、彼とは
一切話をしないようにしました。
彼を一切避けて、残りの中学時代を
過ごしました。
どうしてこんな思いをしなければ
ならないのか。ただ苦しかった。

自分に失望しました。
楽しく中学生生活を送りたかったのに。
ただ耐えるだけの生活になってしまいました。

次第に勉強もしなくなり、
というより全力で勉強もしていて、
その疲れも出たのでした。
2年生の後半から勉強しなくなり、
いよいよ受験期に入って、
母親は心配してきました。
父は表向きは放任主義でした。

できることはしてやる。
でもできないことはしない。

気付くと3年生。
神経質になっている自分が居ました。
母の心配は、かえって私の神経を
逆撫でしました。

でも、1年生の最初から、
みっちり1年以上は勉強を頑張った
おかげで、公立の中堅レベルの
高校を受験することができました。

無事、合格しました。
私は、滑り込みセーフな気分でした。
私立に行って、親にお金を
掛けさせたくなかったのでした。

でも心の中は、落ち込んだまま、
高校生活に入ることになります。
すっかりやる気を、生きる意欲を
失くしていました。

(つづく)

☆彡

小学生時代、何度か大きな傷を
負った私にとって、
中学生になることは、
新たな人間に生まれ変わるつもりで
いたのでした。

自分を偽る。
みんなと仲良く平穏無事に過ごす為。

自分をおよそ殺していたことにも
気付かないほどに。
いつのまにか心に蓋をしていたのかも
しれませんでした。

次回は、高校時代の事を
書かせていただきたく思います。

乱文、失礼しています。m(_ _)m

つる かく


心 その1(1993字)はこちらです。


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