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タイトル模索中

ここ数週間、あるいは数か月、ずっと便秘のようなスッキリしない感じが続いている。
新しいエッセイ本のタイトルが、決まらないのである。

もう文学フリマには申し込んでしまったし、だいたいの目次も組んでしまったし、ゲストエッセイの方にも声をかけてしまったし、前回同様、編屋さつきさんには表紙のイラストをお願いして今週末打ち合わせ入れちゃったし……。着々と作業が進むなかで、タイトルだけがいまだぽっかりと空白だ。
エッセイ集とか小説集とか、CDアルバムとか、普段一つひとつ単発で作ってきたものをまとめるときって、みんなどうしているんだろう。

まったくもってうだうだしている場合ではないのだが、「うだうだしてる場合じゃねえ!」と思えば思うほど、悶々と布団にくるまってのたうち回ってしまう今日この頃である。もう秋ですね。

そうなのだ。最近夜風が冷たくなってきて、秋の訪れを感じるようになってきた。
普段なら嬉しいはずの秋なのに、刻一刻と文フリへのカウントダウンをされているような気がして無性にイラついている。

しかも涼しくなってきたせいで、社内を蚊がうろつくようになった。
おかげで「幸せなら手を叩こう♪」と言わんばかりに、社員全員すきあらば両手を打ち鳴らしている。誰ひとり幸せには見えないのに。
さらに言えば、現在私は生理前である。蚊なんかに生き血を抜かれている場合ではないのだ。

そんなわけで心身ともに参りかけてきたので、先達に縋ることにした。
目に付いた本を片っ端から引っ張り出し、タイトルのつけ方を分析しよう。
そこに、便秘解消のツボがあると信じて。


①渾身の一編に背負わせる系


父の詫び状』(向田邦子)
ビールの最初の一口』(フィリップ・ドレルム)
なんらかの事情』(岸本佐知子)

最初に目に付いたのが、「これが今回のエッセイの顔よ!」とニューアンパンを高々と掲げるバタコさんのようなタイトルである。
これは短編小説でもエッセイ集でも、わりとよく見かけるタイプだと思う。
でもこれって、よくよく考えてみるとかなり勇気がいることだ。
「表題作」を謳うからには自他ともに納得の一編を推したいが、そううまくいくとはかぎらないからだ。

しかも、会心のタイトルと会心の文章が揃うことって、実はあまりなかったりする。
いや、私がへたくそなだけかもしれないけれど。
できることなら両者渾身の作品を持っていきたいが、どうしてもその一編に背負わせてしまう重みにビビってしまう。

②有名人ならでは系


文・堺雅人』(堺雅人)
杏のふむふむ』(杏)
大泉エッセイ』(大泉洋)

これはもう、著者が芸能人とか芸人とか、本を出す前から知名度がしっかりとあるタイプにのみ許されるタイトルである。
むしろ知名度を生かさず『俺の役者魂☆(堺雅人 著)』とか思いっきしダサいタイトルをつけようものなら、のちのち彼の役者人生にまで変な影響を及ぼしそうな気さえする。
たとえ「タイトルに自分の名前ってどうなの……」と有名人自身が思っていたとしても、知名度は最強の武器である。それを使わない手はない。

そう考えると、ちくしょう有名になりてえ、有名にさえなれればとつい僻みそうになるものの、今から11月までに知名度を爆上げする方法なんて犯罪を起こす以外に思いつかない。

ここは法をおかさず、自分に合ったタイトルを考えた方が堅実だろう。
そんなことを思った矢先、「自分に合ったタイトルってなんじゃい」とまた発狂してもんどりうっている。

③ぽつり単語系


文集』(ミムラ)
あのころ』(さくらももこ)
3652』(伊坂幸太郎)

「ぽつり単語系」はこう見えて、「有名人ならでは系」の亜種である。
このシンプルさは、著者の知名度あってこそだろう。
たとえば私が自分のエッセイ集に『文集』って名づけたとして、「はぁ誰これ知らねー!何の本かわかんねー!」ってこき下ろされる未来が鮮明に見える。つらい。
『文集』『あのころ』『3652』、妙に思わせぶりな単語なのも、計算高いというかなんというか。

ちなみにさくらももこの『あのころ』は、実はそのあと『まる子だった』『ももこの話』と続く三部作だ。
ブックオフで三冊並んでいるのを見てその仕掛けに驚いたのは、今でもうっすらと覚えている。 

伊坂幸太郎の『3652』にいたってはもう、銀行の暗証番号か何かかな?と思ってしまいそうな普通の4桁である。でも伊坂さんのことだからきっと何か特別な意味合いが仕込まれているのだろうと、安心して手に取れる。
そんな著者名込みで気を引くことができる一方、単語の選び方によってはそのインパクトで買ってもらえる可能性もある。
せきしろを知る前に、私は彼の小説『逡巡』を手に取った。ちょうど自分が逡巡していたからだ。
そんなふうにタイトルに惹かれて読むことも、ひょっとしたらわりと多いかもしれない。

④パロディ系


大人失格』(松尾スズキ)
風と共にゆとりぬ』(朝井リョウ)
時をかけるゆとり』(朝井リョウ)

別名、「虎の威を借る狐戦法」。
名作文学や諺を、本の内容に沿ってもじるスタイル。普段のエッセイの一編なら、私も時々使う手である。
本家と絡めても使いやすいし、絡めなくても「うまいこと言ってやった感」があって楽しい。
ただ、だからこそ同じようなことをやる人は多いし、滑るとイタいというデメリットがある。
魅力的ではあるし、うまくハマったときの快感も大きいけれど、全体のタイトルに持ってくるにはちょっと挑戦的といえよう。
でも、うまいこと言いたい欲からはそう簡単には逃れられない。ピンときたら積極的に使っていきたい。

⑤テーマをふわっと醸す系


よみがえる変態』(星野源)
THE やんごとなき雑談』(中村倫也)
いくつもの週末』(江國香織)

普段エッセイを選ぶときにダントツに惹かれるのが、実はこの手の本である。
本全体のテーマや雰囲気を伝えながらも説明的になりすぎず、さりげなく心に残るタイトル。
普遍性と個性のバランスが絶妙な本に出合うと、ほれぼれ記憶に刻み込んでしまう。
これがスラっとできるようになったらいいなぁと思いつつも、考えるのが一番難しいのもこの手のタイトルだと思う。
ちょっとでも気を抜くとおそろしく凡庸なタイトルになってしまううえ、私みたいに何も考えずに書いてきたものをまとめようとすると、全編に一貫するテーマがなかなか見つからないからである。ぐぬぬ。

これに似ているけれどより踏み込んだタイトルのつけ方をしているのが、とき子さんの『なけなしのたね』(Sold out)。
もはや推しすぎではあるまいかとご本人からも思われていそうな気もするが、かまわず推させていただこう。

『なけなしのたね』は、「若者のたね」「家族のたね」と各章立てに「たね」を絡めて一体感を出していく戦法だ。
タイトルに込められた意味を「はじめに」で知って、なるほどね!と頷いた読者も多いことだろう。
ピッタリなタイトルを見つけるのではなく、自ら付けにいくスタイル
さすがタイトル名人である。
彼女が日ごろ綴っているエッセイにも、ユーモラスだけど読み終わるとそのタイトルしか考えられないくらいしっくり馴染むタイトルがつけられている。

ちなみに最近の彼女の作品で、ぐふっと笑ったタイトルはこれ。

えっ?とき子さん、しずかちゃんなんてキャラじゃないじゃん何を言っているの……と怯えつつ読んで、しずかちゃんの登場に「なるほど、そういうことか~!」と頷いた作品である。

⑥セリフ系


もしもし、運命の人ですか。』(穂村弘)
お友だちからお願いします』(三浦しをん)
じつは、わたくしこういうものです』(クラフト・エヴィング商會)

これは「⑤テーマをふわっと醸す系」の変化球。
穂村弘の『もしもし、運命の人ですか。』は恋愛エッセイで、クラフト・エヴィング商會の『じつは、わたくしこういうものです』は架空の職業インタビューだ。
どちらも本の雰囲気に合っていて素敵。
しをんさんの『お友だちからお願いします』は、実は「はじめに」に「「お友だちからお願いします」と言ったことも言われたこともない」書かれていておよよよよ、という感じなのだけれど、読み進めるごとに彼女が言わんとしたことがわかる、そんなエッセイである。

⑦そのものズバリ系


島へ免許を取りに行く』(星野博美)
出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(花田菜々子)
園芸家12カ月』(カレル・チャペック)

タイトルを読めば読了した気になれる、とにかく直球で内容を説明するタイプの本である。
一目でウリがわかるのが魅力で、執筆テーマがカチッと決まっている人や特殊なテーマを前面に出したい人にとっては、かなり向いていそうなスタイルだ。

その名の通り一カ月を一章として植物について綴っているチャペックをズバリ系とするなら、去年作った私の初エッセイ『春夏秋冬、ビール日和』もたぶん、同じカテゴリになるのだと思う。
「章構成(季節ごとに)、内容(ビールを飲む)」という、実にシンプルなつくりである。

***

さて、そんなわけで我が家の本のタイトルを7つに仕分けてみたところ、ほんのりと希望が湧いてきた。
漠然と「タイトルはいねぇが~!!」と虚空をなまはげるより、はるかに有意義な時間を過ごせたような気がする。
ただ気づいてしまったのは、連載としてある種のテーマに沿って書かれてきたものをまとめた本と、好き放題書いてきた文章を一冊にまとめることは違うということ。
前回はたまたま運よく、好き放題書いてきた文章のほとんどでビールを飲んでいたから、ごく自然にタイトルにビールが入ってきたのだ。

けれど、今回は違う。
彼氏と一緒に住み始めてから、私は格段に飲まなくなった。
ビールを飲むと、彼氏が露骨に嫌な顔をするからである。
私に付き合って向かいで白湯を飲んでくれはするけれど、「お酒は身体によくないよ」と必ずちくりと小言で刺してくる。

タイトルに話を戻すと、テーマに沿って書いたものをまとめるのと、自分の好きなエッセイを集めてそれっぽいタイトルをひねり出すのとは、たぶんかかる労力や強引さがけっこう違うように思う。

そんな今回の新刊だけど、一応ざっくりと章立ては決まっている。
「実家暮らし」「一人暮らし」「二人暮らし」「番外編」の四章立て。
でも、「暮らし」をタイトルの中心に据えようとすると、なんだろう、「丁寧な暮らし」というか松浦弥太郎っぽいというかでっかい観葉植物を部屋に置いていそうというか、「どうよ素敵な私」って場違いにイキっているみたいで、普段の私を知っている人とは絶対に顔を合わせられない居心地の悪さがある。

だから「暮らし」というキラキラ風ワードに自分らしいダサさをプラスしてうまいこと中和するか、ビールのときみたいに隠れている共通点を探すか、とりあえず①~⑦に基づいてひたすらアイデア出しをするしかないのだと思う。
「①渾身の一編に背負わせる系」だったら『昔話体質』に背負ってもらおうかな、「②有名人ならでは系」と「④パロディ系」の合わせ技で『つる・うつる』(原作『さる・るるる』)とか。
「③ぽつり単語系」なら……たぶんいま一番悩んでいるから、『便秘』。

……いやだな。
『便秘』を刊行しないよう、ここでしっかりと踏ん張っておきたい。
そして物理的な便秘もそろそろ、なんとかなってほしいものである。