【つながる旅行記#419】瀬戸大橋周辺を散策していたら、沙弥島でとある和歌と出会う【柿本人麻呂】
前回は瀬戸大橋記念館でしっかり学び、瀬戸大橋を見たときの思考を変化させることに成功した。

では今回はまず初めに、この瀬戸大橋記念館を上ってみるとしよう。
どうやらこの建物、展望台的な要素もあるらしいのだ。
やっぱり観光ときたら、高いところに行かないとね!


階段を上ると、良い感じに瀬戸内海を見渡せる広場があった。
なにやらこんな感じの場所がこの建物には4つあり、さらに高い展望台に繋がっているようだ。
さっそく向かおう……!


はっ! あの山は……!!

良いねぇ……!!

というわけでこちらが最上階の展望台である。
特徴的な屋根がありつつ、瀬戸大橋もバッチリ見える素晴らしい展望台だね!

ひゃ〜……この橋が10km先の岡山まで伸びているんだもんな……。
いやはや、人間の力はすごい。
歴史を学んでからだと凄さの感じ方もひとしおである。

そして、なにやら変な塔をみつけた。
円盤状のものがぐるぐる回転しつつ、上下もしている……?

そしてよく見たら人が乗っているぞ!?
あれも展望台ってこと!?

このぐるぐる展望機構を備えた塔の名前は、『瀬戸大橋タワー』である。
タワーというと、まずはエレベーターかなにかで上の方にある展望ゾーンに行くのが大半だが、ここはなんと展望ゾーン自体が動くのだ。
ある意味で他の展望タワーにアトラクション要素が加わったような存在といえるだろう。
こんなタワーも世の中にはあるんだな……!
……えっ?
「高いところに行くのが観光なんだから、当然行くんだろ?」って……?
ま、また今度来た時に乗ればいいかな!!
(カップルがいたので……)





さて、それでは近くにあるという浜辺に行ってみよう。
(海無し県出身者は、浜辺があったらとりあえず近づきたいのだ)



こりゃまた良い眺めだなぁ……!






LNG船からマルタ共和国の場所を知りつつ、辺りを見回していたところ、どうやらここにも展望台があるようだ。

なんだか今回は展望台ばっかりだなと思いつつ、とりあえず行ってみよう。


左手側を見ると、なにやら和歌が書いてある石が並んでいる。
一体何でこんなものがあるのかと思ったら、どうやら万葉集の歌人である柿本人麻呂が、この沙弥島に関わる和歌を残していたようなのだ。
なお万葉集の頃はひらがなやカタカナは存在しないので、その歌はこんな感じである。↓
玉藻吉讃岐國者國柄加雖見不飽神柄加幾許貴寸天地日月與共満将行神乃御面跡次来中乃水門従船浮而吾榜来者時風雲居尒吹尒奥見者跡位浪立邊見者白浪散動鯨魚取海乎恐行船乃梶引折而彼此之嶋者雖多名細之狭岑之嶋乃荒礒面尒廬作而見者浪音乃茂濱邊乎敷妙乃枕尒為而荒床自伏君之家知者徃而毛将告妻知者来毛問益乎玉桙之道太尒不知欝悒久待加戀良武愛伎妻等者
いやさっぱりわからんぞ!?
すごいなこれをわかるように翻訳した人!!
そして、現代人にもわかりやすくしたものがこちらである。↓
玉藻よし 讃岐の国は 国柄か
見れども飽かぬ 神柄か ここだ貴き 天地 日月とともに 満りゆかむ
神の御面と 継ぎ来る 中の水門ゆ 船浮けて
わが漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち
辺見れば 白波さわく 鯨魚取り 海を恐み
行く船の 梶引き折りて をちこちの 島は多けど 名くはし
狭岑(さみね)の島の 荒磯面に いほりてみれば 波の音の 繁き浜辺を
敷栲の 枕になして 荒床に ころふす君が
家知らば 行きても告げむ 妻知らば
来も問はましを 玉鉾の 道だに知らず
おほほしく 待ちか恋ふらむ 愛しき妻らは
いやこっちも普通に厳しい!!
……なのでここは、自分なりに意味をざっくり書くとしよう。
(あ、専門家の方は児戯だと思ってスルーしていただけると助かります……)
藻も美しい讃岐の国は、いくら見ても見飽きることがない。
なんかもう神のもたらす効果なのか、尊いまである。
今後ますます栄えていくだろうね!!
ところで港から船を出したら、風がもうすんごいわ。
沖では大波がうねっているし、岸も白波が立っている。
もはや漁師も海を恐れて引き返すレベル。
辺りに島は色々あるのだが、ここは狭岑(さみね)の島(※沙弥島のこと)の荒磯に上って、仮小屋を作って一時避難しよう。
すると、こんなに波の音が凄まじい中だというのに、岩場を枕に臥している人がいた。
……ああ、あなたの家がわかるなら、行って知らせるのに。
あなたの妻がこれを知れば、ここまでやってきて言葉をかけるだろうに。
でもここへ来る道もわからないまま、あなたの愛しい妻は、不安の中であなたの帰りを待ち焦がれているんだろうね……。
な、なんですかこの悲しい歌は!?
讃岐の国を盛大に褒めたと思ったら、
海は荒れるわ、岩場に亡くなった人が倒れてるわ、なんか最後は悲しいわで……!
……いやしかし、流石は義務教育に出てくる有名歌人だ。
なんだか自分の想像力でも、風景がありありと浮かぶようである。
これが実際に起きたことなのか、妄想だったのかはともかく、和歌って凄いね!!





そんな沙弥島だが、実は縄文人時代から多くの人が住んでいた場所だそうで、島の中に古墳も見つかっており、その頃から製塩を行っていたという。
魚と塩があればとりあえず無敵だと思っている自分としては、昔の人々がこの辺りを居住場所に選んだのも納得である。
そう、自分は塩サバを食べるたびに思うのだ。
これに関しては、大昔もきっと同じ味なんだろうなと……!

それでは瀬戸大橋近辺の情報も追加摂取したところで、そろそろここを離れるとしようか。
香川にいられるのは今日までなので、最後までしっかりと坂出市を楽しんでおかなければ。
あ、帰り道ではまた瀬戸大橋のお世話になると思うので、そのときはまたよろしくお願いしますね……!
次回へ続く!!
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