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【つながる旅行記#424】『松本市立博物館』にて、昔の松本や長野市とのあれこれについて学ぶ【信濃の国】

前回は松本城の展示を見終わり、過去にここを訪れていた加藤清正にまつわる伝説を知った。

それでは松本城をあとにして、次の場所へ向かうとしよう。

実は今回は共通券を買っているので、近くにある博物館も見られるのだ。

やはり観光といったら博物館だよね!!(※人によります)

松本城VR
やっぱり景色が抜群に良い

さて、そんなわけでやってきたのは『松本市立博物館』である。

一体どんなものが見られるのか、さっそくGO!!

縄文あれこれ

さて、毎度おなじみの縄文土器を発見した。

やはりいつ見ても素晴らしい造形だね……!


とはいえ、松本の辺りに人々が集まってきたのは、縄文時代よりはるか以前の旧石器時代とのことだ。(数万年前)

そしてその頃の人々はまだ土器作りを知らないので、煮炊きはできなかった。

現代人からすると、加熱調理無しでのサバイバル生活なんてすぐに破綻しそうな気がしてならないが、遠い先祖はそれを乗り越えて命を繋いできたのである。


そして1万2千年前くらいになると、土器やら投げ槍やら弓矢が発明され、食糧事情は改善。

温暖化も相まって暮らしやすい環境になり、定住が始まる。

縄文土器

うーむ、やはり中部地方の縄文土器(中期)は自分の好きな文様しっかりタイプで良いねぇ……!

これは山に囲まれた環境が、独特な美的感覚の醸成を促したのだろうか……?

いつか中部地方の縄文文化中心の博物館にも行ってみたいな。

土偶
ミニチュア土器
弥生時代
奈良・平安時代

そんな松本の城下町は、火災で出た解体物や盛土が繰り返し積み重ねられたことがわかっている。

それにより、松本城ができた頃の地面は現在の地面から2〜3m下にあったとか。

(人間はそんなにも地面を積み上げられるものなのか……)

土層はぎとり標本
水道

そして城下には水道も張り巡らされていた。

当時の松本は衛生面も配慮された都市だったのだろう。


さすまた…?
『Tsuku-bo』です

さて、そんな松本だが、色々あって松本藩から松本県になり、その後さらに『筑摩県』となった。

かつての長野県的な何か

今の地図しか認識していない自分からすると凄まじい違和感があるが、昔はこんな感じで筑摩県長野県が存在したのだという。

そして明治9年(1876年)になると「これをひとつにして長野県にしよう!」という流れになる。

当然そうなると「県庁はどこに置くべきか」という話が出てくるわけだが、ここで当時松本にあった筑摩県庁が、まさかの火事で焼失するという大事件が起こるのだ。

そして「庁舎が燃えちゃったし、県庁所在地は善光寺町(現長野市)にするか」という感じで、県庁を長野市に据えた長野県の歴史が始まるのである。

なお、この辺りの話に関しては、松本の人たちにとっては非常に憤りを感じる出来事だったようで、過去には移庁分県論が繰り返されてきたそうだ。

(ま、まあ自分は関係ないので、深入りはしないですけど……!)


そんな長野県には、この南北対立を和らげるべく作られた歌が存在する。

それが『信濃の国』だ。

『長野県民ならほぼ確実に1番は歌える』という伝説を持つこの歌だが、歌詞の中身はというと、長野県の良いところ詰め合わせセットである。

(そして4番で急に曲調が変わってびっくりする)

歌詞:https://www.pref.nagano.lg.jp/koho/kensei/gaiyo/shoukai/documents/kashi.pdf

現代語訳:https://www.pref.nagano.lg.jp/koho/kensei/gaiyo/shoukai/documents/gendaikashi.pdf


そんな『信濃の国』について、対立に関係なさそうな地域である長野県の佐久地方出身の井出孫六が語っていたので、紹介しよう。

「政治的統合の容易でない県状にてらして、教育によって統合するためには、まず誰にでも口ずさまれる歌でなければならない。

歌には不思議な魔力というものがあって、
肩組みあって歌える共通の歌のまえには、やれ南北の対立だの分県移庁論などという議論がいつしか溶解していくような力を発揮するものだ」

『信州学 序説』より

そう、歌の力は偉大なのだ……!

そしてここでちょっと歌詞を見てほしい。↓

【信濃の国 (1番)】
信濃の国は十州に
境連ぬる国にして
聳ゆる山はいや高く
流るる川はいや遠し
松本 伊那 佐久 善光寺
四つの平は肥沃の地
海こそなけれ物さわに
万(よろず)足らわぬ事ぞなき

そう、『松本』『伊那』『佐久』『善光寺』!!

この部分は肥沃な盆地地帯について歌っている感じなのだが、ここではしっかりと『松本』を一番最初に歌い上げており、県庁を勝ち取った善光寺は一番最後に収まっているのだ。

うーむこの配慮!

まさに融和の歌というのにふさわしいね!!


(「メロディー的にそうなっただけだろ」とか、「松本平が一番大きいからだろ」とか言ってはいけない)


というわけで、松本の歴史についてちょっとだけ詳しくなったのだった。

そして自分もテレビか何かで聞いたことのある南北対立は、未だに存在するのだろうか……?

(歌の力によるつながりでどうにかなったと信じたい)


まあそれはさておき、展示はまだまだ続く。

なんだかこの先は歴史というより、この土地の文化を学べる展示が置いてあるようだ。


さらに知識を深めるべく、次回へ続く……!!


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