空を夢見る魚 第四夜
「あの…人魚は眠らないの?」
今夜も、ぱちゃぱちゃとやって来た人魚に
僕は聞いた
人魚が少し止まる
持って来た海の石を胸に当てて、
心配そうに僕を見た
「毎晩、ここに来ているから」
僕が言うと、人魚が海面に映る月に目を落とした
「私は…」
「暗くならないと出られない」
「日の光を浴びたら私」
人魚は言葉を選んでいるように見えた
「死んでしまう」
月を映した波が打ち寄せる
波は僕の隣の岩に上がり込んだ
月の光が岩肌に大きく広がり、消えていく
人魚もそっと、そこに上がり込んだ
「私、昼間は深海の魚よりも深い所にいる」
人魚が岸辺に行ったり来たりする
波みたいに話した
「海の底の、下の下の下」
「光の届かない、深い深い、淵の奥」
そして急におどけた顔をしてみせた
「真っ暗」
「誰か一緒にいるの?」
僕が聞いた
「誰も居ない」
可笑しいところでもないのに、
人魚がこぽこぽ音を立てた
「だぁーれも…」
そう言って人魚は、持って来た石を
そっと僕に乗せた
深海の石は歪みのない楕円で、変に重い
緑だったり灰赤だったり
見る角度によって色が変わった
人魚が星空をなぞった
「私、何でも見に行く」
「珍しい事、綺麗なもの、知らない景色」
それから星を数える素振りをした
「世界一賢い王さまに会ってきた」
「私まで凍りそうな所で、氷の城を見た」
「銀の龍、金色に輝く鳥に、白金のライオンも」
「でもある時、カモメが朝日を教えてくれたわ」
人魚が目を輝かせた
「数多の王さまよりも偉大で、
氷の城なんか溶かして、
どんな生き物よりも輝いている」
「万物の光の源、この世界の皇帝が、
濃紺の空に顔を出す、その瞬間を」
「でも、私は朝日を見ることは出来ないわ」
寂しそうに人魚が言った
「だから私は、お日さまに歌いたかったの」
「貴方はどんな顔をしているの?」
「貴方は私を知っている?」
「私は貴方に会いたい」
「そしたらね」
人魚がなんとも言えない顔をした
「海が踊り出して、たくさんの船が沈んじゃった」
「…私、知らなかった」
「だって私は海の底に居るのに、
真昼の海面で何が起こるのかなんて…」
僕は人魚を止めた
目から真珠が溢れてる
大きいのから小さなもの
ころり、からから、ぱちん、と
岩肌を跳ねて海に沈んだ
真珠は見えなくなった
「お日さまは、全部見ていたはずでしょう」
「私の仕業だって、知ってる」
人魚がうつむいた
「でも太陽は、君が何を歌っているのか、
聞いていたはずだろう?」
僕は低い声で言った
「彼は必ず応える」
人魚が鼻を啜る
鼻を啜っても、さざ波にしか聞こえない
「海の中がダメなら、ここで歌ってごらん」
しかし人魚は下を向いたまま、
口を固く閉じていた
僕が宙を見上げると、宙も静かになる
人魚は、恐る恐る空を見上げた
何万もの光が人魚に向いている
海の調べを聴こうと、天上が耳を澄ませて
しん、としていた
人魚が唇を少し開けた
澄みわたる碧い声が、僕を貫く
懐かしいその歌にまた震え、ひびまで走るのを抑えて人魚を見た
人魚の身体から七色の光が流れだしている
光は天に昇って帯になった
月が身を乗り出す
そして朝日に、急いで昇らないで、まだ来ないで、と頼んだ
小さな星も大きな星も、
不安げに踊るオーロラにあわせてくるくる回った
終わると人魚は小さく会釈した
そして、手でしっかり口を塞いで、海に帰っていった
暗かった海に温かな光が灯った
帰り道には七色の真珠が、ふんわり浮かんでいた
前夜はこちらから読めます
↓↓
次の夜はこちらです
↓↓
