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絵を描くということ② |絵は好きなように描いていい!描き続けてみたら目からウロコ


見ているつもりで見ていない

シニアになってから、Instagramに絵を描きつづけて気づいたことがあります。
 自分は見ているつもりでも、実は見ていなかったんだと。

誰でも、好きなものはそれなりに描けます。
小学生の頃、漫画が流行っていました。何を描こうというと、まず自分の好きなものを描くのです。

私の場合は、当時流行っていた忍者もので、うまく描こうと力を入れて買いたのは人物でした。

他の友達では、車や電車や機械の絵はとても熱心に描くのですが、人物はとても下手でした。興味がある漫画も戦艦や鉄道が出るようなジャンルです。

iPadのおかげで変わったこと

2018年以降にiPadとInstagramを使い始めてから、絵を描くことへの考え方が変わりました。

世間の風景から愛犬を主人公にした作品を描こうとしたところ、家の中だけではすぐに種が尽きるから、どうしても風景を描かないといけない。建物は定規を使ってでも、時間をかければ何とか様になる。

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ところが、自然の風景、特に木や森の姿は今まで描こうと思ったことがないので、全く下手でした。

インスタに描き始めた頃の風景

木々の違い、色合いの違いも全て違うのに、見ようと思わないと見えないのです。
焦点が合っているものは見えている、認識している。

それ以外は目に映っていても頭が見ていない状態です。

あるいは、見えているつもりで、実は視覚の能力を存分に発揮していない状態とでもいうのでしょうか。

模索して見えてきたこと

作品の出来上がりに何度もガッカリしながら、色々模索して少しづつ変わりました。
緑色と思っていた植物もそれぞれ色が違う。森の形、葉の細かい動き、のびかた。

東京の空は、電線等の無数の黒い線で覆われている。空も単純な一色ではないこと。
この違いを、下手なりに表現できるようになってきたと思えたのは、つい最近です。

見ているつもりでも目では見ていない

人物でも、以前は「人」という概念、「男」、「女」、「子供」などという概念で捉えていたように感じます。見ているつもりということでしょうか。

今は背が高いか低いか、手が長いか短いか、手の先が体のどの位置にあるか、とか実際に目に見えるものを意識しているように感じます。

絵を描くことを意識することで、ものの見方が変わり、より味わいのある生活になったのでは、と感謝です。

好きに描くといっても、頭に浮かんだイメージをきっちり再現できるところまではまだまだですが。

絵を描くということも投稿してます。よろしければご覧ください。

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