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食べたいだけ食べ、脳みそがからっぽになるまで書くのだ。

もう誰にもおもねらない。
不特定多数からの承認とか、身の程以上の給与とか、男性からの値踏みするような視線とか、たくさんだ。


お菓子をやめたのはあんたのためじゃない。私が私の体を好きになりたかったからだ。プロテインだけだと逆によくないよ、たまにはご褒美に甘いものを食べた方が優しくなれるよだなんて大きなお世話。私は優しい人が嫌い。自分に優しい人も嫌い。嘘つくくらいなら思いっきり厳しい方がいい。自分にも、相手にも。

欲しいだけっていうのは何も満杯までというわけじゃない。今この時のわたしが必要なだけ、それが欲しいだけなんだ。昔みたいにやり場のない思いを食欲にぶつけることはしない。今これを本当に必要としているかを立ち止まって見極める。それは食べ物であろうと、目の前の人であろうと同じ。


書いていて、「私」と「わたし」が入りみだれるけれど、きれいに揃えると本当の気分からは異なってしまう。「私」と「わたし」って、音は同じだけれど意味は全然違うと思うから。

「私」は頑固で意地っ張り。本当は間違えたって分かっているのに戻ることが出来ない。楽しくもないのにいつも口角を釣り上げていて、飲み会で死んだ目をしている。人一倍頑張っていることは、私がよく分かっている。

「わたし」は猫のように気分屋だ。真夏日に傘もささずすっぴんで出かける。胸のラインが出る白いTシャツが好き。その曲線を愛でるのは男じゃなくてわたし自身。


ご自愛しないと決めて、やっと自分に正直になれた。それは決して自分を乱暴に扱うわけじゃない。むしろ自分の声に素直だ。フットワークも軽い。タイピングする手もするする踊る。バックスペースで戻ったりしないし、読み返すこともない。

人生は後戻りできない。でも過ぎた過去を――その時の意味を――再定義することはできる。私の何がいけなかったの、じゃなくて。私はできることをした、私は正しかったと何度でも言おう。それでも不安になったら、窓を開けよう。鼻をくすぐる初夏の香り。迷子のように舞うポプラの綿毛。小学生のランドセルについた鈴が鳴る。チリンチリン。最後に線香花火をしたのはいつだっけ。私はいつも夏にふられてしまうな。それだけは大人になっても成長していない。

むわっとした湿度でベタベタする肌と恋人たち。あっち側に行けなかったわたしは、彼らを直視することができない。悔しい。でもいったい何に?私のことを理解できなかった彼に?彼に判断を迫ってしまった私に?一緒になれなかったことが正解だったとしたら?


宅配のチャイムが鳴った。また洗剤かなと箱を開けると、Take a little break!と書かれた小箱が8つ。あぁ、お菓子の定期便を頼んだんだった。きれいになるためにお菓子をやめたのに、頑張る理由がなくなってしまったから。ひどく落ち込んでいて、そしたら友達が1箱くれて、なんだかうれしくて。それで自分へのプレゼントにしたんだった。誕生日でも、めでたくも何でもないけれど。

いいじゃん。この1カ月私はよくやったよ。わたしが私を褒めないで一体誰が褒めてくれるんだよ。いいんだよ。食べな。どう?久しぶりの甘みは。こんなにおいしいものを我慢していたなんて、もったいない。でも、努力したことは事実。消えたりしない。お菓子は食べたら消えるけど、体のどこかに残っている。だから、彼は消えてしまったけれど、わたしと彼がいたことはちゃんと残っているよ。見えなくなったとしても、無かったことにはならない。だから安心して全部お食べ。そしてぐっすり寝るといい。今日は月が綺麗だね。


2025年6月25日 青 石(エッセイスト)

#スナックミー #ご自愛 #失恋なんてクソくらえ #フード部門


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青 石(せい せき)/ 文筆家・校正者・イラストレーター この記事を気に入ってくれたら、よければチップお願いします。一口100円から、何度でもOKです。いただいたお金は記事作成に使わせていただきます。