私はバラン。
#書くことが好き なんていうタグがあるが、好きなんてもんじゃない。吐かないと頭がパンクするから書いている。
常に頭の中に文字が騒いでいて、書くのが間に合わない。ここ一週間はそのピークで気づけば夜が明けている。9時から仕事があるというのに、言いたいことが多すぎて寝ていられない。逆に、目につくものはどんなものでもテーマに出来る私は最強なんじゃないかとも思う。
雲を見ても、すれ違う人を見ても、道端で干からびているミミズでさえも、常に私にひらめきを与えてきやがる。私は20秒ごとに11円を払うナビダイヤルのように、頻回に紙とペンを取り出し頭の中のアイディアを吐き出す。書き終えてリュックにしまうのだけれどまたすぐに言葉が浮かぶので、結果歩きながらメモを取る不思議なひとが出来上がる。だからリュックは前に背負っている。
それ以前の記事は明確な目標もなく、ただ肥溜めのように吐き出していただけ。今は本を出すという目標と、私は何について深く掘り下げたいのかの模索、そして皆は私のどんな記事に関心があるのかを測っている。
フジロックの記事はよく読まれているが、それは夏フェスが近いという特需でもある。ひょんなことからGeminiにシェアされた記事も公式からの紹介ということが多分にある。
じゃあ私にしか書けないことって何だろう。
断捨離して服が10着しかないこととか、東日本大震災を乗り越えたこととか、ヤクザの事務所に飛び込んだこととか、母子シェルターにいたこととか、スマホを持っていないこととか、ネタは結構ある。
しかしどれも私の中の旬は過ぎているんだよな。ひとつ極めてしまうと、また新しいことにチャレンジしたくなる。それゆえ、いつも焦燥感にかられ、自己評価も低い。またゼロからのスタートなのか、と。自分で自分を追い込んでいるのも分かっている。マゾなんだろうか。
自己評価は極めて低いが、一方でもう一人の私がいて、そいつは「あんたならやれると思ってるよ。だから崖に立たせた。そらいけ。」とのたまう。そいつが褒めてくれるのは頂点に立ったその1日だけ。次の日からまた「次は何をしたい?」とにじり寄ってくるのだ。おいおい、もう少し余韻に浸らせてくれよと思うのだけど、待ってくれずにまた走らされる。
私の人生はジェットコースターのような曲線じゃない。グッと上がってはガクッと落ちる。それは弁当のバランによく似ている。
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