映画【MERCY/マーシー AI裁判】正義はAIに委ねられるのか?
本作は、AI導入の是非を問う近未来SFであると同時に、「正義の主体は誰か」という根源的な問いを突きつけるスリラーである。
舞台は犯罪が増加し、飽和状態のロサンゼルス。
司法の限界を補うため導入されたのは、感情も忖度も持たないAI裁判官。
被告は90分以内に無罪を立証できなければ死刑。合理性を極限まで推し進めた制度設計が、本作の緊張感を生む。
物語の中心に置かれるのは、妻殺しの容疑をかけられた刑事。
彼はAIの解析能力を利用しながら、街の監視カメラ、クラウド上の画像、SNSの断片情報を接続し真相へ迫る。
ここで描かれるのは、AIの“冷徹さ”ではなく、その圧倒的な処理能力である。
製作陣はAIを敵でも救世主でもなく、「機能」として提示する。その提示は、現代社会に対して挑発的である。
裁判に限らず、本作が描くAI活用という問題的に対し、私は好意的である。
その理由としては、証拠に基づく論理的判断という意味で、AI裁判は人間の感情やバイアスを排除する可能性を持つからである。
司法に限らず、現実社会の判断における「印象」「世論」「権力構造」といった揺らぎを思えば、”透明性が担保”される限り、AIの導入は必然とも
言え、また、人々の納得性は上がる。
しかし同時に、本作は重大な亀裂も示している。
アルゴリズムの透明性は確保されているのか。
開発者や提供者の思想が無意識に組み込まれてはいないか。
データへのアクセス権は誰が管理するのか。
特にクラウド上の個人データへと捜査が踏み込む描写は、エンターテインメントとしての大胆さと引き換えに、プライバシーの境界線を曖昧にする危うさを孕む。
さらに構造上の疑問も残る。
90分で真相に迫る刑事の奮闘はスリリングだが、同じ制度下で一般市民が無実を証明できるのかという現実的懸念は拭えない。
もしAIを司法に導入するなら、まず必要なのは「AI裁判官」よりも「AI捜査官」ではないか?
この疑問が、作品の余韻として残る。
本作は、単なるテクノロジー礼賛でも反AI映画でもない。
正義を高速化した社会で、人間はどこまで責任を手放してよいのか。
その問いを、90分という制限時間に圧縮して提示する、現代的で挑戦的な一作である。
【2026年/アメリカ】
【ジャンル】SF
【監督】ティムール・ベクマンベトフ
【出演者】クリス・プラット レベッカ・ファーガソン カーリー・レイス ニコール・レイブン 他
【上映時間】1時間40分
【お勧め度(5点満点)】☆☆☆☆
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