休みの日に書けなかった私へ ── 書く人の休日の過ごし方《土曜日のしらんけど》
誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かにそうかも。そんな言葉の迷子たちから届いた質問に、勝手に答えて、優しさ半分、無責任半分で放り投げる。真に受けるかは、あなたのコンディション次第。
「土曜日のしらんけど」
今週の相談はこちら。
ペンネーム・日曜日の試写さん
「ヤスさん、放課後ライティング倶楽部のみなさん、こんばんは。
休みの日。note記事を書きダメしたり、勉強のために本を読んだりしたいと思っています。けどいつもほぼ何もできません。だらだらしちゃいます。ヤスさんや放課後メンバーさんの休みの日はどんな感じですか?」
質問ありがとうございます。
みなさま、回答記事をお願いします。
一応締め切りは2026年4月24日(金)まで。
◆
この質問、たとえば私のリアルな休日の日記を書いても根本的なスッキリにはならなさそうかも。なので、私の休日に対する考え方を。
映画を一本観た。アニメも少し観た。気づけばだらだらとスマホも見てた。
で、夕方になると頭のどこかが「で、記事は?」と聞いてくる。あの声、かなり感じが悪いのよね。
休みの日にダラダラしてしまう、という言い方には、すでに少し裁判の匂いがしますね。
ダラダラ。
便利な言葉です。うん便利すぎる。
映画を観てもダラダラ、小説を読んでもダラダラ、ゲームをしてもダラダラ、昼寝をしてもダラダラ、なんならぼんやり天井を見ていてもダラダラ。
休みの日の行動は、この言葉ひとつでまとめて被告席に座らされます。こっちはただソファにいたかっただけなのに、なんだか人生の貴重な時間を浪費した犯人みたいな顔になる。
とくに休みの日にnote記事を書けばよかったのに、と思っている人間には、この言葉がよく刺さりまして。
平日は忙しい。疲れている。休日こそ書くチャンスだ。これは理屈としては正しいの。かなり正しい。正しいうえにちょっと鋭利。
休日の朝、その理屈を胸に置くと、まだ何もしていないのに机の前に見えない締切が立ち上がってくる。今日は書ける日。今日は書くべき日。そう思った瞬間から休みは少しだけ仕事の顔をしはじめる。
でも人間は、予定通りに立派ではないんです。映画を観る。アニメも観る。小説も読む。ゲームもする。なんなら何もしない。
窓の外を見て、お茶を飲んで、また少し横になる。そうして夕方が来る。すると心のどこかで、小さなお局の経理担当みたいな声がする。(で、今日は何を生み出したんですか)って。あの声はいつも事務的で、こちらの疲れや散らかった気分にはまったく寄り添ってくれない。
そこで少し引っかかるんです。ほんとうに、何もしていない一日だったのか。
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