ゼンゼロ2年目のモチベーション
課金はストップするけどストーリーは追い続けるという温度感があっても良いかもな、という雑記。
近況
ゼンレスゾーンゼロ、初めてまともに遊んでいるソシャゲかもしれない。
サービス開始初期から最新までオンタイムでストーリーを追ってるし、プレイアブルキャラはすべて確保している。
1年かけて買い切りゲーム3-4本分くらいの課金をした。400時間以上は遊んでいるので、そこまで悪くない買い物だろう。

しかし最近は熱が冷めがち。
1周年を区切りにシーズンがかわり、過去キャラの存在感がなくなり、ぽっと出のキャラで話が展開される印象が強いからかもしれない。
ソシャゲの構造的に仕方ないのも分かる。
買い切りゲームと違い、アップデートで継ぎ足すのが基本。パッケージを丸ごと一新することはできない。だから、過去キャラの存在感を薄くして新キャラをフィーチャーする手法になる。その前提で基本プレイ無料なのもあり、新キャラ部分について課金を誘導させたいのも分かる。
そういう観点で、むしろ、サービス開始から時間が経って、ようやくソシャゲ・課金の本質に直面したのかもしれない。
無制限にお金をかけられてしまう仕組みなのもあり、改めて自分は何を買っていたのか考えてみる。
好きなところ
キャラクターのモーションが良い。
リリースされて1年以上経つが、いまだにAAA級のゲームと比べても良い。
3Dキャラとしてスリー/フォーマンセルを組んでアクションバトルするというゲームは珍しくない。AAA級ゲームとして、数十年続くRPGが3Dアクション化されるというのも良くある。
しかし、ゼンゼロと比べると数段劣る。シリーズの歴史とAAA級らしいPRのわりに、チープとすら感じてしまうこともある。そういう意味でゼンゼロは罪作りなゲームだ。
滑らかに動くモーションで爽快感のあるバトルは、未だに他のゲームで代替しがたい。ただ単純にリアルに動かしているだけでなく、アニメのようにツボを押さえてうまくデフォルメした演出だから良いのだろう。
キャラクターが活き活きと動くので、愛着も湧きやすい。
グラフィックが作り込まれていてボイスも魅力的なキャラは、他のコンテンツでも探せばいくらでも出会えるだろう。
なので、ゼンゼロ特有の強みを思うなら、やはりモーションからくる躍動感なのだと感じる。
こうしてキャラクターに興味が持てると、デイリーミッションのバトルもそこまで嫌じゃない。ゲームを起動してキャラクターを動かす動機が欲しい。
大してボリュームもないキャラクターイベントも、一応見ておきたい。そのためにガチャでキャラクターを引く必要があるが…
そこまで好きじゃないところ
エンドコンテンツまで遊ぼうとは思わない。
そもそも高難易度アクションゲームを遊びたいわけではない。それなら別に、高難度アクションとしてデザインされたゲームに取り組むほうが楽しい。
エンドコンテンツをクリアして何が得られるか?という問題もある。エンドコンテンツだけあってバトル以外の要素は簡素だ。ストーリーもほとんどない。クリアできるぐらい仕上がっているなら、ゲーム内報酬も要らないだろう。(残念ながらガチャ用のリソースが大量に手に入るわけでもなし。)
エンドコンテンツの報酬は達成感・満足感だけだ。
(まあゲームや趣味そのものが、満足感を得るための営みとも言えるだろうが。)
しかし「苦労した先に達成感を求める」という遊びは、私がゼンゼロに求めているものではないのだ。そもそも対人ゲームでもなく、育成要素があるアクションゲーム。私が勝っても敗者はいない。それならば遠慮なく、雑に遊んでも快勝できるぐらいの爽快感が欲しい。コストをかけて編成したのだから、そのくらいは欲しい。
なので、それにも関わらず苦戦するようなエンドコンテンツは、気持ちが萎えてしまうのだ。
さらに、やり込みのモチベーションを下げる要因として、相変わらずの説明の分かりにくさもある。以前からそうだったが、バトルまわりの分かりにくさは悪化し続けている。遊びはじめた当初から感じていた部分ではあるが…
そもそもホヨバゲーは、スキル説明文の分かりにくさをどうにかしたほうが良いと思う...
— UCH (@UCH_games) June 14, 2025
的確にはそういう表現なのだろうけど、かえって分かりにくくなった感がある pic.twitter.com/Y2OFTfsTJ2
さらに要素が継ぎ足された結果か、派手さを求めたインフレか。
相変わらずキャラクターの説明には新出の独自用語が飛び交うし、敵味方のエフェクトやモーションも激しくなってくるし、ダメージ・状態異常表記が重なるせいでカメラワークや視認性が悪すぎる。
「敵が振りかぶるのを見てパリィする」のような本質的なバトルの面白さが薄まっている気がする。
残念ながら、敵の動きを観察せず、無敵モーション・行動阻害モーションの強い技を叩き込みつづけるだけで、そこそこのコンテンツはクリアできる。
だから、ソウルライクのような高難度、あるいはローグライクのような周回前提のアクションに気合を入れて取り組むタイプの遊びは、ゼンゼロには求めにくく感じてしまう。
なんのための課金?
キャラクターを見るため。
キャラクターを入手すれば、操作する機会も増えるし、ちょっとしたイベントも見られる。
もちろん、入手したからには編成してエンドコンテンツで試したい気持ちもある。しかし私にとっては、エンドコンテンツのために課金して強化するのは目的と手段が逆転している。
(いわゆる「凸を進める」、「モチーフ武器を確保する」部分のこと。)
最近は、持ってないキャラでもバトルで使用できる「お試しモード」なんていうのもある。エンドコンテンツを遊ばないのであれば、もはやキャラクターを入手しなくても操作の機会はそこまで変わらないのかもしれない。
そもそもキャラクターを見ていたいというのは、そのキャラクターへの愛着に由来するものだった。
しかし、これも少し怪しくなってきた。
キャラクター数が増えれば当然だが、バトル上の役割が重複するキャラクターが出てきている。もちろん後発のキャラクターのほうが強い。上位互換というやつだ。
過去に使いこんだキャラの出番が完全に無くなってしまう経験も積み重なってきた。
冒頭に書いたとおり、ソシャゲの宿命とも理解している。しかし時間とお金をかけても近いうちに無駄になると実感してしまうと、魅力的な新キャラクターが登場してもコストをかける興が削がれる。
まとめ : ほどほどの熱量で嗜む
振り返ってみると、どちらかというとネガティブ寄りの文章になった。
今ぐらいの熱量なら、課金しなくても良いかもしれない。(ニーズがあれば復刻ガチャをしてくれるということも分かったのもある。)
でも、今まで楽しかったのも事実なのだ。でなければ400時間も遊んでこなかったし、課金してまでキャラクターを揃えようとも思わなかった。
嫌いになったわけではないし、これからもストーリーは追い続けるだろう。ストーリー・群像劇は、まだまだ面白いと思える。幸いそれは無料で提供されている。
有料部分について、そこまでお金を払うほどでもないかな、と感じただけだ。だからといって無料部分を手放すには惜しいぐらいには、ゼンゼロは面白いとも思う。
