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ロンドン ナショナルギャラリーの名画散歩 英国滞在11日目

ロンドン滞在の最終日は、午前中に、ナショナル・ギャラリー、午後は、コートールド・ギャラリーで、絵画鑑賞ざんまいという計画を立てましたが、結果的に、ナショナル・ギャラリーの見事な作品群に圧倒されて、コートールドに行く時間がなくなってしまいました。

コートールドは、また今度、ということにしました。次の楽しみを残しておくのが、旅のコツですね。

10時の開館時間の15分前に着きましたが、すでに長い行列(queue)になっていました。特別展は、ゴッホ展(Van Gogh: Poets and Lovers)でしたが、当日はチケットが売り切れのため入れませんでした。目当てはゴッホではなく、あくまでもフェルメールです。

常設展のqueueです  反対側のqueueが、ゴッホ特別展です。

ナショナル・ギャラリーが設立されたのは1824年なので、今年2024年は開館200周年ということになり、様々なプログラムが行われていて、ゴッホ展もその一環です。

入場料は、美術館の創設当時から無料です
市民のための市民の美術館、という哲学が生きています

太陽光を思い切って取り入れているこの建物は3代目です。1830年代に建設されたということは、初代と2代目の建物は短命だったということになります。

ドーム型の天井から自然光が入ってきます

1  ホイッスルジャケット  (ジョージ・スタッブス)

この馬の絵を見たら、まず忘れないでしょう。馬一頭のみの絵です。背景は全くありません。もちろん背景は描かれていますが、無地。それに等身大の馬。解剖学に関する書籍があるジョージ・スタッブスだけあって、写真ではと思わせるほど写実的かつ躍動的ですね。

私の知り合いに、馬に魅せられた美術の専門家がいます。一緒に競馬場に馬を見に行ったことがありますが、その人に、美しいでしょと同意を求められても、その時は適当な返事をしておきましたが、この絵を見てやっと、馬は美しいものだと認識しました。

ホイッスルジャケット ジョージ・スタッブス

このホイッスルジャケットという馬は、競走馬として4回走って1回は優勝したそうですが、それ以上の成績は残さなかったとのことです。馬主はヨークシャーの貴族ロッキンガム候で、馬種は純血アラブ種で現在のサラブレッドにつながる血が流れているそうです。

私は、馬の尾がこんなにフサフサしているのかなと思ったのですが、写真などを見ると、やはりこうなっていますね。ホイッスルジャケットの尾には、白色が混じっていることで、フワフワ感が出ているのだと感じました。黒色の尾をしている馬が多いような気がします。馬のしっ尾なんで、あまり注目しませんからね。

この絵の展示室は34番ですが、36番と35番からも見通せる正面の位置に展示してあります
35や34の展示室にいても、馬の絵に引き寄せられてしまいます


2  鏡のヴィーナス (ディエゴ・ベラスケス)

鏡のヴィーナス  (ディエゴ・ヴェラスケス)

厳格なカトリック教国スペイン出身のベラスケスが、イタリア滞在中に描いたとされる傑作です。裸婦画に対する弾圧が激しかったスペインに比べて、イタリアの開放的な雰囲気も手伝って描けたのではないか、と思います。

ヴィーナスは、鏡に映った自分の顔よりも、微妙に視線が、キューピットの手にかかっているピンク色のリボンに注がれているように見えます。このリボンは何を象徴するのか、という論争もあるようです。

西洋絵画にヴィーナスを描いたのは、数多あまたありますが、ヴィーナスの後ろ姿を描いた作品は、珍しいですね。いきだと思います。

「鏡のヴィーナス」の説明ラベル
17世紀半ばのスペインでは、女性の裸体の絵はめずらしいとのこと

ベラスケスの最高傑作とされる「ラス・メニーナス」でも、鏡が巧みに使われています。この絵の鏡の中に国王夫妻が写っています。夫妻が見ている視点から、絵が描かれ、夫妻を描いている自分自身も描写しています。複数の視線が、この絵の中で、複雑に交差しています。

ラス・メニーナス  ベラスケス
1656 - 1657年 (プラド美術館 マドリード)

「鏡のヴィーナス」の中の鏡に映っているヴィーナスの顔は不鮮明で、これだけ切り取ると、とてもヴィーナスの顔だとは思えません。

ただ、絵全体の中では、鏡に映るヴィーナス像が果たしている役割は小さくなく、ぼかすことによって顔よりも、ヴィーナスの背中からお尻にかけての、リアルな肉付きと肌の白さが輝きを放っています。

だから、「鏡のヴィーナス」というタイトルはあまり相応しくないように思います。ナショナル・ギャラリーの説明では、The Toilet of Venusになっています。だから、「ヴィーナスの化粧」という別のタイトルもあります。

ここがトイレ? という疑問が湧きますが、17〜18世紀の英語では、Toiletには、「身支度、化粧、身だしなみ」という意味があったそうです。愛と美の女神であるヴィーナスといえども、身だしなみをするわけです。

3  ヴァージナルの前に座る若い女 (ヨハネス・フェルメール)

ヴァージナルの前に座る若い女  (ヨハネス・フェルメール)

実は、ナショナル・ギャラリーに入ると、2つのフェルメールを目当てに、Room 16に直行しました。朝一番に、見たい所に行くのが、旅の鉄則だと思います。まわりにあまり人もいないし、ゆっくり静かに鑑賞できるからです。

フェルメールは、1675年に亡くなっているので、この絵は晩年の作品です

Room 16に行くと、チェンバロに似た鍵盤楽器ヴァージナルの前に座ってこちらを向いている女性の絵が、目に入りました。でも、左隣りの絵がちょっと違うと気がついたのです。見たことがない絵です。

2024年9月20日 National Gallery Room 16

通常であれば、左側には、「ヴァージナルの前に立つ若い女」があるはずです。Room 16や周辺の展示室を探しましたが、見つかりませんでした。あえて、どうなっているか、スタッフに尋ねることもしませんでした。貸し出しや修復など、何らかの事情があるのでしょう。次回の楽しみに取っておきましょう。

ナショナル・ギャラリーのHPによると、開館200周年ということで、選りすぐった12の作品が、英国内の11の美術館に貸し出されています。その1つに入っていたわけです。

YokoさんのCoziness and Adventureより
鍵盤楽器のヴァージナルに注目

では、「ヴァージナルの前に座る若い女」の絵に注目しましょう。私が以前から気になっていたのが、ヴァージナルという楽器です。15〜18世紀のヨーロッパでは主流だった鍵盤楽器です。

なぜ、ヴァージナルの上に風景画が置いてあるのか、不思議に思っていたのですが、これは絵ではなく、ヴァージナルのふただということが、近くで見てわかりました。

さらに、ヴァージナルの側面が大理石のようなデザインで、平板で紙を貼り付けたように見えて、違和感があったのです。

でも、このような装飾性豊かなヴァージナルは、当時、結構あったようです。ただ、このようなヴァージナルを所有できるのは、かなり裕福な家庭だったのでしょう。

それから、右上に掛かっている絵に注目しましょう。これは実在の絵です。現在は、ボストン美術館に所蔵されている、「取り持ち女」(the Procuress)という作品で、1622年頃に、オランダの画家ディルク・ファン・バビューレンによって描かれました。フェルメールが「ヴァージナルの前に座る若い女」を描くよりも、50年も前の作品です。

https://collections.mfa.org/internal/media/dispatcher/1150839/preview;jsessionid=CB1F9A0496757E24AF4D7EFE4922D551

The Procuress    By Dirck van Baburen
(Dutch, 1590 to 1595–1624)
1622

売○婦が、客とイチャついていて、右側は男性ではなく、仲介する取りもち女です。取りもち女が、この女はかなり高いよと、男性客に言っているところです。男は左指にコインを挟み、右手は女性の肩を抱いています。かなり官能的というかワイセツな印象を受けます。

この「取りもち女」の模倣画を、フェルメールの義母が持っていたらしいです。フェルメールは、この絵が気に入っていたようで、盗難にあって現在も行方不明の、「合奏」というフェルメールの作品の背景にも、「取りもち女」を描いています。

縦に女性が並び、影のようにもなっている

フェルメールは、どんな意図を持って、こんなワイセツな絵を背景に掲げたのでしょうか。よく言われるのが、音楽の調べと官能性を表現していると言われています。

私が思うには、売○婦と上流階級の若い女性を縦に並べることで、あるいは、若い女性の、ちょうど陰になるような位置に、売○婦を配置することで、女性の複雑な多面性や神秘性、淫美性を表現したかったのではないか、ということです。

フェルメールの絵をじっくり見た後に、気になるのが隣に掲げられた、「バージナルのそばに座る男と女」(ハブリエル・メツー)の絵です。ます。

4  ヴァージナルのそばに座る男と女 (ハブリエル・メツー)

まずはじっくり見てみましょう。ちょっと見ると、フェルメールの作品かなと思えてしい

ヴァージナルのそばに座る男と女 (ハブリエル・メツー)

ハブリエル・メツー(1629 - 1667)は、オランダ・ライデン出身の画家です。フェルメール(1637 - 1675)とほぼ同時期にオランダにいたことにいたことになりますが、接点があったかどうかは不明です。フェルメールは、出身のデルフトからほとんど出ることはなかったと言われていますので、接触はなかったかもしれません。

ヴァージナルの前で、女が男に楽譜を差し出しています
男は女にワインを勧めています
「ヴァージナルのそばに座る男と女」の説明ラベル

オランダ絵画で音楽は、暗に愛を表すものだと説明ラベルにありました。予備知識がなくても、この絵を一目見て、ヴァージナルの前で男女が愛を交わそうとしているとわかります。

この絵から、ショートストーリーがいくらでもできますね。男のそばのテーブルには、ヴァイオリンがあるので、男女がヴァイオリンとヴァージナルで合奏をしましょう、ということになりました。

女は、ヴァイオリンの楽譜を渡しながら、あなたのパートはこれですよ、と言う。すると、男は、その前に、一口、ワインをお飲みなさい、と勧める。

私は、この細長いグラスが気になりました。シャンパングラスのように細いですが、フルート・グラス(flute glass)と呼ばれるこのタイプは、17世紀よりももっと後になってから主流になるようです。当時は、下のRoemerが一般的でした。

メトロポリタン美術館HPより

女の視線は、差し出されたワインに注がれています。どうしようかな、飲もうかなと考えているようにも見えます。

なぜ、メツーは、当時一般的でなかったこのフルートグラスを描いたのでしょうか。何らかの意図が隠されていると思います。とても淫美な考えも浮かびます。やはり、音楽と愛は、切っても切り離せない関係とされていたのでしょう。

楽器で合奏するというような、共同作業は一体感も生み出します。

フェルメール作品と2つ並んだところを、もう一度少し離れて眺めてみましょう。私は、この2つの作品を並べたのはさすが、ナショナル・ギャラリーの学芸員さんだと思いました。

右のフェルメールの絵で、音楽と愛が密かに暗示され、左では、メツーの絵であからさまな愛の行為を、並べて展示しているわけです。

絵は、見る人の想像をかき立ててくれます。

結局、4作品の名画散歩になってしまいました。よろしかったら、第2弾の記事もご覧になってください。6作品の名画散歩です。

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