春になれば、
あしたから、いよいよ春が来るらしい。誰も言わないけれど、気配がする。気配を感じようとする、わたしがいる。
仕事がどうも手につかないのは、きのうの眠りが足りなかったせいか。ぐずぐずと連絡や請求をこなして、年度終わりの一日を。
予定していた分の作業は終わらなかった。それもこれも春のせい。春を察知する心と体のせい。浅いところから奥のほうへ、春のなかを進む途中の空気に、満ち満ちている。
夕方、あきらめて外へ出た。春に移行するいっしゅんのためのプレイリストをつくった。われながら、よく揺らすよ。揺れたくないと言いながら、揺れるのをよろこんでいる。
だいたい一曲目から、音がうねっている。小さなつぶつぶが集まって、太い帯になって、帯のままうねっている。あれ、これ見たことのある景色だ。一年生の時に劇をしたスイミー。全力でイソギンチャクを踊った、あのスイミーの絵。
いつのまにか音は夜。
KIM OKIのあとに、夜のメロディ。
春の夜にぼくら
からっぽになるまで
ひらひらと舞う花びらの中にいた
大人になって、春のこわさが分かる。子どもの時だって、感じていた。春のこわさを話してくれる大人が、周りにいなかっただけだ。
春を一年の切り替えどきにする意味が分からないな。最初に制定した大人は相当、鈍感ものだったのだろうな。この世に暮らすのは大人だけでなく、男だけでなく、健康体だけでもないのにね。
いいんだよ、できなくていいんだ。悲しくていいんだよ。こわばっても、怒っても、分からなくてもいいんだ。
いつかきっと、来る。あなたがあなたのままでいられる誰かが、一番いいときに、あなたの前にあらわれる。そしてあなたは、しっかりとそれに気づく。この人だ、と心が言う。揺れるよ。そりゃあそうだ。それだけの相手だから、仕方がない。春は芽生えの季節なんだ。いのちが生まれる季節なんだよ。だからもう、こわがらなくていい。そもそもこわいものなんだから、春ってやつはね。
「まだかな。」だなんてさ、
眠りの中で。
「まだ、だな。」だ。
それを目覚めの中で。
「またかな。」だなんてさ、
廻る世界で、よじれて、進む。
春になれば、
春になればもう、
別れの数よりも笑いたいんだろ?
朝陽が眼に沁みて、
光はいっぱい。精、いっぱい。

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