【短編小説】蝋燭の心臓 #風まかせ文芸部
蝋燭の頼りない灯りが、白く煙る霧の中で揺れている。1メートル先も見通せないほど濃い霧の中を、キィキィとゼンマイを鳴らしながら自動人形が歩いていく。その隣には自動人形の半分ほどの背丈の少年が、手をつないで歩いている。
「アルバ、蝋燭は家までもちそう?」
少年が心配そうに自動人形の胸元をのぞき込んだ。アルバと呼ばれた自動人形は、小刻みに揺れる指で胸の蓋を開いた。そこには1本のちびた蝋燭が灯り、熱エネルギーを利用したいくつもの歯車が規則的に動いていた。
「はい、マスター。なんとか家まではたどり着けそうです」
「よかった。途中で止まっちゃったらぼくだけじゃ運べないもの」
少年に付き添う自動人形は、少年の父親の発明品だった。蝋燭の熱で動く人形は画期的で、発表当初は国中で話題なった。しかし、父親が馬車に轢かれ急死したことにより、その製法は謎に包まれてしまった。設計図は存在するものの、それ通りに作成しても、その人形が動くことはなかった。
「ねえ、アルバ。蝋燭が消えているときは、何かを感じるの?消える前は、何かを思う?」
好奇心旺盛な少年は、疑問に思ったことはなんでも聞かずにはおれない性分だった。自動人形は蝋燭が灯る胸に手を置くと、しばらく押し黙った。
「消えているときは、無です。何も、感じません。人の死と同意かは分かりませんが、それに近いのかもしれません」
少年は父親のことを思い、アルバの思いやりに感謝した。
「消える前は、怖くはないの?」
アルバの顔を見ると、表情は無いはずなのに不思議と困っているように見えた。両目についたガラスのレンズが、戸惑ったように霧の水滴で曇っている。
「怖くはありません。ただ……視界が狭まっていき、体が徐々に動かなくなっていく。これは……淋しいと言えるのかもしれません」
「淋しい……」
少年は自動人形の手を握りながら、黙々と霧の中を歩いた。今、アルバを動かす蝋燭は、最後の1本だった。
少年に母親はいなかった。少年を産み落とすとともに、彼女は天に旅立った。他に親戚や縁者もいない。父親が死に、少年に残されたのは、蝋燭で動く自動人形だけだった。
今日は父の古い友人に援助を頼みに行った。しかし、長く続く不景気もあり、アルバを置いていけば考えないこともない、という返答に肩を落として帰ることになった。もう、蝋燭を買うお金すら少年にはないというのに。
辿り着いた少年と自動人形を迎える家には、当然灯りのひとつもなかった。暗闇の中、自動人形の胸元だけがほんのりと優しく灯りをともし、少年の顔をオレンジ色に染めた。
「アルバ、今日はずっと起きてる。アルバが淋しくならないように、ここで手をつないで……起きてる」
そう言いながら少年の瞼はすでに半分ほど閉じられつつあった。幼い体で長い距離を歩き続けた。無理もないことだった。
自動人形は少年の頭をふんわり撫でると、子守唄を歌った。少年の父親がよく歌っていた歌だ。
〜 あなたは一番かわいい赤ちゃん
だから坊や、泣かないで
パパもママも愛してるわ
世界で1番 あなただけ 〜
蝋燭の灯りが最後のひと踏ん張りのように、ぼっぼっと明滅を繰り返す。不規則なゼンマイの音が少年の眠りの邪魔をしないように、自動人形は震える指で最後の炎をつまんで消した。
まだあどけない寝顔を目に焼き付けるように、両目のレンズを少年に向けると、自動人形は静かに目を閉じた。淋しさは、感じなかった。
闇に包まれた室内を、少年の寝息だけがスヤスヤと震わせていた。
*
「アルバ、今日の予定は何だったかな?」
髪に白いものの混ざった紳士が、鏡に映ったネクタイに苦戦しながら聞いた。
「マスター、今日は13時から学会があると昨日から散々言っていますよ。遅くまでチェスなどしているから忘れるのです」
自動人形は滑らかな動きで、マスターと呼ばれた紳士のネクタイを結んでやる。
「やれやれ、きみはいつまでたっても私を子供扱いするな」
「あなたはいつまでたっても、私のかわいい坊やですよ、エジソン」
エジソンは困ったように笑うと首を振った。
「行ってらっしゃい、マスター」
エジソンを送り出した自動人形は、流れるように主の散らかした部屋を片付け始めた。その胸にはフィラメントの灯りが煌々と灯っていた。
終
iさまの風まかせ文芸部「蝋燭」に参加させて頂きました。
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