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ギラン・バレー症候群 闘病記① 〜異変の始まりから緊急入院まで〜

はじめに

はじめまして。今から2年前の2023年の7月、私は「ギラン・バレー症候群」という病気を発症しました。私自身の闘病の記録です。同じ病気と闘う方やそのご家族、そして原因不明の体調不良に悩む方にとって、何かの参考になればという思いで、これから少しずつ体験を綴っていきたいと思います。
第1回は、体に最初の異変を感じてから、緊急入院に至るまでの約10日間を振り返ります。

ギラン・バレー症候群とは?

※以下は、私自身が入院後に医師の説明や資料をもとに理解した内容です。

どんな病気なのか?

ギラン・バレー症候群は、末梢神経の障害によって急に手や足に力が入らなくなる病気です。手足のしびれ感を伴うこともあります。人口10万人当たり年間約1~2人がかかるまれな病気で、子どもから高齢者まで、どの年齢でも発症する可能性があります。男性にやや多い傾向があります。

あらわれる主な症状

  • 風邪や下痢などの感染症状が1~2週間前に見られることが多い。

  • 症状は2~4週間以内に最も重くなり、その後は悪化しない。

  • 重症の場合、寝たきりになり、呼吸困難を引き起こすこともある。

  • 自律神経の障害により、血圧変動や脈拍異常が見られることもある。

なぜ起こるのか(原因)

この病気は、免疫系が異常をきたし、自分の神経を攻撃することによって発症します。約60%の患者の血液中に、末梢神経の細胞表面にある「糖脂質」の抗体が検出されます。この抗体が神経を攻撃することで病気が発症すると考えられています。

診断

  • 典型的な経過や症状、診察結果から診断が可能。

  • 神経伝導検査、脳脊髄液検査、糖脂質抗体検査を行う。

治療

  • 診断がついたら早期に血漿交換療法または免疫グロブリン大量療法を行う。

  • 症状のピーク時には人工呼吸器が必要になる場合もある。

  • リハビリテーションによる機能回復が重要。

  • 多くの患者は6~12か月で以前とほぼ同じ生活ができるようになるが、約20%には後遺症が残る。

  • 欧米では約5%が亡くなると報告されているが、日本では1%未満とされている。

参考文献

ギラン・バレー症候群 闘病記① 〜異変の始まりから緊急入院まで〜

2023年7月。あの日、私の日常は突然の体調不良から一変しました。まさかの緊急入院に至るまでの、濃密で、今振り返っても恐ろしい10日間の記録です。

異変の始まり:食中毒から体調不良へ

事の始まりは、2023年7月3日か7月4日、どちらかのお昼。自宅で鶏もも肉を焼いて食べたことでした。この時、焼きが甘い部分があったことを覚えています。7月5日には、ひどい下痢と37.7℃の発熱に見舞われ、単なるウイルス性腸炎だろうと考えていました。クリニックを受診し、コロナやインフルエンザの検査は陰性。腸の痙攣を抑える薬を処方され、様子を見ることに。

あとになって知ったのですが、この腸炎は、鶏肉の生焼けが原因のカンピロバクター食中毒でした。この細菌が、後に私のギラン・バレー症候群発症の引き金になったと考えられています。

7月6日、7日と体調は優れず、続けて会社を病欠。週末のランニングイベントのガイドランナーもキャンセルせざるを得ませんでした。

微妙な変化と症状の悪化

体調が少し回復したかと思っていた7月10日、冷蔵庫にあったルイボスティーを飲もうとしたところ、普段とは違う「苦味」を感じ、思わず捨ててしまうほどの違和感でした。味覚の異変は、今思えば初期症状の一つだったのかもしれません。この日の夕方には、トレランシューズを履いて近所の緑地を3.1kmほど散策できるまでに回復していました。

ところが、週が明けた7月11日、残業で仕事をこなしていた矢先、翌日には予期せぬ症状が現れます。

7月12日、起床時から急に左手に力が入らなくなりました。原因は不明。さらに、右足にもこむら返りのような違和感が現れました。

翌13日には、左指でキーボードが打てなくなるほど症状が悪化。会社を早退し、近所の脳神経外科クリニックを受診しました。脳のMRI検査を受け、「左手首の橈骨神経麻痺」と診断されました。この時はまだ「数日で治るだろう」とどこかで楽観視していました。


2023年7月14日:脳神経外科クリニック再受診から救急病院へ緊急入院

そして、運命の7月14日。早朝5時20分には、友人と予定していた大濠公園のランニングを急遽キャンセルする連絡を入れていました。この時はまだスマートフォンは操作できていました。

しかし、追い打ちをかけるように、右足にも力が入らなくなり、業務引継ぎをした上で会社を早退。近所の整形外科を受診しました。そこで神経内科への受診を勧められ、最終的に脳神経外科クリニックを再受診することに。

症状の進みがあまりに速く、事態は深刻だと判断され、「多発単神経炎の疑い」という病名で紹介状が出され、近所の救急病院に緊急入院となりました。

13時前には会社の同僚に電話で連絡を取りましたが、この時にはスマートフォンを操作するのも困難になっていました。一般病棟に入院し、翌朝から点滴が開始されることを伝えられました。


入院当日の友人とのやり取り(2023年7月14日 夜)

この日の夜、FacebookMessengerで友人たちと交わしたやり取りです。この時、すでに深刻な状況に陥っていることを感じていました。

20:19 私 救急病院に緊急入院。手足が動かず。検査しまくりました。まだ説明無し トイレも自分で出来ない 一言で運動神経麻痺

Bさん いきなりどうしたんでしょう。とりあえずお大事に!

Yさん どうしたんですか? お大事にとしか言いようがないですが

スマホも打てなくなるかも 左手首はダラン。ダメ 右足首も背屈できない

Iさん 私が右腕麻痺しておおごとだと言っていたのに、そんなの比にならない症状ですね、、、心配ですね、、

Iさん とにかくお仕事は忘れて休まれてください…😢

この時の私は、これから始まる長い闘病生活をまだ想像すらできていませんでした。次回は、入院後の検査と診断について詳しく綴っていきたいと思います。


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