「産めよ働けよ。でも、お金は奪うね」ワーママたちへの罰ゲーム
「最近は、育児と仕事の両立がしやすくなったよね」
その言葉に苦しめられていませんか?
これまで、ワーママが直面する時短2時間では足りない「時間の算数」と、置き去りにされる「子どもの環境」について書いてきました。
今回は私たちが直面している働くうえでの拭えない違和感。
それは、社会や企業が突きつけてくる「お金と評価の合わない算数」です。
保育料という名の家賃と「子育て罰」
まず直面するのが、社会の制度が働き手に突きつける理不尽です。
夫婦で働き、高い所得税や社会保険料を納めているのに、いざ保育園に入れようとすると「世帯収入が高い」という理由で優先順位は下げられます。
やっとの思いで入園できても、次に待っているのは高額な保育料。
本来希望していたはずの園ではなくても、0〜2歳児クラス(満3歳の年度)まで「家賃かよ」とツッコミたくなるほどの保育料を払うのです。
ワーママ界隈ではこうした状況を「共働き罰(子育て罰)」と呼ぶそうですが、まさに何重にもお金の負担が課される「罰ゲーム」のようです。
成果主義とは何なのか。結局は「時間主義」の罠
会社で待ち受けている「評価の仕組み」も働く意欲を削いでいきます。
労働時間が短くなる分給料が下がるのは理解していますが、その実態には納得がいきません。時短勤務になると裁量労働の勤務体系(フレックス)から外れ、みなし残業代がなくなります。
賞与は部の業績と等級でほぼ決まり、個人の貢献はあまり考慮されません。
会社は「成果主義」への移行を掲げていますが、どれだけ効率よくミッションを達成しても、時短というだけで手当は外され、賞与のベース額から時短の割合分が一律でカットされます。
「働かないおじさん」と、大企業の仕組み
この違和感をさらに強めるのが、JTCならではの光景です。
社内には、いわゆる「働かないおじさん」たちがいます。
たまに出てくる資料も新人レベルで中身が薄く、言い訳をしては誰かに仕事を押し付けるような人も。
それでも彼らは「フルタイム」というだけで、みなし残業代も賞与も満額支給。ただ長く勤めて等級が上だというだけで、成果を出している時短社員よりもはるかに多い給与をもらっています。
自分もあんなふうに『ぶら下がり社員』になれたら、どれほど楽だろう。
日々時間に追われる中で、そんな皮肉が頭をよぎるのです。
もっとも、私が「働かないおばさん」になったころには、年功序列も終身雇用も保証されていないかもしれませんが。
税金と格差。資本主義のリアル
理不尽な評価に耐えて必死に働いて得た給与。
しかし、ここからさらに容赦なくお金を引いていくのが社会の算数です。
自らの努力で給与を上げても、日本の所得税は累進課税のため、稼ぐほど重い税金と社会保険料が引かれます。
まさに「働けよ、でもお金は奪うね」という構造です。
一方で、集められたお金の多くは高齢者向けの社会保障に充てられ、子育て世代への還元はごくわずか。
将来の年金も「納めた額を下回る可能性があるから自分で運用してね」と突き放されるのが現実です。
痛感するのは、結局「もともと資産を持っている人が強い」ということ。
労働で給与を上げた層には重い税金がのしかかる一方で、実家が裕福な「資産」を持つ人たちは、子どもにかけられるお金も時間も余裕が違います。
各種手当の所得制限は「収入」のみで判断され、潤沢な資産があっても手当が振り込まれるという矛盾もあります。
未来に光を感じられる世の中に
我が家は幸いにも、それなりの所得を得られている環境にあります。
それでも、妊娠・出産・育児にはお金がかかるのを痛感、毎月引かれていく税金や保険料の額にも驚かされます。
時間も、環境も、そしてお金の算数も合わない社会。
「産めよ働けよ」の掛け声だけでなく、もっと若者たち、子どもたち、そしてこれからの新しい命に光が当たる。
そんな未来に希望を感じられる世の中になってほしいと、切に願います。
