底辺職業だと言われた介護士の両親
小さな街の訪問介護事業所の責任者である母はいつも忙しそうに働いています。
私の両親は、私が生まれる前から現在までずっと介護の業界で働き、家では私と弟二人の三人の子供を育てる、ごく普通の5人家族のお父さんお母さんです。
母は、毎日のように仕事の電話が携帯にかかって来ては何十分と会話をし、夜も遅くまで事務作業、緊急の電話がかかって来た時はどんな時間でも利用者さんの元へ駆けつけていました。
しかし私は両親に疎かにされたと感じたことが不思議なくらい一度もありません。
あんなに忙しそうにしていたのに、習い事の送迎や面談、授業参観や運動会などの学校の行事にも絶対に参加してくれていました。
長女でわがままだった小学生の頃の私は、父に「おやじの会」という、いかにも父が苦手そうな会に入って欲しいと頼んだのですが(笑)、嫌がるそぶりもせずに参加してくれ、母も学校の役員を喜んでしてくれていました。
私がやりたい、やって欲しいと言ったことを私の両親が否定したことは一度もありません。
そんな両親を私は幼い頃から誰よりも尊敬していましたが、まだ幼かった私は「介護の会社なんて継ぎたくない!」と言い放ったことがあります。恐らく私は幼いながらに父と母が大変そうにしている姿を見て、そうはなりたくないと思ってしまっていたからだとは思うのですが、今ではとても後悔いています。
しかしそんなことを言われても母は笑って「全然大丈夫よ継がなくて、お給料も少ないしここは私で最後にするから」と言っていたのを覚えています。
私は今になってその発言をとても後悔し、母の言葉が今も忘れられずに私の心の奥底に残っています。
今から約2年前当時私は高校生、とあるニュースが話題になっていました。
内容は ”底辺の仕事ランキング”
”世間一般での底辺職業”として12の職業が就活サイトで紹介され
・底辺職①
・底辺職②
というように次々と職業が書かれており、その10番目に介護士と書かれていました。
当時私は怒りを覚えましたが、母は「底辺なんてやだね」と言うだけであまり気にしていないように見えました。
皮肉にも”世間一般での底辺職業”と書かれていたどの職業も、社会に、生活に無くてはならない存在、そして今の日本が築き上げられているその基盤となっている職業だと感じました。
ネットで頼んだものが翌日には届く、街が綺麗に保たれている、耐震性や高い技術で作られている建物や道路、世界的に高い評価を得ている日本の接客。
これらはどれも、その職業に責任や誇りを持って日々働いている人々によって築き上げられたものであり、海外生活を経験た私はさらに強くその素晴らしさを感じています。
そしてそれらが決して”当たり前”のことでは無いと言いたいです。
両親の職業でもある介護士というものは、体に負担がかかり、思いやりを持って人と接し、人のお世話をし、人よりも多くの出会いと別れを経験する職業。
確かに報道にあったように肉体労働で、同じ作業が多い職業かも知れない。
ですが、誰にでもできるような簡単な職業ではなく、だからと言って苦労が多くやりがいのない、つまらない職業だとは言えと思います。
振り返れば父も母も仕事の話を楽しそうにしていたり、笑顔で利用者さんと接している姿を見ると、本当に好きな仕事ができているのだなと思い、介護業界の魅力が今になってわかるようになって来たと感じています。
介護士の両親を持つ娘として私は両親の職業を心から尊重し、現在の後期高齢化社会を支える欠かせない存在であると胸を張って言いたいです。
一方家では私たちの父と母として、家族の中心にいていつも見守ってくれている両親を、私は誰よりも尊敬しています。
後に母は市のインタビューでこう語っています。
「3人の子供の子育てと仕事との両立は簡単なものではなかったが、どちらも中途半端にはできないと、とにかく必死だった」
「利用者さんの人生の残りの数ページをいっしょに過ごすことができる仕事です。人生をその人らしく締めくくるために、支えることが私たちの使命だと思います」
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