🇵🇱今も爪痕残る、第二次大戦の開戦の地ヴェステルプラッテを訪れる
前回はポーランドの世界遺産、マルボルク城を訪れました。
今回はポーランドのグダンスクにあるヴェステルプラッテ(Westerplatte)という地区を訪れます。
ヴェステルプラッテで起こったこと
第一次世界大戦でドイツが敗北するとヴェルサイユ条約により現在のポーランド・グダンスクは国際連盟による管理下の自由都市ダンツィヒとなりました。ダンツィヒ市内`マルトゥファ・ヴィスワ川の河口にある半島、ヴェステルプラッテはポーランドの飛地となり、国際連盟の承認の下1926年からポーランド軍が駐留していました。
ダンツィヒは主にドイツ系住民が住んでいて徐々にナチス寄りになり、1933年の選挙によってナチスがダンツィヒの政権を掌握します。
第一次世界大戦の領土分割でポーランドが復活したことにより、ドイツ帝国の一部だった東プロイセンがドイツ本土と分離され、それに対してナチス政権は大きな不満を持っていたそうです。

そんなさなか、ポーランド侵攻は1939年9月1日、ヴェステルプラッテで起こりました。ダンツィヒに親善訪問の名目で訪れていたドイツの戦艦、シュレスヴィヒ・ホルシュタインが宣戦布告なしにヴェステルプラッテを砲撃。

当時ヴェステルプラッテには200人前後のポーランド兵が駐留していた一方で、ドイツ軍はシュレスヴィヒ・ホルシュタイン、複数の水雷艇、1隻の地雷探知船に加えて、地上部隊が1700人超、航空部隊2隊が参加し、ドイツ軍の当初の計画ではヴェステルプラッテは12時間で陥落するはずだったそうです。ところが、ポーランド軍は7日間も持ちこたえました。

9月3日、ポーランドとの相互防衛条約に基づき、イギリスとフランスがドイツに宣戦布告したことでヨーロッパにおいて第二次世界大戦が勃発しました。
ヴェステルプラッテを訪れる
そのヴェステルプラッテには追悼碑のほか、当時のポーランドの軍事施設などが保存されているということで今回訪れてみました。
グダンスク旧市街のすぐ外からバスで30分ほどの道のりです。

当時5つの衛兵所といくつかの兵舎やバンカーなどから成っていた半島で、バスで到着すると週末だったこともあり多くのポーランド人が訪れていました。
時が止まったかのように今も残る当時の建物群
ポーランド軍とドイツ軍の攻防の地図を見ると右下にシュレスヴィヒ・ホルシュタインが記されています。北には水雷艇、東と西からは地上部隊、対岸からは砲撃と完全に包囲されたヴェステルプラッテ。

歩いてみるとところどころにポーランド侵攻についてのパネル展示があります。

第5衛兵所は2階建ての建物で2日目の9月2日にドイツ軍の砲撃で崩壊し、7人が亡くなりました。2007年に地中に埋まっていた土台が掘り起こされたそう。

9月7日にヴェステルプラッテは陥落し、9月21日にはヒットラー自らがヴェステルプラッテを視察しました。そのときの写真がありました。

一部軍の敷地のようで立ち入り禁止になっている箇所も。

バルト海沿いの防御壁。

半地下になったバンカー。

監視塔。

一番被害の様子が伺えるのがこの兵舎。

建物内は立ち入りできるようになっています。入口に「入場は自己責任。健康や命に重大な危険が及ぶ。」とちょっと恐ろしい警告が。

何人か入っていたのでちょこっと入ってみました。75年以上崩れ落ちたままのコンクリート。補強してあるようにも見えません。

コンクリートというよりは紙っぺらのよう。

階段があるので以前は地下にも行けたようですが、さすがに危なそうで閉鎖されていました。

5つあったうちの衛兵所の一つ。壁に弾丸の痕跡が見えます。

かつてあった鉄道路線の門。これは再建されたそう。

75年以上経った今も多くの建物が残っていてびっくりしました。
ドイツ軍に立ち向かったポーランド兵を称えるメモリアル
犠牲になったポーランド兵を追悼するメモリアルがありました。

15人のポーランド兵が亡くなったそうです。ドイツ人兵の死者数は公表されなかったもののドイツの犠牲の方が多かったよう。

1960年代に建てられたというポーランドの防衛にあたった兵士を称えたメモリアルもありました。

かなり大規模で如何にも共産主義的なモニュメント。

モニュメントの天辺からの対岸にあるかつてのダンツィヒの眺め。かなり至近距離です。

ポーランド語で「No More War」と書かれたサイン。

きれいな白い砂浜のビーチのある一見平和なこの地で第二次世界大戦がはじまったのかと思うとちょっと信じられません。

釣りをする地元の人々。

バス停近くのお土産屋さんにはガスマスクや手榴弾(を模した水筒?)など戦争関連のお土産が売っていました。このほかにもフードトラックや露店もいくつか出ていました。

今回ドイツから多くの第二次世界大戦やその後の冷戦に関する史跡を訪れてきました。70年経った今もその傷跡を見つけることができるドイツやポーランド。ポーランドでは特に多くのユダヤ人やポーランド人が虐殺されその傷が深いことが伺えます。
今年あたりこのヴェステルプラッテの地にもドイツによるポーランド侵攻の博物館がオープンするそうです。
グダンスクには2017年に開館したかなり大規模な「第二次世界大戦博物館」もあり、次回はそちらを訪れます。
