🇩🇪ナチス政権時代のミュンヘンを振り返る~敗戦国日本とドイツの大きな差
前回はミュンヘンのまち歩きでした。
今回はミュンヘンの2カ所を訪れ、ナチス政権下のミュンヘンを振り返ります。
ドイツと日本がどう「戦争」を伝えてきたか
ミュンヘンから始まったドイツの旅。とりわけ意図してるわけでもないのにナチス政権時代のドイツについて知る機会が多くありました。
「黒歴史をどう伝えるか?」或いは「何を伝え、何を伝えないのか?」ということはその国の政策によって随分と異なってきます。ドイツにおいてナチスやホロコーストの存在を否定することは違法だということは大学時代に言論の自由についての授業で学びました。今回ドイツを訪れて再確認したのは、「いかにナチスが卑劣で残虐な行為を行ってきたかをきちんと国民に伝え、二度と同じ過ちを繰り返さない」という明確なドイツ政府の政策やコミットメントです。
日本は例えば長崎や広島に投下された原爆については(アメリカの核の傘に守られて日本政府は曖昧な態度を取ってはいるものの)原爆の悲惨さを伝えるという努力が感じられます。ところが、日本が他アジア諸国などで行ってきた行為については「教科書問題」から見ても分かるように、その多くが伝えられていません。国立博物館や町の博物館に行って、日本による行為について知る機会があるでしょうか?
そしてなぜ同じ敗戦国の日本とドイツで「戦争を伝える」ということに関してこんなにも異なるのでしょうか?
ハウス・デア・クンスト(Haus der Kunst)
イングリッシュガーデンというミュンヘン最大の公園の隅にあるアートセンターのハウス・デア・クンスト。ナチス政権下の最初の大規模な公共事業として1937年に建てられ、礎石はヒットラー自らが据えたといいます。

ヒットラーのお気に入りの建築家、Paul Ludwig Troostの設計で、ヒットラーが好んだとされる新古典主義の建物。
内装は意外とシンプルでモダン。


現代アートの展覧会がいくつか開催されていました。



1階の入口近くにこの建物の歴史を紹介したエリアがあります。後に外された建設当初の記念碑。

美術館としてオープンした1937年の目録がありました。

アートがナチスのプロパガンダとして利用され、ヒットラーの肖像画も。

ナチス政権が度々利用したビアホール、Hofbrauhausの広告が。

オープニングにはパレードが行われ、6千人もの参加者と多くのフロートで盛大に祝われたようですが、ナチスのアートに懐疑的な人が多く期待したほど観客は訪れなかったのだとか。戦後すぐは米軍の施設として使われ、取り壊されることもなく現在でもアートセンターとして使われています。
敢えて解体せずにしかも当時と同じ美術館として人々に訪れてもらい「伝える」ということを選んだドイツ。このアートセンターはバイエルン政府が最大株主ということで、自治体レベルでもコミットメントが伺えます。
ルートヴィヒ・マクシミリアン大学の「白バラ抵抗運動」記念館
イングリッシュガーデンからそれほど遠くないところにあるルートヴィヒ・マクシミリアン大学には「白バラ抵抗運動」の記念館があります。

「白バラ抵抗運動」とは、第二次世界大戦中、ルートヴィヒ・マクシミリアン大学に通っていた医学生、ハンス・ショルとアレクサンダー・シュモレルを取り巻く学生と一人の教授から成るグループによる運動。 ハンスの妹ゾフィー・ショルもこの大学の学生で兄と共にこの運動に参加します。
第二次大戦中、ハンスを含む医学生は野戦病院の医療スタッフとしてポーランドやセルビア、ロシアなどの前線に召集されました。召集前もナチス政権に抵抗して反戦、反ナチスのビラを配っていましたが、召集され戦争の残酷な現実を目にした彼らは帰国後も運動を続けます。ナチスによって禁じられた本を読む集会を開いたり、更に多くのビラをまいたりし、ミュンヘン以外の都市にも運動は広がります。結果、参加者の多くがナチス政権によって逮捕され、ハンスやゾフィーを含む7名が処刑され、60人ほどが懲役刑となりました。
ドイツの多くの通りや広場の名前にはハンスとゾフィーの名前が付けられ、彼らの名前の付いた学校は他のどの名前よりも多いそうです。
そんな彼らのストーリーを記念館で学んだあとは大学構内をぶらり。

ビラを配り集会を行っただけで死刑となった学生たち。彼らもこのレクチャーホールで勉強をしていたのでしょうか?将来有望な若い命がなぜ奪われなければならなかったのか。

1840年に建てられたという歴史を感じる建物。希望に満ちていたアメリカの大学時代を思い出しました。

余談ですが、ふと教室の前を見ると透明のシートに書いたり印刷したりしてライトで投影するOHPがありびっくり。てっきり世の中から消えたと思っていたのに、まだ使っているのでしょうか?

今回はミュンヘンの2カ所でナチス政権時代のミュンヘンを振り返りましたが、ニュルンベルクやベルリンなどでも振り返ります。
