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【福岡】リッチでエレガントな戦跡探索 | 18きっぷツアー2005(後編) | 2005年アーカイブ


<前編はこちら>

再び小倉駅へ戻り、レンタカーを借りる。そして、この日のメインとなる北九州の戦争遺跡「高倉堡塁跡」へ向かった。

前回の帰省時には雪のため訪問を断念しており、今回はそのリベンジである。

しかし、現地へ近づくにつれて、本当にこの道で合っているのか分からなくなる。それでも、とりあえず先へ進む。


車を停め、そこからおよそ3キロ歩くと、開けた広場の奥に突然、遺構が姿を現した。広場に面して、8棟の掩蔽部が並んでいる。予想以上に規模が大きい。


掩蔽部群のほぼ中央には、「高倉堡塁跡」の石柱。


政令指定都市の都心近くにありながら、よく保存された良質な遺構だ。


2番掩蔽部から横の連絡通路を撮影。
右端の掩蔽部だけは独立しており、通路は左側の2番から7番までを結んでいる。


後ろぼかし写真に挑戦中の筆皇
厳しい視線から本気度は伝わるが、目線を入れると、いつもと同じ顔にしか見えないのがすこぶる残念である。


あちこち歩き回るうち、一番端の遺構で、何やらトラップらしきものを発見。入口の奥にはペットボトルが見える。どうやら誰かが住みついているようだ。

となると、入口に仕掛けられた黒い物体は、食料を捕らえるための罠なのか。はたまた、捕らえた獲物を保存するためのものなのか。
捕まって食べられたくないので、右手に石を握り、奥へ向かって声をかけてみたが、返事はなし。


思い切って、中へ飛び込んでみる。

脳裏をよぎったのは、白骨死体が横たわっている光景。

…しかし、散らばっていたのは飯ごう、シュラフ、トイレットペーパー……。
生活臭はぷんぷん漂っているが、人影はない。

ほっとしたような、がっかりしたような…。


その後、最初の広場へ戻ると、先ほどまで誰もいなかったはずなのに、一人の男が歩いていた。
壮大な遺構には目もくれず、足元を眺めながら、あてもなくぶらぶらしている。

筆皇と小声で確認し合う。

「さっきの主だ」

それでも、日本人として最低限のあいさつくらいはしておこうと声をかけると、意外にも気さくな返事が返ってきた。
見た目は自分たちと同年代くらいで、身なりもごく普通。どうやら、先ほどの遺構の住人ではなさそうだ。

何をしているのか尋ねると、運動を兼ねて週に一度ここまで歩いてくるという。足元を見ていたのは、ふきのとうを探していたからとのこと。

お兄さんは、我々のエレガントな格好を見て、役人か教員だと思ったらしい。単なる趣味で来ていることを説明すると、自分のことも話してくれた。

年齢は36歳。その体つきを見る限り、少し年下の自分たちよりも、はるかに体力がありそうだった。

遺構について色々尋ねてみると、この先にも、まだ見ていない遺構が数多く残っているとのこと。
お兄さんは、ふきのとう採りを中断して、あちこち案内してくれた。

最初、勝手に怪しい人物だと疑っていたが、怪しいどころか、大変お世話になることとなった。
頭にタオルを巻いたスーツ姿の男達に警戒され、さぞ気味が悪かったことだろう。申し訳ない。


せっかくなので、シャッターを押してもらう。

朱印倶楽部「筆皇」
公式ポーズの1つである

あちこち案内してもらっているうちに、次の場所へ向かう予定時刻を大幅に過ぎてしまった。まだ見ていたかったが、お礼を言って退却する。

別れ際、お兄さんにメールアドレスを伝えると、新しい情報があれば送ってくれるという。人見知りの二人組ではあるが、こうした旅先での出会いは、やはり楽しい。


次は、公園として整備されている手向砲台跡へ。
ここでも、とりあえず公式ポーズ。

(撮影:高そうな一眼カメラを持ったおじさん)

続く門司港レトロでも、とりあえず公式ポーズ。


(撮影:一人旅風のお姉さん)

しつこく公式ポーズ。

(撮影:家族連れのお母さん)

初日の北九州で予想以上に体力を消耗した三十路二人組は、小倉駅でラーメンをすすり、小倉港へ向かった。

ここから夜行フェリーで松山へ渡る。


<おわり>

↓ こちらは大人数のツアーレポート


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