【あがり症|仕事編8】ASDの思考ループはとまらない、のがデフォ|ふるえるままに、すすめ8
これまでのおさらい
極度のあがり症と対人恐怖で大学を中退した、『うに』。ひょんなことから大きな研究所の中にある某事務局のたったひとりの局員として勤めることに。「人と会わなくていい仕事だから、ASD的な性質のある『うに』にはパラダイスなはず」と思ってたら、『これ、思ってたんと違う……』ってなるお話です。 いろいろな人に出会って揉まれて、『うに』なりに成長して、いつか『うに』から人間になれるかな?(まだまだしばらくは『うに』が主役)
研究所の朝は、まだ人が少なくて静かです。
うにはいつも始業の三十分前に最寄り駅に到着。
研究所までの坂道をのぼりながら
途中のコンビニでコーヒーを買います。
資料室に到着。
鍵を開けて入室。
だれもいません。
誰かに挨拶する必要もありません。

ブラインドを上げて窓を開けて、
外の新鮮な空気を少し入れます。
小鳥のさえずり声や、樹々の匂いも入ってきます。
3階にある資料室の窓が面しているのは
桜並木の遊歩道です。
窓から見下ろすと、
多くの教授や研究員や学生たちが
広大な敷地内の目的とする場所へ向かって
速足で歩いていく様子が見えます。

こんなにたくさんの人が
国を代表する難しい研究を
日々コツコツとやっているのか
と思うと、本当に不思議です。
今この瞬間に、うにの魂が
あの中の誰かの脳内に乗り移って
全く見知らぬ人の人生を
1日体験できたら
どんな感じなんだろう。

うっかり忘れ物なんてしないんだろうな
IQ150とかある研究者の
脳内体験とかしてみたいな。
うにみたいに、しょーもないことで
悩んだりしていないんだろうな。
人が怖くて友達がいないとか。
誰かと一緒にご飯が食べられないとか。
一生懸命普通にしているつもりなのに、
気がついたら場から浮いてしまっているとか。
どこに行っても
自分の居場所なんてない感じがするとか。
だからひとりになると
寂しいけどホッとするとか。
そんな悩みが全くない脳で
この世界を見てみたいな。
全く違うことで
性能の良い脳をフル回転させてたりするのかな?
……たとえば、この地球の未来とか?

いいなあ。
そういう、壮大なる使命のある人生を生きてみたいな。
人生の使命か……美大を中退しちゃったうにには、
目的も使命もなくなっちゃったんだよな

われながら不思議すぎる
……いやいや、そんなことよりも。

そもそも「うに」だからなあ。まずは人間になりたい。(←それな)
さあ、しょうもないことを考えていないで
目の前にある仕事をがんばろう。
パソコンを立ち上げ
カニ江先生と共有している
出退勤ファイルに出勤時刻を入力します。
メールを確認したら
会報のバックナンバー購入依頼を発見。
ナミさまファイルを見ながら、
封筒に会報と送付状を同封して
宛名を書いて準備します。
最寄りの郵便局は徒歩10分ほどのところ。
お昼ご飯の時に、ついでに持っていこう。


うわ、エビ沼教授です。
うにが勤務するようになってから
日々ちょこちょこ資料室に寄っては
「うにさん、あれね」って話しかけてくるんです。
でも毎回、「あれ」の内容が
さっぱりわからないのです。
今日の「あれ」は、何の「あれ」だろう……?
エビ沼教授「ほら、あれだよ、給湯室の」
うに「給湯室の…?」

この人は珊瑚さん。
エビ沼先生の研究室の助手さんで、
エビ沼先生の謎の「あれ」を通訳をしてくれる人で
研究所内でも1,2を争う、美女さんです。
珊瑚さん「給湯室にあるお茶の件、ですよね?」
エビ沼先生「そそそ、それ。
あそこにあるやつはさ、ダメなんだよ」
うに「はい……?」
珊瑚さん
「うにさんは、給湯室にあるお茶とかコーヒーを飲まないで
会の運営費から購入してほしいっていうことですよね?」
エビ沼先生「そそそ。南棟の、あそこの」
うに「南棟……(に何があるんだ?)」
珊瑚さん「はいはい、あとでわたしがうにさんをご案内しますから」
エビ沼先生「うん、珊瑚さんよろしく」
珊瑚さん「はいはい、お任せください」
うに「????」
珊瑚さん「南棟に、おいしいコーヒー豆を焙煎して
売っているカフェがあるんです。
エビ沼先生、そこのコーヒーが大好きで。
私もよくお使いに行くんですよ。


うに、会食恐怖症で、人と一緒にご飯が食べられないのです……
でも、そんなことを言ったら、変に思われるに決まっている。
なんて言って断ったらいいんだ💦
こういうとっさの対応って、ほんとにつらい……
珊瑚さん「あ、何がご都合悪かったですか?」
うに「えっと・・・す、すみません、あ、あの」
ちらっと眼に入る郵便物。
うに「あの、お昼は、郵便局にこれを出しに行こうかと!」
珊瑚さん「あら~、そうでしたか、じゃあ、またの機会に!
カフェは地図書いておきますね!」
珊瑚さん、さっと紙に地図を書いていきます。
「カフェはここと、ここと、あとこっちにもにあって……
で、コーヒーがおいしいのはここ。
あ、だけど、この散歩道より南側にいっちゃだめですよ?」
「えっ…?」

…巣窟?ほんと?危ない?変質者がでるとか?!
…うにの頭は一瞬で大混乱。
「えっ、そ、そうなんですか、気を付けます……!
じゃあ、この先の売店に行くには…迂回していけば……?」
珊瑚さん、首をかしげてうにをみて
「……ふふふふっ、あのね、今のは冗談だから」
「え、冗談……」
「あははは」

「あ、えっと……そ、そうですか、冗談……」
うに、冗談がよくわからないのです。
いつも言葉を真に受けてしまう。
珊瑚さん
「時々ひとりでブツブツ言っている研究員とかいるけどね?
でもたいていは研究バカなだけで、無害だから大丈夫。
それを言ったら、エビ沼先生なんか
自転車に乗って敷地内をぐるぐる回りながら
アイデアだしするので有名なのよ」
うに「自転車で……」
珊瑚さん「そうそう。自転車に乗っているときが
一番アイデアがひらめくんだって。
研究所ってちょっとクセのある人たちの集まりよね~」
コーラルピンクに彩られた唇が鮮やかに笑みを増します。
けれど、その美しい口元から紡がれる言葉の真意は
どこにあるのでしょうか。
これも冗談? ほんと? それとも皮肉まじり?
正解がどこにあるのか、
そもそも正解なんてあるのかどうかすら、
うににはわからない。
いつも答えが出ないんです。

お昼時間になり、郵便局に郵便物を出しに来ました。


面白いね
面白いね
面白いね……
うにの頭の中では
珊瑚さんのセリフがリフレイン。
学生時代、うににとってその言葉は
『空気が読めないね』
『変な子ね』
『自分で変って気づかないんだね』
っていう意味とほぼイコールだったんです。
面白い?
うにはちっとも面白くもなんともないよ。
なんで言葉を真面目に受け取っちゃいけないの?
なんで言葉に見えない意図があるの?
みんなにはみえて
うにには見えないのはなんで?
心の中に暗い石が沈んでいくみたい。

……やっぱり、がんばって珊瑚さんと一緒に
ランチに行くべきだったんじゃないだろうか。
社交性のない子だなあって
思われたんじゃないだろうか。
いやいや、行ったってどうせ食べられない。
箸が止まって、気持ち悪くなって
余計に気まずくなるだけだよ。
……でもでも、
せっかく誘ってくれたのに断るなんて。
きっとうにが新人だから
色々案内してくれるつもりだったんだろうな。
やっぱり空気が読めてなかったかな……

頭の中で「行くべきだった派」と
「行かなくて正解派」が
波のようにエンドレスに寄せては返します。
一度こうなると、
なかなか頭から離れてくれないんです。

うには、こんな自分が好きになれないのです。

でも、意外なことに……
うには、エビ沼先生より珊瑚さんがちょっと苦手だったんです。
女性特有の「冗談交じりの皮肉」や
「社交的な裏読み察する文化」を
とってもナチュラルに会話に使う珊瑚さん。
うにの感情に寄り添ってくれているようでもあり
うにの反応を試しているようでもある……
その観察されている感が苦手で。
でもエビ沼先生は
「あれ」「これ」「それ」って
指示語大魔王だけど
うにが首をひねっていると
一生懸命に話してくれようとするし
その言葉には
駆け引きや裏の意図がない感じがする。
だから、わからない人だけど
怖くはなかったのです。


大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
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