【あがり症|仕事編11】会食恐怖症を知らなかったのが不幸中の幸い|ふるえるままに、すすめ11
みなさんこんにちは
今週は、誰かと一緒にご飯を食べましたか?
ーーーおお、そうですか、いいですねえ。
ごはん、楽しかったですか?
味、覚えていますか?

「さあ、ここが、教職員専用のレストランだ」
エビ沼先生が扉の前でいいました。
「いらっしゃいませ。
2名様でいらっしゃいますか」
「うむ」
「窓際の席をご希望ですか」
「そうだな、空いていればそれがいいな」
扉のそばに控えていたウェイターが
スッと進み出てきます。
磨き上げられた真鍮の取っ手に手をかけ、
静かで無駄のない動きで扉を押し開けます。
エビ沼先生の後に続きながら
うにはすでに気後れ。
胸の奥がきゅっと縮んで
喉の奥が乾いてきた感じがする。
──ううん、大丈夫、大丈夫だよ。
おちつけ、自分。
緊張を逃すように長く息を吐きだします。
ちゃんと食べきれるように
一番少ない食事を頼めば大丈夫なはず。
金曜日のランチ時。
エビ沼先生が連れて行ってくれたのは
教職員専用のサロン兼レストランでした。

扉の向こうに広がっていたのは
レトロなアールデコ風の大空間。
左右に並んだ六本の太い木の柱が
天井へまっすぐに伸び、
縦に刻まれた溝が光を受けて
ツヤツヤと輝いていて
広がる天井には、
見とれるほど精緻な幾何学模様。

──うっわ、
あんなの、どうやって作るんだろう。
時間かかるんだろうなあ。
昔の職人さんってすごいよなあ。きれいだなあ。
たった一年だけだけど、美大生だったから
そういうところがすごく気になります。
アールデコ調のランプが等間隔に吊るされ、
琥珀色の光を発しています。
フロアでさざめく人々の談笑が
波のように高い天井へ響きます。
テーブルには、スーツや白衣の研究者たち。
どの顔も楽しげに何かを語り合っていて
エビ沼先生に気づいた何人かの、
いかにも偉そうなオジサンたちが
笑顔で手を振ってきます。

「おや、エビ沼先生、今日はお孫さんとご一緒?」
「新しい事務の子だよw」
うには、紹介されるたびに
ぎこちなく会釈しながら、
そわそわと落ち着きません。
ここは、うにみたいな
小娘が来るとこじゃない気しかしないです、
エビ沼センセーー!
最悪なことに、
今日のうにのファッションは、
ひざが裂けたブラックジーンズ
(ダメージではなく、本気で着古して裂けたやつ。
縫おうか、もうちょっと裂くか
悩ましい中途半端さ)
履きすぎてヘタれた本革のジョッキーブーツに
ダボダボの黒のフード付きパーカー。
自分の服を見下ろして激しく後悔。
うに、まともな服、持ってないんだよな……

(こちらはオリジナル絵です~
やっぱり手描きは楽しいな)

実はこの頃、うには
ちょっとした事情で家出中でした。
(あ、暗い話じゃありません~!
むしろ家出してからのほうが
メンタル安定ですし、
ひとまず生活する別の家もあって
お金に困っていたわけでもありませんので
ご安心ください)
うにの持ち物はスーツケースひとつ分。
必要なものは全部それに詰めていました。
「人間って、案外少ない荷物でも
生きていけるもんなんだね」
って父に言ったことがあります。
十数年前に家から追い出されて以来
風来坊のようにどこかで暮らしていて
週末だけ、ケンタッキーを持って
うにと遊びに戻ってくるという
謎の父がいまして。
父も笑いながら「ほんとうにそれな」と。
この父娘、一度も一緒に暮らしたことがないんです。
お互い事情は違えど、
家庭内に居場所のない身の上です。
👆どんな父娘じゃwww
今どき流行りの
『おしゃれミニマリスト』ではなく、
わりとガチの
『生き延びるには
手荷物は極限まで減らすしかない案件』ですw
まあ、世の中、
星の数ほど家庭の事情ってあります。
そのあたりの話はまたいずれ。
だから、うには服も数着を着まわしています。
色は黒一択。
たたんでも皺にならないことが最重要。
1着捨てないと、次の1着は買えない。
入れる場所がないから。

物欲がなくなるし、管理がめちゃくちゃ楽になる。
ASDさんって、部屋のかたづけ苦手じゃない?
いっそのこと、自分の持ち物はスーツケース1個に入るだけにする
荒療治もなかなか面白いです。
妙に健やかな、家出中のシンプリストうに。
――そんな状況だったのです。
でも、理事会も近いし、
そろそろこれじゃまずいかな。
お給料が出たら、もう少しマシな服を買おう。

メニューを見る、うに。

サンドイッチ!!
うん、これがいい!これにしよう。一番少なそう!
ドリンクは、氷が多そうなアイスコーヒー。
氷が解ける前に飲めば、飲み切れるはず。完璧。
「え、それだけでいいのかね?
遠慮しないで、こっちのハンバーグランチコースとか……」
「い、い、いえ! あの、子供のころから小食で……!」
「ふうむ。だからそんなに細っこいのか。
若いうちにおいしいものいっぱい食べたほうがいいんだぞ?
デザートもつけるか? おいしそうだぞ?」
「ええっと、デザートも大丈夫です💦……」
「ふうむ……」
エビ沼先生がメニューを閉じ
ウェイターに向かって片手を上げます。
そのとき、うにの背後から明るい声が。
「うにちゃん!」
「はい!?」
振り返ると珊瑚さんがそこにいました。
淡いピンクベージュのワンピースが
光を受けてふわっと揺れます。
足元は淡いベージュのきれいなパンプス。
本当に海の中の珊瑚みたいにきれい。
「おお、エビ沼先生!」
その後ろから、大股で颯爽と歩いてきた
背の高いシルエット──海堂准教授。

その瞬間、「ちっ」と小さく舌打ちが聞こえました。
……え、したよね!?
エビ沼先生、今、舌打ちしたよね!?

エビ沼先生、すぐに表情を立て直して、
メガネを中指でくいっと押し上げて言いました。
「おや、海堂くん。ここで会うとは奇遇だね。
今日は珊瑚さんも一緒かね?」
海堂准教授と珊瑚さん
二人並ぶとすっごいお似合いだもんなあ。
エビ沼先生としては、面白くないのかなあ……?
なんて。
うにには関係ない。関係ないぞ。
「いやあ、偶然ですね」
海堂准教授がにこやかに笑いながら、
店内をざっと見渡し
「しかし、お昼どきはやっぱり混んでますねえ。
ちょうど空いてる席が……
エビ沼先生、こちら、相席させていただいても?」
「えっ」
エビ沼先生がわずかに目を見開きました。
そして珊瑚さんも、「えっ」という表情。
たぶん、うにが一番、「ええっ」って
モロ嫌そうな顔してる。

しかし、エビ沼先生はすぐに持ち直し
教授らしく「ふむ」と
咳払いをして姿勢を正しました。
「構わんよ」
「ありがとうございます。では、失礼して」
そう言って、超・嫌そうなうにの顔を覗き込み、
にやっと笑った海堂准教授

珊瑚さんもすぐに完璧な微笑みを取り戻し
(さすが元CAです。リカバリーがはや!)
優雅な身のこなしで
海堂准教授の引いた席に腰を下ろしました。
ど、ど、どうしよう💦
エビ沼先生だけだったら
なんとか食べられるかもと思ってたのに!
一気に4人の会食に!!
うに、無理かもしれない~~!!
肺なのか、胃なのか、
そのあたりがずん、と重くなり、
冷たい汗が背中をつたいました。

この時ばかりは
「なんとしても完食する」
が人生最大の目標でした。
サンドイッチ(全6個)をかじって、
もぐもぐして、
すぐにアイスコーヒーで流し込む。
よし……!この戦法で行けば、食べきれる……!
手も震えていない。
あと5個。もぐもぐもぐ。
三人を見ると、もう半分くらい食べ終わってる。
うう、速い。
あと4個。もぐもぐもぐ💦
三人はもう、食べ終わって
紙ナプキンで口元を拭いている。
ウェイターさんがデザートを持ってきた。
あと3個。
どうしよう、若干気持ち悪くなってきたかも。
喉の奥がぎゅっと閉まる。
三人はおいしそうにデザートを食べてる。
珊瑚さんが優しく声をかけてくれる。
「うにちゃん、ここのプリン、絶品なのよ。
一口食べてみる?」
うには首を振るしかない。
それどころじゃないんです。
あと2個。
でも、気持ち悪い。
口に入れてもぐもぐしても、飲み込めない。
アイスコーヒーももうなくて氷だけが残ってる。
三人は楽しそうに研究の話をしています。
海堂先生がアメリカの大学から帰ってきたのは
アメリカの政治情勢が云々で
科研費申請が云々で…
うににはちんぷんかんぷんなお話ばかりだけど。
どうしよう、どうしよう。
このサンドイッチ、どうしよう。
「それ、包んでもらおうか」
えっ。
驚いて顔を上げると、
海堂准教授がさらりと手を上げて
ウェイターさんを呼び止めていました。

「おなか減ってないんだろう?
持って帰ってあとで食べればいいさ」
ウェイターさんがサンドイッチの皿をさげ、
手際よく紙袋に入れて戻ってきました。
これが、うに的にはかなりの青天の霹靂で。
これまで、食べきれなかったものを
持ち帰るなんて考えたこともなかったんです。
そっかーーーー。
そうだよね。
言われてみればたしかに
持って帰ればいいんじゃん。
どうしてそのことに
今まで思い至らなかったんだろう。
不思議な気持ちです。


レストランを出るとき、
ふいに海堂准教授が言いました。

「うちの実家の猫、すごい人見知りでさ、
苦手な人の前だと全然エサ食べないんだよ、ハハハ」
……え。苦手な人?
「苦手な人」という言葉に、
エビ沼先生の眉がぴくりと反応。
あ……えっ!?
ち、違います!
うに、エビ沼先生のこと
苦手じゃないですううう!!
っていうか、
毎朝事務所に顔出して挨拶してくれるの、
エビ沼先生だけだもん!!!
っていうか、
海堂先生と珊瑚さんが来なかったら、
絶対、絶対、普通に食べれてたとおもうーーー!
と、スラスラその場で言えたら苦労はしないよ、ASD。あわわわわわ。
空気の微妙な変化を察した珊瑚さんが
慌ててフォロー入ります。
「え、え~~!アラタ先生、猫飼ってたんですか?
かわいいですよね~猫ちゃん!ツンデレっていうか~!」
海堂先生は
「そうなんだよ~、そこがかわいいんだよなあ」
なんて、のんきに笑ってますがーーー!
エビ沼先生はずんずんと速足に。
うには、まだお礼も言えていないのに。
教授にごちそうになったのに。
うには、紙袋を抱えたまま
小走りでエビ沼先生を追いかけながら、
心の中で叫びました。
──海堂先生なんかきらいだーーー!!

余談ですが、
実はうに、これが『会食恐怖症』
っていうものなんだ、
という自覚はなかったんです。
(というか、そんな病気の存在を知らなかったです)
振り返れば、案の定、
小学校は完食指導が厳しくて大変だったし
(昔はみんなそうだったよね!)
食べ残しをティッシュに包んで
机の中に隠してたら盛大にカビて
目も覆う大惨事になったりw
家でも食事が楽しいと
思えた記憶がなかったりします。
それでも。
誰だってさ、
好きじゃない人とご飯食べさせられたり
苦手なもの無理強いされたり
時間制限かけられたり
残したら罰せられたりしたら
食欲出ないの当たり前だよね?
それって、うにのせいじゃないじゃん?
って考えていました。
たまたま、生まれ落ちた家庭とか環境とかが、
自分に合っていなかっただけ。
その記憶を時々思い出しちゃうだけ。
めっちゃ、たまたま!
ただそれだけの話。
食べられない日もあるし、
笑えないときもあるさ。
食べ物にも、うににも、罪はない!
ひとりでも、おいしく食べられればいいんだもん!
この謎の割り切りが功を奏したのか、
その後、不思議と会食恐怖症は
長引くことはなかったのです。
割り切るって、大事だね。
(自分ひとりなら
食べるのが好きなだけ説もある🤭)

大切なお知らせ
本作は実体験に着想を得たエッセイですが、プライバシー配慮のため登場人物・団体・時系列・場所等に創作・合成・編集を含みます。特定を意図していません。ただし、うにが感じた気持ちと気づきは本物です。

~今までの物語が読みたい!~
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※本作は実体験をもとに再構成した創作エッセイです。
いつでも質問募集中~!

