終わらない時代 第21話
『隠された実験』
翌朝――。
ジュリア達はシホロ基地の地下研究所へ足を踏み入れた。
地下へ続く通路には、赤黒い蔓が壁や床を這うように伸びている。
ぼんやりと赤く脈打つ光だけが、暗い通路を照らしていた。
ライトを片手に、慎重に歩みを進める。

「良かった……。」
リンが小さく息を吐く。
「ここには虫はいないみたい。」
少しだけ表情が和らいだ。
やがて研究エリアへたどり着く。
太い蔓が天井を突き破って地上まで伸びており、そこから差し込む僅かな日差しが研究室を淡く照らしていた。
三人は手分けして調査を始める。

散乱した書類。
壊れた実験装置。
放置されたパソコン。
しかし――
巨大樹に関する資料は見当たらない。
「やっぱり……。」
ジュリアが辺りを見回す。
「重要な資料は、奥の最高レベルのセキュリティ区域に保管されているのね。」
研究エリアの最奥。
一般研究員は立ち入りを許されない区画。
今は巨大な蔓によって扉は破壊され、今は誰でも入れる状態になっていた。
その部屋で三人が目にしたものは――
巨大な球根。
黒ずんだ表面はところどころ枯れかけている。
しかし、その中心からは赤く光る芽がゆっくりと伸びていた。
「これ……。」
リンが息をのむ。
「廃工場にあった球根と同じじゃない?」
「分からない……。」
ミネルは警戒しながら近付く。

「似ているけど、様子が違う……。」
球根は動かない。
まるで眠っているかのようだった。
「ジュリア、この球根を撮影して。」
「分かった。」
シャッター音が静かな研究室に響く。
その間にリンは周囲の書類を調べ始めた。
ミネルはさらに奥へ進む。
そこは所長室。
部屋の中は書類が床一面に散乱している。
まるで何かから逃げるように、慌てて立ち去った跡だった。
ライトで部屋を照らしながら調べていると――
「……あれ?」
床に気になる資料が落ちていた。
拾い上げ、机の上へ置く。

そして、思わず息をのむ。
「これは……!」
『起源樹適応計画』
資料には三人の名前。
そして身体データや検査記録が細かく記されている。
そして大きく二文字だけ印字されていた。
『失敗』
その二文字を見つめたまま、ミネルは資料を読み進める。
(起源樹の一部を投与……?)
思わず眉をひそめた。
さらに目を走らせる。
『投与実験』
『被験者』
(そんな実験……いつ受けたの?)
記憶を必死に辿る。
シホロ基地で研究員として働いていた頃。
何度か健康診断は受けた。
採血もした。
だが、それ以外に身体へ何かを投与された覚えはない。
(思い出せない……。)
資料をもう一度見つめる。
そこには、確かに自分達の名前が記されている。
ミネルは静かに資料を折り畳み、バックパックへしまった。
その後も研究所内を調べ続けた。
しかし、巨大樹に関する重要な資料や、新たな手掛かりは見つからなかった。
「……ミネル?どうしたの?」
ジュリアが尋ねる。
明らかに動揺している様子。
「え……? いえ、何でもない……」
「ミネル? 何か隠しているでしょ?」
リンはすぐに見抜いた。
ミネルは昔から隠し事が苦手だった。
「あのね……」
ミネルは説明を始める。
ミネルの話を聞いて驚く2人。
ジュリアは渡された資料を読んだ。

「起源樹適応計画……起源樹の一部を投与……。」
そして自分の記憶をたどる。
しかし、何も思い出せない。
リンも同じだった。
「……ここで考えていても仕方がない。カイル隊長に報告しよう。」
ジュリアの提案に2人は頷き、格納庫へ戻ることにした。
ミネルはPCを起動し、調査隊の拠点へ通信を繋ぐ。
しばらくしてモニターにカイルの姿が映る。
「ミネルか。どうした?」

ミネルは一度深呼吸し、地下研究所で発見した資料について説明した。
『起源樹適応計画。』
『起源樹の一部を投与』という記録。
自分達が被験者だった事。
そして、『失敗』の二文字。
報告を聞き終えたカイルは、しばらく黙り込んでいた。
「……そんな計画は聞いたことがないな。」
低い声で呟く。
そして静かに続けた。
「……この前の検査結果と合わせて考えれば、お前達が普通の人間ではない可能性は高い。」
その言葉に、ミネルは目を伏せる。
カイルは真っ直ぐミネルを見つめた。
「だが、お前達は調査隊にとって大切な仲間だ。」
「俺は、お前達を見捨てるつもりはない。」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
「……ありがとうございます。」
ミネルは画面越しに深く頭を下げる。
「また何か見つけたら、すぐ報告しろ。」
「了解しました。」
通信が切れ、モニターが暗くなる。
「ふぅ……。」
ミネルは椅子にもたれ掛かり、小さく息を吐いた。
続けて資料をスキャナーへセットし、調査隊の拠点へデータを送信する。
起源樹――。
以前、カイルが口にしていた名前。
まさか、その一部が自分達の身体へ投与されていたなんて……。
まだ信じられなかった。
けれど、不思議と恐怖よりも強く湧き上がる感情があった。
知りたい。
自分達は何者なのか。
何故、こんな実験を受けたのか。
その真実を――。
その頃ーー
一人の男が静かな口調で通話をしていた。
「ほぅ……あの漁港の化け物を討伐したのか。」
その表情がわずかに変わる。
「分かった。」
「あぁ……こちらでも確認してみよう。」
通話が途切れる。

口元には、わずかな笑み。
「……面白くなってきた。」
小さく呟く。
ジュリア達はまだ知らない。
自分達が追い求める真実の裏で、別の誰かもまた動き始めていたことを。
