終わらない時代 第30話
『巨蟲』
巨蟲は放置された戦車を軽々と乗り越え、リンへ向かって一直線に迫ってくる。

「うわぁぁぁぁ!」
リンは悲鳴を上げ、一目散に駆け出した。
「リン! 急いで!」
ジュリアも叫びながら無線機を手に取る。
「緊急事態! 巨大生物と遭遇!」
『直ぐに向かう! お前等は逃げろ!』
無線の向こうから、ガレスの力強い声が返ってくる。
ジュリアは周囲を見回すが、身を隠せるような場所はどこにもない。
「リン! 荷台に乗って!」
ジュリアは小型トラックで逃げる事にした。
「了解!」
リンはそのまま荷台へ飛び乗った。
ジュリアはアクセルを踏み込み、小型トラックは勢いよくその場を離れた。

巨蟲は小型トラックを執拗に追う。
「ジュリア! 追いつかれちゃう!」
荷台にしがみついたリンが悲鳴を上げる。
道路は至る所が崩落し、瓦礫が散乱していた。
ジュリアは必死にハンドルを切るが、思うように速度を上げられない。
このままでは追いつかれる――。
だが、巨蟲は突然追跡を止めると、近くの廃墟の中へ姿を消した。
「あれ……?」
リンは荷台から身を乗り出し、廃墟へ目を向ける。
「建物に入って行っちゃった。」
廃墟の奥を見つめても、その姿は見当たらない。
緊張した空気のまま小型トラックを走らせること数分。
二人は無事、ガレスと合流した。
「大丈夫か?」
ガレスは二人の顔を見渡した。
「ケガはなさそうだな。」
そう言うと、車からアサルトライフルを二丁取り出し、ジュリアとリンへ手渡す。
「使えるな?」
二人は力強く頷き、アサルトライフルと予備弾倉を受け取った。

「巨大生物は今後の調査に支障が出る。行くぞ。」
三人で巨蟲が姿を消した廃墟へ足を踏み入れる。
廃墟の内部には白い糸が幾重にも張り巡らされ、巨大な巣と化していた。
三人は互いの死角を補いながら、慎重に奥へ進む。
ガレスがわずかな音を感じ取り、表情を険しくする。
(……!)
「上だ!」

巨蟲が天井から勢いよく襲い掛かってきた。
「ギシャアァァァ!」
三人は咄嗟に左右へ飛び退き、その一撃をかわす。
巨蟲は鈍い音を立てて床へ着地した。
「コイツは……かなりの大物だな。」
ダダダダダ!
ガレスは巨蟲へ向けてアサルトライフルを連射した。
しかし、銃弾は巨蟲の硬い外殻に弾かれ、ほとんど傷一つ付けられない。
「チッ、ダメか……。」
ガレスは巨蟲を冷静に観察する。
(外殻は硬いな……。狙うなら関節、目、口内か。)
「ギシャアァァァ!」
巨蟲が咆哮を上げ、一気に突進してくる。
「避けろ!!」
ガレスの号令と同時に、三人はそれぞれ別の方向へ飛び退く。
ダダダダダ!
ガレスはすかさず脚の関節へ銃弾を浴びせる。
数発が命中し、巨蟲の動きが僅かに鈍った。
「お前ら、外殻の隙間を狙え!」
「了解!」
ジュリアは素早くアサルトライフルを構え、照準器を覗き込む。
しかし、巨蟲は素早く動き回り、狙いが定まらない。

「ギシャアァァァ!」
巨蟲はジュリアへ向かって牙を振り下ろす。
「ジュリア!危ない!」
リンの叫びが響く。
「ッ!!」
ジュリアは巨大な牙を間一髪でかわし、その脇をすり抜けた。
「立ち止まるな! やられるぞ!」
ガレスが怒鳴る。
「了解!」
ジュリアは距離を取りながら周囲を見渡した。
(何か使えるものは……?)
走り回りながら、利用できそうなものを必死に探す。
ダン! ダン! ダン!
リンは連射ではなく、単発で確実に撃ち込んでいく。
以前の訓練では焦って引き金を引き続け、すぐに弾切れを起こしていた。
――(撃った数じゃねぇ!当てた数が大事だ!)
ガレスに叩き込まれた言葉を思い出す。
呼吸を整え、再び照準を合わせる。
虫は苦手だ。
だが、相手は一体だけ。
リンは恐怖を押し殺し、巨蟲を見据えた。
(ドクン……。)
リンの心臓が大きく脈打った。
(……何?)
巨蟲の動きが少し遅く見える。
ダン!
放った弾丸は巨蟲の脚の関節を僅かに外れる。
(次は当てる……!)
呼吸を整え、再び照準を合わせる。

ダン!
狙い澄ました一発が、巨蟲の関節へ命中した。
「ギシャァッ!」
巨蟲の動きがさらに鈍る。
(何……? この感覚……。)
リン自身にも、その変化の理由は分からなかった。
そして誰も気付いていなかった。
リンの瞳が僅かに赤く輝いていることに。
(効いてはいるが、決定打にはならんか……。)
ガレスはアサルトライフルの残弾を確認する。
巨蟲の口内へ手榴弾を投げ込むことも考えた。
だが、あの太く鋭い牙をかいくぐるのは危険すぎる。
巨大魚のように大きく口を開ける相手ではない。
(さて、どうする……。弾も残り少ない。)
ガレスは巨蟲を睨み据えたまま、次の一手を考える。
(……?)
一方、リンは違和感を覚えていた。
先ほどまで感じていた不思議な感覚が、ゆっくりと消えていく。
巨蟲へ照準を合わせようとするが、狙いが全く定まらない。
(何だったんだろう……?)
リンの瞳も、いつの間にか元の色へ戻っていた。

(あの蔓……どこまで伸びているんだろう?)
ジュリアは一本の赤黒い蔓を見上げる。
蔓は天井を突き破り、そのまま上階へと伸びていた。
蔓の周囲には大きな亀裂が走り、天井は今にも崩れ落ちそうになっている。
(あれなら……使えるかも。)
勝機が見えてきた。
